ゆきちか2023

自分の気持ちに

制御ができなくて

パンクしそうだ

声を聞くだけで

泣きそうになる

重症じゃないだろうか

―――――――――――


その日は仕事にいつも以上やる気を出して、終わるのは随分早かった。

今日いいねとかカメラマンに調子いい事言われたけど、それに調子に乗ったわけではない。


ただ、ゆうこに会いたくて仕方なかった。

俺の中でゆうこは、今になっても輝かしい存在でしかない。

会えなかった四年で諦めたはずなのに。

一度会ってしまうと、足に引力でもあるかのように、糸で引っ張られているかのように、ゆうこに会いに行こうとしてしまう。


あまりにも調子よく仕事が終わったせいで、マネージャーにいつもそれくらいやればいいのに……とぐちぐち言われたから睨んでやったけど。

仕事終わり、すぐに車を走らせてゆうこの会社に行った。


いつもだるいだるい言ってるくせに、こういう時にどこから力が沸いてくるのか。

ほんと自分でも信じられない。


久しぶりに会ったゆうこは高校の時の輝きをいまだ持ち続けていた。

とんでもなく綺麗で清楚で美しくて。俺が好きになったゆうこのままだった。

会社の前で話している時も通りすがる色んな人がスーツ姿のゆうこを振り返るように見ていた。

血が煮えたぎりそうだと思った。


四年間。

俺といない間に、可愛い笑顔を見せて他の奴と話をしていたのか、誰かともしかしたら恋人になっていたのか、そんな事どうしても許せない。

許せないから、死んでも聞きたくない。

何も知らないままがいい。


想像でさえも頭に血がのぼる。

だから、あいつがいなくなったって探しはしなかった。

俺のそばから自ら消えたという事実を見たくなんてなかったから、あいつは死んだものだと決めつけた。

そうしないと、探しに全国どこでも行ってしまいそうだったから。


それをしなかったのは、ゆうこが俺から場所を告げずに離れて行ったからだ。

ゆうこは俺に会いたくないだろうと思って、あいつを死んだものだと思い込んだ。


それなのに、目の前にゆうこを四年ぶりに見た時、あともう一回瞬きをしていたら俺泣いてた。

ずっと会いたかった。

ずっと、ずっと会いたかったんだ。


抱き締めて、キスをして、撫でまわしたい気持ちになったのを必死に誤魔化した。

自分で自分にドン引きする。

ほんと何年片思いしてんだって話だけどさ。


相変わらず、俺の醜悪の環境の中での、唯一の光だった。

綺麗すぎてこの世に存在するのがおかしいと思うくらいに。



今日の朝、早起きしてあいつの会社まで行くという必死さを発揮しながら、鈍いあいつは俺の気持ちにかけらも気付かない。

それとも気付きながら、気持ちにこたえられないから無視しているのか。

どっちかは分からないけど、どっちにしても気持ちが叶うまでは程遠い。


モデルの仕事だって、あいつに釣り合うために。

あいつが遠くにいても、あいつの目に入るように。俺を思い出すように、忘れないように。


頭は悪いし、喋るのは下手だから、顔だけしかないと思った。

高校を卒業してすぐ、スカウトをされて流れるようにモデル業を始めた。

あのきらきらした女の瞳に少しでも俺が映るように。



きっとあの秀才な女は、テレビや雑誌なんてあまり見ないだろうけど。

見てもニュースや新聞くらいだろう。

それでも。

ただ一筋の光にかけるしかなかったんだ。

ただ、ゆうこのためだけに。


それだけ。

ただ、それだけのために働いてきた。

あいつの気持ちが手に入るなら何万人の全てのファンを捨てても構わない。


無理なのは分かってるけど、ゆうこに俺のことを好きになってほしくて仕方がない。


高校時代の彼氏の水無月が今でも憎くてたまらない。

一瞬でもゆうこを独り占めしたあいつが。

あいつの前で赤らめた頬を見せていたのか、はにかんだ笑みを見せていたのか、そんな事を考えるだけで発狂しそうになる。


俺の馬鹿。

死ね俺。

まじでおかしい。

人気モデルなのにこんな事考えてるって世間にバレたら、俺の人気などなくなるだろう。

絶対になくなる。


まぁいいか。

どうせゆうこのためにやってるんだし。



――夜の七時から会社の前に車を付けて待つけど、一向に出てくる気配はない。

それから二時間をして出てきたと思ったゆうこは、背の高いさわやかな男と歩きながら楽しそうに話をしていた。


その男がいかにも陽の道を歩いてきた感じで。

人生で一度も挫折などしたことがない、一度も人を羨んだことがないというような、明るいオーラだったから。

イメージが水無月とかぶって、無性にイライラする。


何ゆうこに話しかけてんだよ。

むかつく、あいつ。



「くそっ」


窓を開けて会話に耳を澄ますと、金曜に飲みに行こうだの、家まで送るだの、どうにも我慢ならない会話が耳に入る。


あいつばっかじゃねぇ!?

頭いいくせに、何考えてんの!

危機管理能力ゼロなんですけど!


まじ信じらんねぇ!

まじあの女嫌い!

どう見てもあの男には下心しかねぇだろうが。

自分の見た目自覚しろや。はげ。



「ゆうこ!!!」


世界で一番愛しい人の名前をこんなにきつく呼びたくないのに。

それでも目の前にすると裏腹な態度しか取れない。

自分の性格が憎らしいが、どうすることもできない。

俺の中で素直なのは、ゆうこの元へ何度も向かうこの足だけ。


ゆうこは困ったようにおどおどしながら俺の車に乗り込んだ。

俺の助手席はお前が初めてなのに。

ほんとはそう優しく言いたいのに。


そんな事さえ言えずに、気付いたらイライラして発狂してるし、あいつの手首に痕が残るくらい握りしめてしまっていた。


高校の時三年間一緒にいてもほとんど見たことがなかったあいつの泣き顔。

卒業式に泣いてたような気もするけど。


水無月と別れた時でさえ、泣いてなんてなかったのに。

泣き顔を間近で初めて見て、どうしようもなくひどい事をしたととうとう自覚した。


やばいやばいやばい。

嫌われた。


完全に嫌われた。

まじ泣きそう。


ごめんごめんごめん。


「ゆうこごめんっ! ごめん、ごめん」


謝っても許してもらえないのはもちろん分かってるけど。

分かってるけど。

ごめん、ゆうこ。


せっかく初めて抱きしめているのに全く嬉しくない。

ただ、泣いている事が気になって、本当に最悪な事をした。



「………ゆうこ、ごめん…ほんとごめん」

「………うん、もういい」


いいって、どういう意味のいい?

“別にもういいよ”のいいなのか、それとも、“お前なんてもういい”のいいなのか。


そんな事でバクバクしている俺も情けないけど、それよりもゆうこに嫌われるのが嫌だ。

だって、俺もう七年間もゆうこしか見えてないのに。


嫌われたらほんと死ぬ。

本気で死ねるな、うん。

自慢にはならないけどさ。


「ゆうこごめんな。ほんとに反省してる。ごめん。なんか腹が立って。ごめん……」


ゆうこの反応が見たくなくてぎゅうっときつく抱きしめた。


ゆうこの顎が俺の肩に乗って、頬にふわふわの髪が当たる。

悔しいくらいに好きだ。

いい香りがして、涙が込み上げてくる。


ああ、もうやばい。

好きのメーターがあるとしたら、もうとっくに振りきれてる。


「いいよ。怒ってない。ご飯食べに行こっか。泣いてごめんなさい」


いつものゆうこを表したかのような冷静で優しい言葉に、胸がぐわっと掴まれたように苦しくなる。


背筋が粟立つようなときめきを感じて、また涙がじわっと溢れてくる。

勝てない。

この女に俺一生勝てない。


くそ。

泣くな泣くな泣くな。

まじだせぇよ俺。


「ああー…………どうしよ」


好きって気持ちがあふれそうだ。

早く伝えたい。

今伝えたら七年間の気持ちが無駄になるのが分かってるから言えるわけはないんだけど、世界中でこいつの事を一番好きなのは絶対に俺だ。


「なにぃ?」


いつもははきはきして綺麗に喋るゆうこが、泣いた鼻がつまったのか少し鼻にかけたような声を出す。


「…………っ。かわいぃ」

「へ? なにが?」

「………悪いのは分かってるけど、お前すっげぇ可愛い。ああーやば」


いきなり、ゆうこは抱きしめていた俺の腕を勢いよくふりほどいて、俺の顔をじっと見た。

くりくりの瞳でまじまじと見つめてくるから、俺は視線をどこにしていいか分からなくなって、目を泳がせていると、なぜかゆうこがまたぎゅうっと抱きついてきた。


「嬉しいっ。ちかちゃん好き」

「っ…………」


その言葉に、顔が熱を持って、かぁっと真っ赤になるのが分かった。

まじこの女ふざけてる。


この魔性女!

死ね!!!

お前なんて、死ね!!!

天然なのかわざとなのかどっちにしても魔性女め。


急に自分の思考が崩壊し始めていたけど、それを考えていた間にかなり時間がたっていたらしい。


「あ、いや、今のは話のノリというか、そういう意味の好きとはまたあのえっと……」


俺が黙っていたのが本気で捉えたと思ったのか、ゆうこは焦ったように誤解を解こうとしてきた。


「うん分かってる」


はっきりそう告げると、ゆうこが少し黙ってから、「うん」と呟いた。


その後少し気まずいながらに、レストランにご飯を食べに行って四年ぶりにゆうことご飯を食べた。

仕事の話を興味深そうに聞いてくるゆうこがあまりにも可愛くて。

この仕事をしていて本当に良かったと思った。


ただこの仕事をしているせいで忙しくて、思うようにゆうこに会えなくなるのだけれど。

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