ゆうこ2017
今になって思えば
あの告白を
ちゃんと聞いてあげればよかった
だって今の私は
告白をする事が
どれだけ勇気がいる事か
ちゃんと知ってるの
――――――――――――
高二になった時にはもう手遅れなくらいに進行していた。
ちかちゃんの事で頭がいっぱいで、水無月さんが毎日部活だったらいいのになんてひどいことを考えている自分に気付いた。
週に何回かのちかちゃんとの放課後は、私にとってきらきらする魔法にかけられた時間だった。
私と仲のいい友達や、ちかちゃんの信者にはすごく批判されたけど。
それでも、私は会う事をやめようとしなかった。
だって、私には持っていないものをたくさん持っていた。
彼は自由だった。
私も好きで勉強をしていたのだけれど、周りからの期待で押しつぶされそうな時もいっぱいある。
クラスメートだって近寄りがたいのか、一線を引かれている感じがある。
でもちかちゃんは違ったんだ。
彼はどんな人とでも友達になったし、毎日をやりたいがままに、自由に生きていた。
私は枠の中で、毎日同じ生活を辿るように生きている。
その点で、水無月さんは私の仲間だったけど、ちかちゃんは遥か遠い星の住人だ。
新鮮で。
楽しくて。
気付いたらあっという間に好きになっていた。
彼のそばにいられれば、どんなに幸せになるのだろうと毎日考えている事に気付いた。
彼のそばにはよく派手な女の子がいたけど、今までその子たちにやきもちを妬く事もなかったし、そこに行きたいとも思ってなかったのに。
いつしか放課後だけでは足りなくなって、ずっと隣にいたいと思うようになったし、彼のそばに当たり前にいる女の子たちがうらやましくて仕方なかった。
私とちかちゃんは誰もいない放課後に二人だけでひっそり会っていたんだ。
ひっそり会っていた理由はきっと、彼と私があまりにも釣り合っていないからだ。
水無月さんにはちかちゃんの事が好きだと気付いてすぐに別れを告げた。
水無月さんは微笑みながら、「麻生くんだよね」と悲しそうに呟いた。
僕が部活なんてしてたからだねと見当違いの事を呟くから、私は何を言っていいか分からなくて、ただごめんなさいとひたすら謝った。
水無月さんとの別れから一ヵ月。
私は月曜から金曜までの毎日の放課後をちかちゃんと過ごす。
彼は染めた漆黒の髪で、私の前の席に座る。
いつもの位置だ。
学年が変わり、クラス替えをしても彼と同じクラスになる事はなくて、ただ放課後にしか会えない人。
おだやかな春。
窓がいくつか開いていて、そこから入ってくる風が髪をくすぐる。
うつむき加減の彼の髪だけがさわさわ揺れて、長いまつげが頬に影を落とす。
本当に綺麗だ。
いつ見ても綺麗。
でもやっぱり黒髪の方が似合ってるなぁ。
出会って一ヵ月もしないうちに金髪から黒に染めてきた彼は、学校中で話題になった。
先生たちは気持ちを入れ替えたのかと浮足立ったみたいだけど、それは結局期待外れだったみたいだ。
ちかちゃんに聞くと、気分転換とだけ話されたけど。
学校をサボり、夜中に街に繰り出し、友人と騒ぎ、ぽかぽかした屋上で眠り、たまに喧嘩をする。
そんなちかちゃんは、私からすると背中に羽が生えているように見えていた。
「ねぇ、ちかちゃん」
「あぁ?」
「どうして毎日放課後来てくれるの? 友達と遊ぶ予定は? もし水無月さんと別れた私に気を使ってくれてるなら大丈夫だし……あの」
素直に嬉しいんだから、黙ってればいいのに、こうやって気が使える女を演じてしまう。
ただ、彼にうっとうしく思われたくなくて、必死に先回りする。
「……別に。友達と遊ぶのはどうせ夜だし。暇だから」
「そっか。ありがとう」
そう言う私にちかちゃんは返事をしない。
そんな穏やかで静かな放課後。
私が勉強をする手を止める事はないし。
彼はむやみに話しかけても来ない。
私が勉強をしている間、彼はノートや窓の外の景色や、たまに私の真剣な顔をじぃっと見て遊んでる。
沈黙のある時間が心地いいと思うほどに、仲が良くなった。
定期的にゴーっとうるさく飛行機の音が鳴り響く。
近くの飛行場から飛行機が飛び立っているんだろう。
そんな中でかすかに彼が私を呼ぶ声が聞こえる。
「……ゆうこ」
急な呼びかけにノートから顔をあげると、彼は何かをぽつりと呟いた。
飛行機のせいでそれが何を言っているか全く聞こえなくて。
でもちかちゃんはほのかに笑っている。
「え? なんて?」
身を乗りだして、耳を寄せてもう一度を促すと、私の耳元にちかちゃんの口がやってくる。
近い。
ドキドキしてどうしようもない。
耳を隠している髪の毛をちかちゃんはすくってから、それを耳にかけた。
それだけで電流が走ったようにドキドキする。
耳が赤くならないように。
それだけを願った。
そして、耳元で甘い声で囁かれる。
「呼んでみただけだ、ばーか」
そう言って楽しそうに笑ったりなんてするから。
胸がきゅうんと痛いくらいに締めつけられて、じわぁっと涙がせり上がってくる。
「なによそれ。もう」
誤魔化すように怒ってみせたけど、飛行機の轟音でそれが届いたかどうかは分からなかった。
だってやっぱりちかちゃんは私に返事をしないで、私からすっと目を逸らしたから。
この微妙な温かい空気感が。
宝物のようで。
彼と作り上げてきた日々の上で成り立ったものだ。
私たちはお互いの事をあまり話さなかったけど、それでも色んな事を少しずつ知っていった。
「ねぇ、ちかちゃん」
「んー」
「今日は一緒に帰れる?」
「あぁー多分」
ちかちゃんはそっけないけど、優しい事を知ってるんだ。
私が誘うと絶対に断ったりなんてしない。
人の気持ちを大切にできる人なんだ。
そんな幸せに浸っていた時、教室の扉ががらっと開いた。
「矢野さん。ちょっといい?」
図書委員で何度か話した事のある一つ上の先輩。
確か剣道部かなにかだったような気がする。
「はい、何か用ですか?」
「いや、ここじゃちょっと。廊下まで来てくれないかな」
ちかちゃんをチラッと見ながら喋る先輩の名前がとっさに浮かんでこなくて、気まずいなぁと思いながら、席を立つ。
ちかちゃんは難しい顔をしていたけど、何も言わないでじっと黙っていた。
「ごめん。ちかちゃんちょっとだけ行ってくるね」
返事もしないちかちゃんを気にしながらも、先輩と一緒に教室を出る。
この時間の廊下は誰もいなくて、私と先輩が二人でしーんと向かい合う。
春の気持ちのいい風が私の髪をさらさらと揺らした。
「あの、何かご用事でしたか?」
「いや用事っていうか、用事は何もないんだけど。部活の友達に矢野さんはよく遅くまで残ってるって聞いてさ」
友達って誰だろう。
私、三年の剣道部の人に知り合いなんていないけどなぁ。
「はい。えっと……どうして来てくれたんでしょうか」
そう言って促すと、先輩は顔を一度両手で覆ってから大きく息を吐き、私をじっと見た。
その瞳は意志の強い瞳で。
思わずごくりと唾を飲み込む。
「水無月と別れたって噂で聞いてさ、もし良かったらなんだけど」
ああ。
そっか、それで。
なぜか水無月さんと別れてからこういう事が一気に増えた。
素敵な水無月さんと付き合ってたせいで、何か私の価値がグレードアップでもしたのだろうか。
だから、いくら何でもこの先何を言われるか検討がついたし、私は何と言って断ろうかすでにそんな事ばかりを頭の中で考えていた。
でもこの先を聞く事は一生なかったし、先輩が私の前に現れる事ももうなかった。
バリーンッ!!
そんな音だったかもしれない。
ガシャーン!!!
