番外:マルゴ中学時代 巧SIDE

叶わない恋と叶う恋ってどっちが多いんだろう?


俺はこんな質問があれば、絶対に叶わない恋の方が多いって断言できる。

だって、俺たちは叶わない恋で縛られ続けているから。


俺はたまに逃げ出したくてたまらなくなる。

このどうしようもないほどの、切なくて、甘くて、千切れそうな空間から。


片想いは綺麗なものなんかじゃない。

こんな黒い感情知られてしまったら、純白な君に嫌われてしまうんだろうな。

誰が、男女の友情は存在するなんて言った?

それを何か学問で立証できるなら、してみてほしい。

絶対に存在しないから。


友情から恋慕に変わるのなんて、あっというまだった。

物心が付くと、日ごとにしおに落ちた。


こんなに近くにいて、こんなに可憐な女の子が近くにいて、恋をしない方がおかしいだろ?

男女の友情なんて、結局は想いを伝えられない臆病者の名称でしかないんだよ。


毎日のように集まる俺たち5人。


「涼ち~ん。私またカード弱いんだけど」

「ははっほんとだな。お前そういうのまじで弱いよな」

「涼ちんはほんと強いよね。勝てた事ないし」

「俺のと交換してやるから、それで勝ってみろよ」

「わあー涼ちん偉そう。けど、交換してもらおー」


トランプを広げながら、今度は大富豪をするらしい。

春香と涼は仲がいいけど、正直のところこの2人っていまいち謎。

ていうか、春香は分かりやすいから、涼が謎なだけか。


「詩織。やり方分かる?」

「えーっと、2が一番強くて、3が弱いんだよね? それくらいは分かる」

「それだけ分かってればとりあえず大丈夫かな。隣おいで。教えてあげるから一緒にしよ」

「うん。ナツくんに教えてもらいながらしよーっと。共同戦線だね」


そう言って、ナツの隣に腰を落としたしお。

そんな無邪気なしおを優しそうに見つめるナツ。


「巧はしないの?」


ぐるりと俺を振り返って、問いかけてきたしお。


「ん? 俺は次から参加するよ」

「そっか。後で一緒にしようね」


俺らは、はたから見れば、とんでもなく仲のいい幼なじみたちなんだと思う。

それは間違ってないんだけど。

マルゴに集合した5人は、楽しく毎日過ごしているけど、それぞれたまに泣きたくなるような切ない顔をする。

最近涼は春香と付き合い始めた。


春香が昔から涼の事が好きなことは知っていたし、いつか告白するのかもしれないとは思ってた。

でも、その告白にあっさりと涼が応えた。


これは俺たちにとって、あまりにも青天の霹靂であり、悲しい事だった。

春香も、ナツも、俺も、3人とも涼がしおに特別な想いを抱いてる事に気付いていたから。


……春香は本当に大丈夫なのかな。


しおの事が好きな涼でも、それでも、好きだって言った春香。

その時の春香は、笑っていたけど、それは普通じゃ言えないことだ。

俺はそんな強い春香が好きだ。

ナツもいつも心配そうな瞳で、強がりな春香を観察してる。


「おい、しお。お前今日知らねぇ男と話してたけど、あれ誰だよ。大丈夫なのかよ」

「え? ああ、丸川くんの事?」

「名前とか知らねぇけど誰だって聞いてんだよ」

「何もないってば。ただのクラスの男の子。お兄ちゃんしつこいよー」

「お前が心配なんだから仕方ねぇだろ。悪かったな」

「ほんと優しいんだから。私は大丈夫だよ。何かあったらお兄ちゃんにすぐに言うから」

「そっか。そうしろな?」


涼はそうやってしおの頭をふわふわと撫でる。

普通の兄弟ってこんなものなのか?

明らかにナツと春香が自然な兄弟のように思えるし、しおと涼は異常に見えてならない。


特に涼が。

今も愛しいというような目でしおを見下ろしているし。

しおは至って普通にしてるけど。


チラリと横を見ると、春香は泣きそうな顔で唇を噛みしめていて、その後ろでナツがじっとしおを見つめていた。

俺たちは、結局しおと涼の兄弟に振り回されながら、見守ることしかできない負け組だ。


涼は一体どういうつもりで春香と付き合った。

春香がいいなら何も言わないけど、俺は正直気に入らない。


しおが好きなら、目を逸らさずに向き合えばいいのに、春香に逃げたくなるほどしおが好きなのか。

そんなにもしおが好きなのかな。


春香と付き合いだした涼を見るたびに、俺にはそんな問いかけが何度も胸に突き刺さってきていた。

ナツも今まで以上に切ない顔をしていることが多い。

結局何も気付かず、俺らをただの幼なじみだと思ってるのは、しおだけか。


春香と涼が付き合った時も純粋に嬉しそうに祝ってたな。

鈍くて、優しくて、無邪気なしお。

それは残酷と隣合わせだ。


恋をする俺たちは期待して、勝手に傷付いて、傷を隠し合う。

切なくて、でも愛しくて、千切れそうなほど大好きな人たちのために、そんな事ばかりを繰り返してるんだ。


まず、男3人はしおをお姫様か何かだと崇めてるところがある。

触れるのももったいないくらいに、可愛くて、愛しくて、どこかに閉じ込めておきたいという恐ろしい感情が生まれるようになるほど、俺の気持ちは異常だ。


涼が封印しようとしていて、ナツが叶わない恋に胸を痛めているのに、それに俺が入り込んだらどうなる。

当たり前に、5人の関係は崩れさる。


どうすればいいかなんて、簡単な話だ。

俺が我慢すればいい。

川崎家の一人息子の俺が入っていっていいほど簡単な恋じゃない。


「巧! 今日はずっとここにいるの?」


しおが立ちつくしていた俺に振り返って、にこにこと笑いかけてくる。

それに慌てて笑顔を作って、しおを優しく見返してやる。


「ん? 俺にいてほしいの?」

「え? ……えっと、うん。だって、……みんながいた方が楽しいでしょ?」


しおは無邪気で、鈍い。

それが少し嫌になる時があるのは、おかしいかな。


涼の気持ちに気付けばいいのにって、俺の気持ちを打ち明けてみようかって、しおを壊してしまうようなことを考える俺は異常なんだ。


「そうだな。今日は一緒にいるよ。俺もしおと一緒にいたいし」


こうやって、軽い口調でしか、本音を言えない臆病な男だよ、しお。

君は本当の俺に気付いたらどんな顔をする?

