小さいころからの夢
♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°
君が悲しそうにしていると
何て事をしたんだと……。
……時間が戻らないだろうか。
巧
♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°
あ。
少し前に巧が歩いているのが見える。
今日はマルゴ来たんだ。
そう言えば、21時だもんね。
「巧!」
後ろから声をかけながら、小走りで近づくと巧が振り返って、私を見つけてびっくりしたような顔をする。
「あれ、しお? どっか行ってたのか?」
黒のジーンズに、黒のTシャツ姿のシンプルな巧が、いつもよりおしゃれをした私をまじまじと見る。
「どした? こんな可愛いかっこして。可愛いしお。デートでもしてたかぁ?」
私のポニーテールをくるくると触りながら、ははっと笑って、冗談だよっとからかってくる。
でも、その“デート”という響きにビクンと体を揺らした私に、巧がぐっと眉をしかめる。
「え? ……まじでデート?」
巧が私から手を離して、手を宙に浮かせたまま、まじまじと私を見る。
「ふふっ。そうだよーナツくんと。思ったよりすごく楽しかったの、あの新しい動物園」
1つの事しか考えられない私は、楽しかった動物園の事ばかりで頭がいっぱいで誰かにこのふわふわした楽しい気持ちを伝えたくて仕方なかった。
「は? ナツと動物園? 何それ。いつの間にそういうことになってんの」
巧が戸惑っているのにも気付かずに、うきうきと。
いつも聞き上手の巧だから、聞いてくれると思ってペラペラと喋る。
「うん昨日にね。それでパンダも見れたの。あの新しい動物園だよー写真もいっぱい撮ってくれたんだよ、見る?」
「ああ。後で見るよ」
歩くのが遅い巧を追い越して、少し前をマルゴへと歩いて行く。
「人いっぱいいすぎて見れなかったんだよ。だけどね、ナツくんが持ち上げてくれてやっと見れたの。ほんと人気だね。最近テレビでもやってたもんねっあんな賑わってる動物園初めて見たよー」
後ろの巧をチラッと振り返りながら、にこにこ笑って今日の楽しかった事を聞いてほしくて話してしまう。
巧は無表情で私の顔をじっと見ている。
瞳がゆらゆらと揺れている事に私は気付かない。
「もう黙んないとちゅーすんぞー」
巧が語尾を伸ばして、緩い感じでいつものように言ってくる。
もうその口癖いい加減言わない方がいいと思うよ。
「もうそれいいよぉ。あっ、そうそう蛇もいっぱいいたよ。ナツくんさ、蛇と私比べて、私の方が可愛いとか言うんだけどひどくない? ふふっ巧は蛇とかそういう…」
喋ってる途中にいきなり後ろから腕をグッと引っ張られる。
その反動で前に出ていた右足が宙に浮いて、体が後ろに引き戻される。
顔もくるりと振り返り、巧と間近で目が合う。
それよりも速いスピードで巧がグッと近づいてきて、もう視界にも巧の顔さえおさまらない。
顔を斜めにした巧が私の目をじっと見てくるから、とっさに目をつぶってしまう。
……距離5センチ。
その瞬間。
「え? ………………んっ」
え。
え?
「んぅ……」
少しして離されたそれをじっと見つめる。
バクバク、バクバク。
「しおが黙んないから」
なに?
……キス?
巧に今キスされたの?
巧から香るいつもの甘い香水の香りが、今でも鼻に何だか残っている。
私巧にキスされた……。
――――――――――…
―――…
「私ね、お兄ちゃんと結婚しゅるー」
「詩織。詩織は俺の妹だから無理なの」
「じゃあ僕が詩織と結婚するよ」
「俺、ナツキは認めないよ!」
「えぇーじゃあ私結婚できないよぉ」
「じゃあこうしたらいいじゃん。詩織耳貸して」
「うんうん。そうするー! あのね、私と初めてちゅーした人と結婚する!」
私とお兄ちゃんとナツくんの会話を、春香と巧がじっと見てた。
そんな昔の事が瞬間的に思い出される。
それを思い出した瞬間、心臓がドンっと強い音を1つ立てて鳴る。
私が小さい頃から、巧の口癖を聞く度に思い出していた昔のマルゴでの約束。
痛いくらいの鼓動のせいか、何とも言えない感情のせいか、涙がぽろぽろと流れる。
「なんでしたの……」
ぽつりと呟いた私に、下を向いていた巧が私の顔をパッと見る。
その時に、音もたてずに涙を零している私を見て、ぎょっと目を見開く。
「あ……悪い。そんなつもりじゃなくて。……悪かった」
謝ってなんかいらないのに。
なんで謝るの。
まるで、間違いだったかのように。
どういう理由でしたのかとか全然分からないけど、死んでもいいくらい嬉しかったのに。
子供の頃から、巧にファーストキスをされたいってずっと思ってきたのに。
今日の動物園の事なんて吹き飛んでしまったくらいの衝撃的な幸せだったのに。
そんなつもりじゃないって何?
「巧。詩織に何したの」
エントランスから入ってきたらしいナツくんの声が強く響いて聞こえる。
それに2人してビクッと肩を震わせて、ナツくんをじっと見る。
「なんで詩織が泣いてんの」
その言葉と同時に、巧が私を掴んでいた腕をパッと離す。
「ああー……いや。俺が悪いことして泣かせちまった」
悪いこと?
巧にとっては、私へのキスは悪いことなの?
そりゃ、巧には好きな人がいるんだし、不本意のものだったのかもしれないけど。
巧は、私が巧を好きな事知らないから、キスをされた事で私が泣いてると思ってるんだ。
悪い意味で泣いてると思ってるんだ。
私のこの涙のわけをきっと、巧は気付かない。
ナツくんしか気付かない。
別にファーストキスがこんな不意なものでも全然構わなかったのに。
巧にされるのなら、何でも嬉しいと思ってたのに。
こんなにも後ろめたいと思われたら、喜べないんだと素直に心の中で思った。
「詩織に何したの」
ナツくんが怒ったような口調で近づいてくる。
「……キスした。で、泣かせちゃった」
ははっと乾いた笑いを作る巧は、本当に顔が引きつっていて……。
こんな顔をさせたいわけじゃないのに。
なんで泣いたんだと自分を責めてしまう。
それよりもなんで巧は私にキスをしたんだろう。
しかもこんなにいきなり。
ちゅーすんