ひだまりのような人

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°

心臓が音を立てて

足は震えて

今までの思い出が

何度も頭を駆け巡る。

詩織

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°


階段を降りて行くと、2階の踊り場で階段を上がってきているナツくんに会った。


「ナツくん?」


降りてきている私にびっくりした顔を見せて、立ち止まる。


「いや、詩織が泣いてたし、マルゴにもいなかったから心配で、家まで行こうと思って」


ナツくんを見上げると、強い茶色い瞳でこっちを見ていて、何だか泣きそうになる。


「あのね、私……あんな事言われても巧がどうしても好きみたい。ごめんねナツくん。今から私、巧に告白してくる」


ナツくんの瞳を見て、強く決意を込めて口にする。

もう後戻りはできない。


ごめんね、ナツくん。

今までこんなにずっと私を想ってくれていたのに、応える事ができなくて。


でも、何年も想い続けてくれたナツくんに、中途半端な事はできなかったし、そんな事をしたらナツくんの綺麗な想いを馬鹿にするようでずっと今までできなかった。

中途半端な気持ちでナツくんの元に行くことなんて、到底できそうになかった。

だから、ナツくんの前ではもう泣かない。

困らせちゃだめ。


私は巧が好きなんだから、こんなに優しいナツくんを振り切るんだから、弱いところなんて見せちゃだめ。

甘えてちゃだめだよ、詩織。


「ありがとうナツくん。私を好きになってくれて。今日はすごく楽しかったし、ナツくんといると居心地がいいけど、やっぱりどうしても巧が好きだから、ごめんなさい」


頭を下げて、ナツくんに想いを伝える。

ナツくんが黙って私を見下ろしている。

何を考えているのか分からないけど、ナツくんの顔から目をそらしちゃいけない。


「……分かった。行っておいで。頑張っておいで、詩織。これからも幼なじみとして付き合ってあげるから大丈夫だよ。俺は何より……こんなに可愛い詩織に幸せになってほしいから、応援してるよ」


ああ、もう。

私はこんな人に好きになってもらえてどれだけ幸せなんだろう。


ナツくん。


ナツくん。

大好き。

大好きなんだよ。


寂しげだけど、微笑みながら、私を愛おしいというように優しく見下ろしてくれるナツくん。

鼻がつーんと痛くなって、思わず泣きそうになる。

でも、瞬きを何度もして、出てきそうになる涙をごまかす。


「ありがとう。ナツくん。本当にありがとう」

「巧ならまだエントランスのとこにいるんじゃないかな。さっきまで巧と喋ってたからいるはずだよ。行っておいで」


ナツくんはもう私の頭を撫でなかった。

いつもは撫でてくれるのに、撫でてくれなかった。

それを寂しいと思っちゃいけない。

そんな馬鹿なこと思っちゃいけない。


「ありがとうナツくん! 行ってきます!」


ナツくんに満面の笑みを見せて、1階までの階段を駆け降りる。

早く走れないパンプスがもどかしくて、気持ちを焦らせる。

早く行かなきゃ、巧の元へ。

もう後戻りはできない。


人はどうして、目の前の幸せになれる人を選ばないのだろうか。

絶対に、絶対に幸せにしてくれる人を選ばせてくれないのだろうか。

ナツくんを好きにならなかった事は。

それが、追われたら逃げたくなるとか、逃げる者ほど追いたくなるとかそんな陳腐な言葉で済ましたくはない。

私がどうしようもないくらい、巧を愛してるから。

きっと、それだけ。


心は、1人大好きな人がいると、他の人が入る隙間なんてこれっぽっちもないんだ。

単純すぎて、困っちゃうよ。

私は太陽のようなぽかぽかのナツくんを選ばなかったんだから。

台風の目のような全てをかき回すような巧が泣きたいくらい好きなんだから。


でも、ドキドキするのも、胸が痛くて泣きそうになるのも、その日に言われたたった一言で舞い上がったり、何度も溜息をついたり、涙を流すのも、巧しかいない。

この世で、きっと巧しかいない。

女たらしで、嘘つきで、掴みどころのない、世界で一番かっこいい人。

私の大好きな幼なじみ。


巧に会いたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る