第2話-暗闇から
気が付くと、真っ暗な世界が広がった。
ただ、先程のような大凡現実とは思えない場所とは違い、聴覚や触覚はある。
ただ、何かしら…箱のようなモノの中に居るのか、腕や脚を動かしてみても一定の距離から必ず壁に当たる。
「勘弁してくれよ…」
一人呟く言葉には、勿論返答があるわけもなく、自分が危機的状況にあるということが否が応でも分かってくる。
「クソ…クソッ!アァ!?何なんださっきから訳分かんねェ!!!」
死を確信できる状況から一転、先程の理解不能な経験に加え、突如として絶体絶命の空間。次第に段々と恐怖が押し寄せ、半ばパニック状態に陥る。
「そもそもォ!何なんだよさっきの得体の知れない場所といい声といい!!」
周りの壁を叩くが、鈍い音が響くのみで、ビクともしない。
「それで次は箱の中!?シュレディンガーの猫ってかァ!?面白いな!面白くねぇよ!上手いな!上手くねぇよ!黙れ僕ッ!!アァちくしょう!!!」
元々、精神的に不安定な僕が立て続けに理解不能な状況が起こったならば、取り乱してしまうのは目に見えていた。
だからこそ、意図しない行動を起こすことが出来るのだが。
「ぁあああああぁあぁぁッ!!!ッざけんじゃァ……ねぇぞォォ!!!!!!」
怒号を乗せ、思い切り左脚を上へ蹴り上げる。パニックから攻撃的になった思考は、珍しく正解のカードを引き当てた。
轟音が響き、蹴り上げた左脚はそのまま箱を一部破壊し穴を開けた様で、そこからは光が漏れ出している。
自らが行った事に驚きつつも、身体をクネクネと動かし、穴から這い出てみる。
月明かりが淡く光を降ろし、薄くベールのように霧がかったその場所は、僕の予想の範疇を超えていた。
墓地だ。
しかも全く手入れがされていないし、言うなれば外国の教会等にある様な、日本の其れとは別の墓が今にも崩れてしまいそうな外観で凄まじい量、辺り一面に刺さっている。
自分の這い出てきた場所に目をやると、あぁ、なるほど。
僕はどうやら埋葬されていたらしく、箱と言っていたモノはどうやら棺桶だったみたいだ。
「…蘇ったとでも?そもそも日本じゃないだろここ」
「……それに」
もう一つ、絶対に目を背けてはいけない事があった。否、気にしないようにしても、どうしても目に入るのだから仕方が無い。
「…クソ…もはや悪夢であれ……」
左右の腕を改めて凝視し、触診する。次に脚。肩周りや胸、次に腰…。普段では見ない色の肌。いや、最早肌も無く。ザラザラとした身体をなで回す。
「…………全て」
「身体の全てが……骨だ」
月夜に照らされ、墓地に佇む白骨死体。
B級ホラー映画の一幕のような状況。
暫くボー、と立ち尽していたが段々と現在の状況が、言うなればフラスコから落ちる水滴の様にジンワリ、ジンワリ、と停滞していた意識に染み込んでくる。
そして、僕は本格的にパニックに陥った。
「あぁあぁぁぁアぁあァぁぁァぁぁぁぁあああああ!!!!!!!???」
走る。
無我夢中で。
何処に向かっているわけでもない。
ただ、ただ走る。
無数の墓標にぶつかりながら、転びながら、足下も見ずに、焦点も定まらず。
変な話だ。
骨のみならば肺など無いのに息は切れ、骨のみならば筋肉など無いのに足は疲れ、骨のみならば神経など無いのに痛みを感じ、そして限界が訪れ、23回目の転倒をタイミングに僕は動くことを辞めた。
聞いたこともない鳥の鳴き声が聞こえる。
その声が脳髄を打つ。
そのまま、意識を手放した。
◆
気が付くと、真っ暗な世界が広がった。
わけもなく、墓地だった。
野良猫でもあるまいし、目が覚めた場所が墓地だったという人間は世界に何人居るのだろう。
あぁ、いけない。もう僕は人間じゃないのだった。
そんな下らないことを考えつつ寝転がったまま、ふと首だけを横に向けた。
人は錯乱しているとあまりに多くのモノを見落とすみたいだ。
目線の先には、今にも崩れそうな建物があった。
木造の様に見えるが、如何せん僕はそういった知識には疎い。
しかし、また思考を手放し走り回る愚行をデジャヴの様に繰り返すよりは、あそこの建物で宝探しでもする方がよほど生産性がある。
身体を起こし、建物の近くへと歩を進める。
長い間、人間が手を付けていないのだろう。
無駄に縦に長い両開きの玄関は、ツタが張り、全面に腐食が目立つ。
玄関前まで着くと「お邪魔します」と一応声を上げ、ボロボロの扉をギギッ、と開き中へと入る。
視界に広がったのは、長机が複数置かれ、其れより多くの椅子が並べられた食堂の様な場所だった。
ある椅子の前に目を向けると、何か紙が置かれている。
拾ってみると、羊皮紙だろうか、その前面に何かしらの拙い絵が描かれていた。
…これは、複数の人間と修道女?
「…シスターみたいな服装の人よりも、一回り小さい人間が複数…アァ、子供か」
「絵自体も子供が描いたような感じだし、そうなると此処は孤児院的な…?この絵も此処に昔住んでいた孤児の子が描いたのかもな」
奥にも部屋があるみたいだ。
食堂の様な部屋を一通り物色した後、奥の部屋へと行くとそこは書斎の様だった。
恐らく、シスターの仕事部屋なのだろうかとフワッと考えながら本棚から数冊本を手に取る。
「…やっべぇ…何も読めないぞコレ」
見たこともない言語で、どの本も文が綴られていた。
挿絵も無ければ、読めもしない。
これだけ本があるのに収穫0だな、と本を元合った場所に挿し直し、作業机前に置かれた木製の古い椅子に腰掛ける。
少し思案してから、如何しても一つの結論に至る事を渋々認める。
「痛覚等の感覚は感じる骨の身体に、謎空間での使命を与えるとか語ってた声と死んだ記憶」
「アアァ…マジであるのかよ…異世界転生…」
創作は、時に現実世界に顔を見せる。
ファンタジーだと、起こりえぬと思っていた、思い込んでいた現象は今まさに現実となった。
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