ゆうこ2023
おいでよと
会いたいと
あなたを呼ぶのは
いつだって
わたしだけ
―――――――――
ちかちゃんと再会して一週間。
あのイタリアンを食べた日からまだ一度も会っていない。
あれからちかちゃんが会社に来る事は一度もなかった。
今日も仕事を終えて家に帰ると、両親が居間でテレビを見ていた。
「あ、ゆうこ。おかえりなさい。今ユキがテレビ出てるわよ」
その言葉に何でもなさそうなふりをして、軽く頷いてからすぐに階段を駆け上がった。
二階の自分の部屋に飛び込んで、急いでテレビを付ける。
ちかちゃんが出ているテレビ。
モデルの彼はテレビに出る事は少なくて、貴重な事なのだ。
きっと今回も視聴率はいいのだろう。
テレビを付けると、それはトーク番組で、お笑い芸人が司会をして隣にタレントの女の子を置いて、三人でトークするというものだ。
ちかちゃんは一際輝いていた。
そのまま落ちていきそうな漆黒の瞳で、ほのかに笑みを作っている。
私にもそんな顔をしてくれればいいのに。
私には一度だってそんな優しい顔をしてくれた事はない。
「ユキさんは好きな人なんているの? いるって言うわけないかぁ」
そう司会者にけらけら笑いながら聞かれて、ちかちゃんは曖昧に笑みを作る。
ドキドキする心臓を抑える。
「好きな人っていうか憧れの人はいますね」
あっさりさわやかに言うちかちゃんに目が点になる。
それはテレビに写っている観覧席のお客さんたちも同じようだ。
「え? 誰ー? 誰なんですかぁ?」
それにタレントの女の子が食いついて、ぐいぐいと聞いてくる。
ちかちゃんは困った顔をしながらも、笑顔を崩さない。
仕事では笑顔もちゃんと出来るんだよねぇ。
私にも見せてほしいな。
「僕の中では神様みたいな人です。一生勝てません」
「へぇーすごい人なんだね、そりゃ。なんかユキさん楽しそうだし」
「そうですね。その人といると楽しいです」
それを告げたちかちゃんは、あまりにもきらきらしていて。
思わず涙がぼろぼろっと流れた。
ちかちゃんにそう思わせる人はどんな人だろう。
高校の時とは違う。
放課後を、私と毎日過ごした彼とはもう違う。
ちかちゃんに私の知らない新しい世界があって。
そこで色んな人間関係を築いていて。
刺激を受けて、日々を楽しんでいる。
あんな風にきらきらしながら話すほどの憧れの人もいて。
あまりにも遠くに行ってしまった。
高校の頃放課後、教室に毎日訪れていたちかちゃん。
あの頃は少なくとも私に少しの興味は持ってくれていたんじゃないかと思う。
それが好奇心であっても、物珍しさであっても。
でも、今は………。
片思いをする事がこんなにも切なくて、苦しいものなら。
今すぐ粉々に砕いて無くしてしまいたい。
ただ想っていられるだけで幸せなんて、そんなの嘘だよ。
そんなのうそだよ。
辛いよ。
思わずテレビの画面に指を這わせる。
私は会えるだけ幸せなのかもしれない。
会いたいと思った時にテレビを付ければ、雑誌を開けば彼に会える。
それは幸せ?
分からないけど。
携帯を意味もなく触りながら、テレビを見る。
生放送じゃないこの番組。
今一体彼はどこで誰と何をしているんだろう。
最初から遠かったけど、さらに遠く。
手の届かないところまで羽ばたいている彼は、一体何を求めているのだろう。
ここでずっと立ち止まっている私を拾ってくれればいいのに。
携帯の連絡先には“ゆきちか”という文字。
一度も電話をかけた事なんてない。
向こうもそうだ。
高校の頃、出会って何ヵ月かしてようやく初めて連絡先を交換しただけど、あれから一度だって使う事はなかった。
だって、彼と私は放課後に喋って、たまに一緒に帰って、本当にたまに一緒に晩御飯を食べるそれだけの仲だったから。
わざわざ連絡を取って約束をすることもないし、夜眠れないと甘えるほど親しい仲でもない。
もう六年も前に聞いた彼の電話番号。
芸能人になった彼はきっと変わっているに違いない。
そう思って、通話のボタンを押す。
機械音のアナウンスが聞こえると待ち構えていたそれは、なぜか聞きなれたコール音に切り替わる。
え? え!? うそ! どうしよう!
