第4話-理から外れた力


「!?…ッ!!!」


 肢体は時に、思考の速度を追い抜く。


 条件反射とでも言おうか、咄嗟に動いた身体が選択した行動は、無様に地を転がる事だった。


 しかし、コレが僕の命を救う。


 反動を利用し、右へと身体を転げた刹那、僕が今まで身を置いていた場所へ“ソレ”の触手が叩き下ろされた。


 衝撃で再度吹き飛びはしたが、もし直撃していた場合、骨の身体はバラバラになっていただろう。


 まるで無垢な子供が、残酷にも虫相手に“鞭当てゲーム”と、庭のホースを振り回しケタケタと笑いながらいつ潰れるのかを楽しむ様に。


 “ソレ”は、僕を一撃で殺せなかったことを残念がることもなく、何処か愉しそうな雰囲気を醸し出しながら次の攻撃へと移り始める。


(マズイマズイマズイマズイッ!!次こそ死ッ…死ぬ!!!)


 生命が途絶える。


 その状況に、多大なアドレナリンが脳を駆け巡り、左手を失った事での痛みから一時的に解放された僕は、起き上がり、“ソレ”とは逆方向へと駆け出した。


 逃げなければ…その一心だった。


 筆で綴られる想像の物語は、主人公にとって優しい選択肢を与える。


 奇跡はいつでも主人公の味方だ。


 しかし、コレは現実なのだ。


 玩ぶかのように、“ソレ”は殺す為に触手を放つことはなく、逃げる僕の足を横になぎ払った。


 衝撃で転倒した僕へ、もっと近くで苦しむ姿を観たいとの願いだろうか。

 “ソレ”は攻撃をやめ、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。


 生きたい。


 力も無く、策も無く。

 如何することも出来ない者の、傲慢な願い。


 何か手があるハズだ、と。


 そんなモノ、無駄な足掻きでしか無いのだが。





 霧がかった墓地には、普段通り静寂が支配する。

 鳥の声が遠くから響き、小さな虫が飛ぶ音が時たま聞こえる。


 幸いか。

 意識は未だ手放していない。


 人であればとっくにあの世だろう。

 しかし、今の僕は人成らざる者だ。


 死ぬ迄のカウントダウンに、多少の猶予があるのだろう。


 ただ、如何することも出来ないのだが。


 身体が全く動かない。

 あの後、振り下ろされた触手は直撃し、その瞬間、僕の意識は途絶えた。


 意識が戻ると“ソレ”は姿を消していた。

 と、思う。


 何せ、首の一つも動かせないのだから確認する事さえ困難なのだ。

 “ソレ”が蠢く音はもうしておらず、コレばかりは予想でしか無い。


 死ぬ迄の余韻。

 何も出来ず、確実に生命が終わる瞬間までを、ゆっくりと過ごす時間。


(なかなか頑張った方じゃないか…?もう無理だろうコレは…)


(次はまた地球に産まれたいなァ…)


(その時は普通の人間としてさァ…家族も居て…友達も居て…恋人なんかいたら最高だろうなァ…)


(億万著者とか良いよ…有名人ってのも望まない…普通に、ただ普通に生きたい…)


 諦める。

 其れしか選択肢はないだろう。


 次を願って。



【マジで言ってンの?次ってのが無きゃ全て終わりだがなァ…】



 久しぶりに声が響いた。


 紛れもない自分の声が、頭の中を反響する。


(…うるせェなァ!そもそもなんなんだよお前!お前のせいで頭の中がいつもぐちゃぐちゃだった!お前はなんなんだよ!)


【俺はお前だろうが…頭のおかしいお前が創り出した、もう一人のお前でしかねェ…】


 僕はある経験をきっかけに、突然頭の中にもう一人の自分が産まれてしまった。

 時折、自分に口出しをしてきたりするこの存在にずっと悩まされていた。


(黙れッ!お前のせいで…アァ!お前のせいで何もかも上手くいかなかった!病気扱いされるのも、人と上手く交流できないのも、全部全部お前が騒ぐから!僕の…僕だけの身体のハズなのに!)


【お前はガキだ。喚くだけ。自分の感情のコントロールも出来ねェガキ。病気扱いされンのも、お前が実際その病気ってのに片足突っ込んでる事実からだし、人と交流できないってのも、お前自身にその能力がないだけ…俺のせいにされても困るねェ…】


(うるせェ!うるせェ…!…うるせェ…)


【それにお前も俺も“俺”でしかない…俺にどうたらこうたらペラペラぶつけたところで、一人で壁打ちしてるだけでしかねェ…】


(……)


 死ぬ時まで、コイツと言い争いをしないといけないのか、とうんざりする。


【ただ、ただ一つ…お前と俺で違うところがある】


(…は?)