もう笑ってもくれなくなるかな。


「しお。ちょっと外行かない? コンビニにジュース買いにいこ?」


それにナツが反応してこっちを見て、涼も同じようにしおを見て、春香はそんな涼をじっと見る。

ああ、俺たちってどこまで切ない。

こんなの中学生じゃないんじゃないかってくらい、痛い恋だよな。


「うんっ行こ。巧とお買いものなんて嬉しい」

「お買いものってコンビニだけど?」

「それでもいいの。巧最近あんまり一緒にいてくれないから」


しおが寂しそうに俺を見上げて話しかけてくる。

それに曖昧に笑って、返事を濁してから、涼を見た。


「涼。しおとコンビニ行ってくるよ。すぐに戻るから」

「ああ、詩織を頼むな」

「はいはい」


普通は中学生って反抗期になったりして、妹なんてうぜぇよってなったりしないのかな?

俺は一人っ子だから分かんないけど、涼ってそんなタイプかと思ってたのに、しおのお父さんかってくらい過保護だし。

やっぱ涼も異常だ。


「しお、おいで」


しおの小さな細い手首を掴んで、マンションを出る。

エントランスを抜けて、外に出ると、夏の涼しい風が吹いた。

夏のど真ん中なのに、夜はやっぱり少し涼しくて、夜風が気持ちいい。


その風に吹かれたしおの髪から、甘い香りが漂ってくる。

ああ、抱きしめたいなぁ。

抱きしめて、しおの匂いをかいで、全てを愛したい。


「……巧、最近元気ないね? どうかしたの?」


しおが心配そうに俺に話しかけてくる。

その問いかけに自然と、背の離れたしおを見下ろすように見ると、下から上を見上げるように上目づかいで見られた。


それだけで俺の心臓は跳ね上がる。

重症だ。

隣にいる生き物がどこから見ても、可愛くてしかたないんだから。


「ねぇ、しお。もししおに好きな人がいるとするじゃん?」

「え? うん」

「だけど、自分の大切な友達もその人の事を好きだったとしたら、しおはどうする?」


そう言うと、しおは泣きそうに顔をくしゃっと歪めて、俺をすがるような目で見つめてきた。

なに?


「……巧は、今そんな恋をしてるの?」


それにギクリと心臓から冷汗が流れる。


「ううん。俺の友達の話」


俺じゃないよ。

例えばの話だよ。


「……そう、なの? あ、えっと、その話だけど、私ならどうだろう。諦めようと思うけど、諦められないと思う。好きな人って忘れようと思っても簡単に忘れられるものじゃないから」


それを言いきった時のしおは妙に色っぽくて、やけに大人に見えた。

しおもそんな誰かを忘れたいと思うような、辛い恋をしたことがあるんだろうか。


ほんとしおの言うとおりだ。

諦めたいけど諦められないんだ。

簡単に忘れられないよ、こんなに目の前にいるのに、忘れられるわけがないんだ。


俺、どうしたらいい? ……詩織。


「最近、巧はよく色んな女の子と一緒にいるね、……巧じゃないみたい」


隣を歩きながら、悲しそうに呟いたしおの言葉に胸が千切れそうなくらい締め付けられた。

そんな悲しい顔すんなよ。

だって、それじゃあ、俺がどうしたらいい?

もう少しで、君に気持ちがバレそうで怖いんだよ。


「……しお、そんな悲しい顔しないで。どうした?」


しおに目線を合わせて覗き込むように言うと、しおは慌ててぶんぶんと首を横に振った。


「何もないよ、ただちょっと寂しいなって思っただけだよ」

「そう? 俺はどの女の子よりもしおが一番可愛いよ」


そう言うと、素直に顔を赤らめるしおが本当に一番可愛いんだ。

俺はこのお姫様が愛おしくて仕方ないみたいだ。


「照れてんの?」

「照れてないよ! もう。巧はそうやってすぐからかうんだから」


ごめんね。

でもこうやって、軽いキャラを演じれば、真顔では一生言えないような愛のセリフも君に言うことができるから。


「しお。ところで丸川って男とはどういう関係?」

「えっ! ただの友達だよ?」


しどろもどろなしおの様子を横目でチラッと見る。

涼には嘘付けても、俺を騙せるわけないだろ?


「……告られた?」

「え…えっと、まぁ、えっと断ったけど、その……」


ほら、ナツも涼もおちおち大事に愛でてないで、どうにかしないといなくなるよ。

俺たちの大事なお姫様がいつの間にか他の男に取られたとかだけは勘弁してよ。


俺はしおと同じくらい大事な涼とナツのために、封印するんだからさ。

ちゃんとやってもらわないと困るよ。

俺が報われないじゃないか。


「しお。何か食べたいものある?」

「うーんチョコ! 中に苺の入ったやつ」

「おいで。早くコンビニ行こ」

「うん!」


大好きだよ、しお。

君にはきっと一生言えない言葉。


―――川崎巧、15歳。

未来が明るい事にまだまだ気付かない。



おわり

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