私はてっきりもう繋がらないものだと思って安心してかけたのに。
こんなことならかけたりなんてしなかったのに。
うぅーやばい。
これと言って用事もないし、何を話していいかわからない。
そもそも彼と電話をするのは初めてなのだ。
今は夜の十二時。
彼だってさすがにもう仕事を終えているだろう。
もう眠っているかもしれない。
一度かけてしまったせいで、履歴に残ると思い、なかなか電話を切る勇気がつかない。
どうしよう。
十コールくらいが鳴り響いて、ようやくコール音が切れる。
「……はい?」
向こうから聞こえた声に、胸がぎゅーっと締め付けられて、心臓が痛くなる。
呼吸がしにくい。
ちかちゃんの声だ。
今テレビで聞いてるちかちゃんの声。
会いたいよ。
「……ゆうこか?」
好きだ。
ちかちゃんが好き。
涙を流しながらただこくこくと頷く。
頷いたって電話越しの彼に伝わるわけなんてないのに。
もう自分の気持ちを制御できないほど好きになってしまったのか。
四年間離れていたくせに、再会するとまたこんなにも気持ちが膨れ上がった。
馬鹿な私。
こんな目に会うなら、地元に戻ってくるんじゃなかった。
「……ゆうこ? どうした?」
いつもより何倍も優しい声が愛しい。
電話だからだろうか。
顔が見えないから優しくしてくれるんだろうか。
それよりも彼の携帯に私の名前がいまだ登録されているんだ。
色んな事が頭を渦巻いていたけど、とにかく返事をしなくちゃと思い、姿勢を正す。
「……ちかちゃん。………眠れない」
自分でも喋った言葉に驚く。
浅ましい自分。
寝るつもりなんてなかったくせに。
今の今までテレビを見てたくせに。
優しい声に思わず甘えが飛び出す。
会っている時には言えない癖に、顔が見えないからって少し勇気が出る。
「ゆうこ? 泣いてんのか? なんかあった?」
なんでそんなに優しいの。
「ふ……っ……う……やだぁ」
誰かこの想いから救って下さい。
何でもするから。
逃がしてくれないこの想いから。
時間が解決してくれない想いなら、どうすればいい。
何が解決してくれるの……。
温めすぎた感情のせいで、もう呼吸もままならないよ。
声を聞くだけで涙が流れてしまう欠陥している感情を。
お願いだから誰か取り払って。
「ゆうこ? 今家?」
「……うん……っ」
「今から行くから着いたら電話する。電話出ろよ」
「ふぇ?」
「だから、今からお前ん家まで行ってやるって言ってんの」
「え? うそ。え? でもテレビ。いやテレビは違う……えっと、ほんと?」
「なにお前。どうしたの。とりあえずまだ風呂入んなよ」
そう言って切られた電話をしばらく呆然と眺めた。
それから五分程して我に返った私は、急いで化粧直しをして、服装を整えて準備万端で床の上で携帯とにらめっこをしていた。
どうしよう。
ほんとどうしよう。
なんか分かんないけど今からちかちゃんと会えるの?
嬉しい。
嬉しいよ。
それから二十分ほどして鳴り響いた電話を二コールで出た。
「もしもし?」
「着いた。出て来いよ」
「うん」
簡単なやりとりで電話を終えて、すぐに家から飛び出した。
家の塀に沿って、ちかちゃんの四駆ベンツが止まっていて、その真っ黒なそれに心臓が跳ね上がる。
助手席の扉を開けると、ぶっきらぼうに乗れよと声をかけられてすぐに車に乗った。
ちかちゃんはハンドルに頬を乗せて私をじっと見た。
「ゆうこ」
「はい」
いきなり名前を呼ばれて、はいっと緊張した返事を返す。
「なんかやな事でもあった?」
心配したような言葉に罪悪感が募る。
そうじゃなかった。
ただ会いたくて泣いただけのつまんない理由で。
忙しいちかちゃんを呼び付けた。
最低。
ほんと最低だ。
「ごめんなさい。家まで来てもらって。どこにいたの?」
「家だけど」
「家? 今どこ住んでるの? 施設は出たんだよね」
「そりゃそうだろ。今は都心の方。でっけぇマンション」
「……そか。そうだよね、遠くからごめんね」
本題を全く喋ろうとしない私に、ちかちゃんがいつもより優しくイラついて見せる。
「ゆうこ。お前なんだよ。いつものお前じゃねぇじゃん。はっきり言えよ」
「……えっと、あの……うん」
うまい言い訳が出てこなくて、思わず言葉に詰まる。
どうしたらいいか分からない。
でも会えて嬉しい。
ただそれだけの大きな感情に追われる。
頭の中で“好き”という二文字が勢いよくうごめく。
「お前まじどうした。なんだよ。言いたくないなら話さなくていいから、何してほしいか言え」
その言葉にバッと勢いよくちかちゃんの顔を見ると、ただ心配そうに眉を寄せて私を見ていた。
ずきっと胸が痛む。
そんな事言ったら、私すごい事言っちゃうかもしれないよ?
困らせちゃうかもしれないんだよ?
わがままを………
「あ……えっと……」
わがままを言いたかった。
本当はぎゅうってして欲しいとか言いたかった。
隣に無造作に置かれている手をぎゅっと握りたかった。
でも、高校から積み上げてきた思い出が邪魔をする。
高校から作り上げてきた友達という座が、一歩踏み出す勇気を阻んでくる。
この時点で。
彼と付き合うなんて事、程遠いんだなと少し諦めてしまった。
思い知ったんだ。
この関係を手放す事が怖くて、想いを伝える勇気が出ないという事が。
きっとそれが一生変わらないだろうと言う事が。
「朝まで………」
「あ?」
「朝まで一緒にいてほしい………眠れないから」
可愛くない。
全然可愛くない。
私の馬鹿。
消えてしまえっ。
照れ隠しで付けくわえた言葉。
それが私の精一杯だったんだ。
それでも次に帰ってくる言葉が怖くて。
ちかちゃんの顔を見れないで、ただ自分の膝を眺めた。
「………別にいいけど。ドライブ………でもいいのか」
電話の時とは違う、また無愛想な声が聞こえたけど、私は自分でいっぱいいっぱいで、ただこくこくと必死に頷いた。
ちかちゃんと初めてするドライブ。
私はこれで。
会うのを本当に最後にしようと思った。
叶わないなら。
叶える気がないなら。
会っても辛いだけだと思ったの。
そして、私は。
高校のときと同じ。
またちかちゃんから逃げたの。
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