第5話-本日は如何されましたか?
当てもなく、墓地を歩く。
景色はさほど変わりゆくこともなく、まるで同じ場所をグルグルと歩いている様な感覚に陥る。
そうして何時間が経ったのだろう。
「…えっ?」
頭の中の自分の話に渋々付き合いながら、ほぼ無意識的に足を動かしていた。
だからこそ、気が付かなかったのだろうか。。
ずっと足下に落としていた視線を何の気なしに前へ向けてみると、いつの間にか見慣れた墓地ではなく、山道に景色は変わっていた。
後ろを振り返ってみても、墓地は見えない。
(ボーッと歩いていたから、墓地を出た事に気が付かなかったのか…?)
不思議に思いつつも、僕の様な人間には時たま起こる現象の為「まぁいいか」と、さほど気にも止めず歩き出した。
しかし、景色が変わったのは安心した。
変わったということは、前へ進めているということ。
自分の歩く動作と地表、時間がキチンとリンクしている事を示すからだ。
まさか、進んでも進んでも出る事が出来ない、無限にループする空間だったらどうしようかと。
多少の安心感でホッとしていると、先の道が二手に分かれている事に気が付いた。
一つは、道が多少慣らされた広めの道。
もう一つは、言うなれば獣道だ。
しかし後者の道の先には、気になるモノがあった。
古びた建物だ。
外観のイメージとしては、田舎にある昔からやっている病院、と言った具合か。
今や骨の身だ。
もし人が住んでいたとしても、きっと交流は難しいだろう。
しかし、この世界の事を全く以て知らない僕からしたら、コレは運が良かったと思える。
誰も居なかったとしても、墓地の孤児院の様に何か便利そうな物を拝借出来るだろうし、もしいた場合もコミュニケーションさえとる事が出来れば、自分は元人間で危害を加えるつもりはない、この世界のことについて教えて欲しい、と伝えられる。そうすれば、何かしらの情報を得られるかもしれないからだ。
…甘い考えだとは思うが、其程までに今は情報が欲しかったのだ。
獣道に足取りを向ける。
【……そんな上手く物事が進むとは思えンがなァ…】
頭の中でボソッと呟かれた言葉は、聞かなかったことにした。
◆
ガチャッ
建物へと入ってみると、まさに病院のようだった。
受付があり、待合室がある。
違うところと言えば、受付の机も待合室の椅子も、全てが“木”で出来ている事ぐらいか。
『お待たせ致しました 次の方、第一診察室へお入り下さい』
突然、放送が流れた。
「えッ…!?」
【…マァ、十中八九、俺達が呼ばれているんだろうな 客もいねェし】
(それしかないよな…)
待合室から続く通路の先には、“第一診察室”と書かれた看板が見える。
ロングコートのフードを深々と被り、骨の身体が見えない様に身なりを整えながら、恐る恐る診察室へと向かう。
ギィ…ギィ…
床の軋む音が、嫌に反響する。
足取りが重い。
気のせいだろうか。体感気温も下がってきた気がする。
ギィ…ギィ…ギィ…
薄暗い廊下をぼんやり照らすように、第一診察室のドアからは、鈍い色の光が差し込む。
ガタッ
風が吹いたのだろうか。廊下の窓から音がした。
ギィ…ギィ…ギィ…ギッ
やけに長く感じた廊下の先に、第一診察室のドアの前にやっと着いた。
このドアを開けたら、いけない気がする。
直感が働く。
警報を鳴らす。
行ってはいけない。
“何故か”そう思うのだ。
強い忌避感に今すぐ逃げ出したくなる。
なのに、なのにも関わらず、指先はドアの取っ手を引っかける。
そして…
ガラッ…
「…お待たせ致しました 本日は如何されましたか?」
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