こんな音だったかもしれない。
音についてはあんまり記憶になかった。
ただ、すごい衝撃音が聞こえて思わず耳を押さえて目を瞑ると、先輩が私を守るように抱きかかえようとしてきた。
その瞬間、なぜかほうきを持った怒り顔のちかちゃんが出てきて、長い足を振り上げて、先輩を蹴っ飛ばした。
そのたった一回で尻もちをついた先輩を私は呆然と見ていた。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
先輩の元へ近付こうとした私の手をちかちゃんが引っ張る。
前につんのめった私は、仕方なくちかちゃんを見た。
ちかちゃんは先輩の事が嫌いなのかもしれない。
「ちかちゃん。今の音………なに?」
だって、音が聞こえたのは教室からで。
教室の中にいたのはちかちゃんだけだ。
ちかちゃんは私の怯えた顔を見ると、チッと舌打ちをして先輩に帰れと脅した。
先輩は教室の中を見て唖然とした顔をしてから、私たちをなにか怖いものでも見るような顔をして去って行った。
それを見送ってから、教室の中を覗く。
「……ひゃっ。え、なにこれ」
ちかちゃんは何食わぬ顔で教室の中に入って、「帰るぞ」と呟いた。
「……え。でも」
だって、教室にある校庭側の全ての窓ガラスが割られていたのだから。
それは粉々に砕け散って、教室の中に散乱していた。
窓際にある私の机にもたくさん硝子の破片が落ちていて、ちかちゃんは一体どうしてこんな事をしたのか不思議で、そして怖くもなった。
「なんでこんな事したの?」
「別に。イライラしただけ」
「え? でも、今さっきまで普通にしてたし。なににイラついたの?」
「あいつにもお前にも」
冷たい目でそう言われて、その場で立ちつくしていると、ちかちゃんから鞄を手渡された。
なんで。
そんな怒ってるの?
「あの、ごめんなさい。私なんかしたかなぁ」
「別に何もしてない。帰るぞ。飯でも食って帰るぞ」
「え? ほんと? 嬉しいっ………けど。でも窓ガラス放って帰っていいのかな」
教室に散らばった窓ガラスが気になって、近寄ろうとしたら、手をぐいっとちかちゃんに引っ張られた。
手首をきつく掴まれる。
今日はよく触られる日だ。
「おい、危ねぇだろうが。破片がささったらどうすんだよ。お前は気にしなくていいから帰るぞ」
そのまま手を握られたまま、教室を出た。
廊下を歩いている途中ですぐに手は離されてしまったけど、掴まれた左腕がじんじんと熱を帯びる。
夕暮れの廊下。
ドキドキしてしょうがなかった。
次の日、学校に行くと教室の窓には段ボールがガムテープで貼られていて、光の入り込まない教室がいやに暗かった。
ちかちゃんは一週間の停学になった。
それは私が学校に行く頃には決定されていた事柄だった。
風のうわさで、昨日の先輩が先生に伝えたと聞いたけど、ちかちゃんはあっさり停学に応じたと聞いて、私は何も口出しができなくなってしまった。
私はどうにかしてちかちゃんと話がしたかったけど、学校には来ないし、携帯は知らないし、家も知らない。
連絡を取る手段がなくて、次に会えたのは停学が解けた一週間後だった。
そして、会えてすぐに携帯の番号を聞いた。
「これで連絡取れるようになるね」
「お前、メッセージとかすんのかよ」
「うーんあんまりしないけど」
「そんな感じだな。俺もあんましねぇけど」
そう言って、登録された私のアカウントをまじまじと見つめていた。
「あっ。私まだ登録してないから、メッセージ送ってよ」
「ん、ああ」
そう言って、携帯をいじるちかちゃん。
かっこいいな。
私が眺める機会は少ないから、今がチャンスだと思いじっと眺める。
マナーモードでブーブーと振動を鳴らした私の携帯。
そこには登録されてないアカウントからのメッセージ。
『かえろ』
その三文字に胸が裂けそうになった。
こんな風に彼と毎日やり取りがしたい。
できないだろうけど、彼からメッセージを送られる全ての人がうらやましいと思った。
思わずじわじわ涙があふれて、目の前に座っているちかちゃんがぎょっとした顔をする。
「お前なに泣きそうになってんだよ。どうした」
ちかちゃんは慌てて真っ白のカッターシャツの袖で私の目もとをごしごし拭った。
化粧が取れちゃうよと思ったけど、それは言わなかった。
「なんだよ。そんなに帰りたくなかったのかよ」
ちかちゃんの顔を見ると、いかにも冗談だよというように軽く笑いながらからかってきていた。
そう言うわけじゃなくて、ただメッセージに感動しただけだけど。
でも、そんな事は言えないから、ただこくりと頷く。
その時のちかちゃんの顔は、今でも忘れられない。
なぜか口を開いたまま固まって、その後耳をほのかに赤くした。
「え?」
「……ばかかお前。あと十分だけだからな」
ぶっきらぼうに呟くちかちゃんに、「うん」と返事をすると、だるそうに頬杖をついて校庭を眺めてしまった。
幸せだった放課後。
壊れたのは。
壊したのは。
卒業式の前の日。
私だった。
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