ゆきちか2023

わざと俺を怒らせてんじゃないかって

思うほどに

彼女は自由に俺を振りまわして

それでも

やめられないんだから

どうしようもない

―――――――――――――――


あの日のゆうこは変だった。

都会のイルミネーションの中をドライブして、近くのそんなに高くない山の夜景を見に行ったプラン。

何かを考え込むように黙ってみたり、たまに目にいっぱいの涙をためてみたり、そうかと思うと俺に明るく話しかけてきたり。


言いたくなさそうだったから俺は気付かないふりをしたけど、それがいけなかったのか。

いつもゆうこの辛い状況に気付いてやれない。


水無月と別れるときだって、遠くの大学に行くと決めたいつかだって、俺はいつも後から知るんだ。

ゆうこは何も俺には言ってくれない。

俺はそれを寂しいと思う以上に、悔しくて悔しくて。

いつになったら俺を頼りにしてくれるのだろうと。



だから、あの日ゆうこに呼び出された事は天に上るように嬉しかった。

本当は家に高校の友達が遊びに来てたのに、すぐに車を飛ばしてゆうこに会いに行った。


高校の友達には、まだ好きなのかよと馬鹿にされたけど、本当は人気者だった友達たちがゆうこに近付きたかったのを知ってる。

それほど果てしなく遠い女なんだ。


だから。

俺はその光景を見て、びっくりはしなかった。

やっぱり俺じゃあ届かないんだなって。


何となく腑に落ちる部分もあったし、ああ、と納得してしまった自分に笑えた。


高校の時のデジャブかと思った。

いつも水無月と一緒に帰る楽しそうなゆうこを後ろから見ていた自分が一瞬で戻ってきて、胸がかぁーっと熱くなる。


苦しい。

苦しい。


あのドライブの日からゆうこに会えなくなって二週間。

会社の前で待ってみても、裏口から帰っているのか会える事はなかったし、勇気を出して電話をかけてみても出てくれる事はなかった。


二週間ぶりに会えたゆうこは。

いつか見た会社の男と仲がよさそうに会社から出てきた。


男はゆうこの細い腰に軽く腕を当てて。

エスコートするように。

ゆうこは男の顔を見上げて楽しそうに笑った。

スーツを着た二人だけが大人で、俺だけが高校生のまま止まっているように思えた。


その情景がどうしても見たくなくて、思わず運転席でぎゅうっと目をつぶる。

両手で顔を覆って、車に置いてあるクッションをフロントガラスめがけて投げつけた。


なんで。

こんなに想ってるのに。

なんでゆうこは俺を見てくれない。

なんでこんなにも俺は報われない。


モデルになったって意味なんてなかった。

ゆうこはいつだって俺を安全圏として見ていて。

眼中になんてなくて。

近くたって、こんなにも遠い。


………思い知らされる。

高校卒業の時、ゆうこに放って行かれた時に思い知ったはずなのに。


俺の事なんとも想ってないって気付いたはずなのに。

どうして自惚れるんだよ。

後で傷つくのは自分なのにっ。


辛くて、悲しくて、この世から消えてしまえたらいいのにって、本気で願った。

あいつのいない世界なら生きてる意味なんてないのに……。


その場にこれ以上いられなくて、無我夢中で車を走らせて、いつも行っているバーに入りこんだ。


「あれ、ゆきちゃん。どうしたの。そんなに息切らして」


バーのマスターの拓也さんが走りこんで来た俺を見て驚いた顔を見せる。

カウンター席に乱暴に腰掛ける。

人が少ないバーで何にも構わずぼろぼろと涙を流した。


「ゆ、ゆきちゃん? おいおい、どうしたよ~。何があったよ」

「俺もう無理だ……。どうしよう、俺もうおかしい。あいつの事好きすぎてもう無理かも……。くそっどうしよう拓也さん。もうっ全部やめたい」


恥ずかしげもなくわんわん泣きわめく俺に、拓也さんは俺の背中をぽんぽんと叩いてココアを出してくれた。


俺はもう限界で。

何もかももう限界で。

報われない気持ちはどこに流れて行くんだろう。


このまま体の中に滞在し続けるなら、死んでしまいたいとも思った。


「うぅ~………しんどい…………もうしんどい。好きすぎてしんどい…っ」


息を自由にするのもままならなくて。

あいつを見ただけで涙が流れてきて。

他の男を見上げている姿を見ると、息が出来なくなってしまう。


苦しい。

苦しい苦しい苦しい。

…………苦しい。


ゆうこは俺にとっては神様みたいな存在で。

誰が触れるのも許せなかった。

神聖なあいつに触れる誰かは、誰であっても許せなかった。


でも、俺は。

ゆうこを俺だけのものにしたいとか、閉じ込めておきたいとか、壊してしまいたいとか、そんな感情を強く抱いているわけじゃない。


ただ、綺麗すぎるゆうこの視界に入れてもらって。

たまにそばに置いてもらって。


誰にも汚されずに、生きてほしかった。

そんなのは無理に決まってるのに。

ゆうこは普通の女の子で、ただ俺が崇めすぎてるだけで。


いつか誰かの物になる女の子だ。

それが自分じゃなければ、本気で頭がおかしくなると思った。

気が狂いそうな熱情をどうしていいか分からなくて。


だから。

あいつから逃げた。

前と同じように、死んだものだと思い込んだ。四年前にできたから今回だってできる。


見ないふりをして、毎日をただ精一杯生き続けた。

でも本当の神様は優しくなんてないんだ。

いつだって、俺とゆうこを引き合わせては、俺を悩ませるんだから。

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