【いや、“出来た”】


(お前、何言って…)


 不敵に笑い始める、もう一人の僕。


【ハハッ!喜べ俺!俺もこんなところで野垂れ死ぬなンざ嫌だからよォ!】


【俺達があのヤバそうな空間に行った時、嫌な予感がしていたモンで、必死に考えて、一つ咄嗟に思い付いた事があった】


【俺達に話しかけてきた声、アレと会話できねェか、と】


【ありゃあすげェな、俺達の頭の中まで全部全部観られるらしいぜ?だから俺はヤツとコンタクトが出来た】


【お前はボーッとしてたから気付いてねェかもだが、あの一瞬、俺はヤツに言ったんだ】


【“お前の願いを叶える代わりに、其れが出来る力と、使い方を教えろ”ってなァ…】


(それって…!)


【アァ…あれだぞ?勇者~とか、聖者~みたいな、フィクションに良くある都合の良い力じゃねェ…】


【…もっと良いものが欲しかったが、背に腹は代えられねェ…】


 この状況を脱せる可能性がある。其れは願ってもない事だった。


(…何をすれば良い?)


【アァー…おっ、運が良いな…おい、アレ見えるか】


(アレ…?)


【目の前だよ目の前、さっきのバケモンの触手の衝撃で土の下から出てきたんだろうよ、俺らとは別の人骨が転がってンだろ】


 言われるままに、唯一動かせる眼球(はこの骨の肉体にあるのだろうか?)を必死に動かすと、視界の端で白骨死体を捉えた。


(…確かにあるが)


【アレに向けて“実行コマンド”って言った後“E666”って唱えろ】


(はっ?えっ?)


【早くッ!!!】


 訳も分からず、痛みに耐えながら何とか声を出す。


「ッ!?クソッ…!“実行コマンド”ッ!」


 その時、不思議な感覚が起こった。

 空中に浮遊するかの様な、言ってしまえば“次元を超えた”感覚。


「“E666”ッ!!!!!!」


【…痛ェが我慢しろよ?俺も我慢するんだから】


「…えっ」


 唱えた刹那、急速に浮遊感は無くなり、代わりに勢いよく落ちる感覚に変わる。


 そして激しい痛み。

 “ソレ”との戦いで左手を失った時の痛みを超えた、理解の出来ない苦しみ。


 身体全体がバラバラに裂かれる様な、無数の手に生皮や筋肉を無理矢理引き剥がされる様な。


 しかも此処までの痛みなら身体の防衛反応的に気絶してもおかしくないハズなのに、逆に意識はどんどん鮮明になり、逃れられない。


(痛い痛い痛い痛い…!!!クソッ…ヤバい…アタマがおかしくなりそうだ…)




 どれだけの時間が経ったのだろう。

 いや、実際はそれほど経っていないのかもしれないが。


【おめでとう】


 頭の中でもう一人の僕が語りかけてくる。


【“人骨は 別の人骨 に 進化した”ってか?】


 ゆっくりと起き上がる。

 起き上がれる。


 身体が元に戻っていた。

 否、語弊がある。


 周りを見ると、ボロボロのロングコートと草刈鎌が落ちていた。


(これは…)


【俺も詳しくは分からねェが、何でも“自分の身体と、他の身体をくっつける”事が出来るらしいぜ?】


 なるほど、キメラの様なモノなのか?

 例えば失った部位を、別の肉体を使って埋めるような事が出来るのだろうか。


 それって結構強いのでは?


【そう思うよな?確かに理からは外れた能力と言われたし、マァ、俺達の大好きな創作物で度々出てくる“チート能力”っぽいけどな】


(そうでもないと?)


【考えてもみろよ、身体ごと一瞬で消滅させる魔法とかがあるのかは知らねェが、そんなモノ受けたら終わりだし、第一周りに死体だのが無けりゃただの動く骨でしか無い】


 それもそうだ。

 死体だらけの場所、それこそ今居る墓地などで無い限りこの力は使えない。


 骨の身体も、大して頑丈でも強くもない事は先程の戦闘から予想が付く。


【マァ、無いなら材料を“作れば”良いだけだがなァ…】


(…へ?)


【…いや、その時が来たら教えてやるよ】


 もう一人の僕の言葉が理解出来なかったが、もしかしたら何かしら別の力があるのだろうか。


 兎に角、先程の化け物と出くわしたくないと足早にコートや鎌を拾い、先程よりも慎重に、墓地の出口を探す為歩き出すのだった。





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