第3話-絶望の始まり


 書斎で休憩をした後、僕は他の部屋もある程度物色していった。


 ドロリとした緑色の液体が入った瓶が数本。

 割れたガラスペンに、読めない手記。

 恐らく何かしらの食べ物だったのだろう。

 サビた大鍋の中には水分の抜けた黒い塊と、そこで晩餐を楽しむウジ虫が数匹。


 大体が自分にとってメリットになる宝では無かった。


 ただ、厚手でフードの着いたロングコートの様な服に、庭の手入れなどに使用していたのだろうか。持ち手の長い草刈鎌と、短めの手鎌。前の世界で言うところのツールベルトの様な革製の腰袋を手に入れた。


 また、薄汚れてはいたが、表面に湾曲した鉄板が貼り付けられたブーツと、これまた手の甲を覆うように鉄板が付いたしっかりした生地の手袋も頂戴した。


 とりあえず出来合わせではあるが、ある程度自衛の出来そうな道具と、人間に見られたとしても遠目からでは骸骨とはバレないであろう、身を隠す洋服は揃えられた。


 …まぁ、未だ人間と出会ってもいないのだが。


 しかし、食堂で見た絵。

 確かにこの地に人間がいる、いたであろう事を示す痕跡だ。


 幸い、声帯などあるはずの無い骨の喉からは言葉を発することが出来る。

 もしどこかで人間と接触することが出来れば、この世界について何かしらの情報が得られるかもしれない。

 否、最早人間でなくてもいい。

 会話の出来る存在とコンタクトが取りたい。


 僕はいつか訪れるであろう。訪れると信じたい、知的生物との交流を目標に、この墓地を発つ事に決めた。


「アァっと…すまんなァ!色々と借りていくぞ!世話になりましたァ!」


 孤児院だと思われる建物に別れを告げ、服を身に纏った僕は手に草刈鎌を持ちながら、墓地の出口を目指し歩き始めた。





 腰椎に無理矢理巻き付けた腰袋と、そこに入れた手鎌の重みを感じながら、方向もテキトーに歩を進めていると、遠く前方に何かしらの物体が動いていることに気が付いた。


「人か…?こんな所に?いや、ンな訳無いよなァ…無いよな?無いだろ…ヤバい気がすると?するな、隠れるかこりゃァ…」


 癖であるいつもの自問自答をブツブツ唱えつつも、嫌な予感がした僕は直感を信じ、近くの墓へ身を隠す。


 どうやら、それは正解だったらしい。


 蠢く影は段々と霧をかき分けながら、此方へと向かってくる。

 ズチュァ…ズチュァ…と気味の悪い音をたてながら、生ゴミの様な臭いを漂わせた“ソレ”は、遂に僕の視界に姿を現す。


 それは、言うなれば腐った肉のキメラとでも表現しようか。


 緑色っぽく変色し、何かしらの粘液で表面がテラテラしている肉が集まりあった様な…グロテスクな“つみれ”と表現できそうな怪物だった。


(………)


 思考が停止してしまった。

 正常な判断など、出来るはずもなく。


「ヒィッ…!?」


 悲鳴が出てしまった。

 出てしまったのだ。


ヒュンッ


 …何が起きたのか分からなかった。


 気が付くと、地に伏していた。

 周りには石の残骸。

 コレは僕の隠れていた墓なのか…?


(…ということはッ!?)


 その時、経験したことのない痛みが奔った。


 “痛い”ではなく、痛みを超えた領域。言うなれば“無理”。

 この痛みに我慢の出来る者が居たのなら、少なくともそれは人ではない。


「ァッ…!!!ッ!!!!???ゥァ………!!!!」


 叫び声を上げる余裕など無い。

 呼吸さえ忘れる程に達している。


 痛みの出所は、左手。

 手首から先が無くなっていた。


 ズルリ…と音が聞こえる。


 咄嗟に音の方へと顔を向ける。


 其処には、先程までその肉体の何処にも存在しなかった触手をうねらせながら、次の攻撃を放とうとする“ソレ”の姿があった。







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