第5話-本日は如何されましたか?


 当てもなく、墓地を歩く。


 景色はさほど変わりゆくこともなく、まるで同じ場所をグルグルと歩いている様な感覚に陥る。


 そうして何時間が経ったのだろう。


「…えっ?」


 頭の中の自分の話に渋々付き合いながら、ほぼ無意識的に足を動かしていた。

 だからこそ、気が付かなかったのだろうか。。


 ずっと足下に落としていた視線を何の気なしに前へ向けてみると、いつの間にか見慣れた墓地ではなく、山道に景色は変わっていた。


 後ろを振り返ってみても、墓地は見えない。


(ボーッと歩いていたから、墓地を出た事に気が付かなかったのか…?)


 不思議に思いつつも、僕の様な人間には時たま起こる現象の為「まぁいいか」と、さほど気にも止めず歩き出した。


 しかし、景色が変わったのは安心した。

 変わったということは、前へ進めているということ。


 自分の歩く動作と地表、時間がキチンとリンクしている事を示すからだ。


 まさか、進んでも進んでも出る事が出来ない、無限にループする空間だったらどうしようかと。


 多少の安心感でホッとしていると、先の道が二手に分かれている事に気が付いた。


 一つは、道が多少慣らされた広めの道。

 もう一つは、言うなれば獣道だ。


 しかし後者の道の先には、気になるモノがあった。


 古びた建物だ。

 外観のイメージとしては、田舎にある昔からやっている病院、と言った具合か。


 今や骨の身だ。

 もし人が住んでいたとしても、きっと交流は難しいだろう。


 しかし、この世界の事を全く以て知らない僕からしたら、コレは運が良かったと思える。


 誰も居なかったとしても、墓地の孤児院の様に何か便利そうな物を拝借出来るだろうし、もしいた場合もコミュニケーションさえとる事が出来れば、自分は元人間で危害を加えるつもりはない、この世界のことについて教えて欲しい、と伝えられる。そうすれば、何かしらの情報を得られるかもしれないからだ。


 …甘い考えだとは思うが、其程までに今は情報が欲しかったのだ。


 獣道に足取りを向ける。

 

【……そんな上手く物事が進むとは思えンがなァ…】


 頭の中でボソッと呟かれた言葉は、聞かなかったことにした。





 ガチャッ


 建物へと入ってみると、まさに病院のようだった。

 受付があり、待合室がある。


 違うところと言えば、受付の机も待合室の椅子も、全てが“木”で出来ている事ぐらいか。



『お待たせ致しました 次の方、第一診察室へお入り下さい』



 突然、放送が流れた。


「えッ…!?」


【…マァ、十中八九、俺達が呼ばれているんだろうな 客もいねェし】


(それしかないよな…)


 待合室から続く通路の先には、“第一診察室”と書かれた看板が見える。


 ロングコートのフードを深々と被り、骨の身体が見えない様に身なりを整えながら、恐る恐る診察室へと向かう。


ギィ…ギィ…


 床の軋む音が、嫌に反響する。


 足取りが重い。

 気のせいだろうか。体感気温も下がってきた気がする。


ギィ…ギィ…ギィ…


 薄暗い廊下をぼんやり照らすように、第一診察室のドアからは、鈍い色の光が差し込む。


ガタッ


 風が吹いたのだろうか。廊下の窓から音がした。


ギィ…ギィ…ギィ…ギッ


 やけに長く感じた廊下の先に、第一診察室のドアの前にやっと着いた。


 このドアを開けたら、いけない気がする。


 直感が働く。

 警報を鳴らす。

 行ってはいけない。

 “何故か”そう思うのだ。


 強い忌避感に今すぐ逃げ出したくなる。

 なのに、なのにも関わらず、指先はドアの取っ手を引っかける。


 そして…





ガラッ…






「…お待たせ致しました 本日は如何されましたか?」







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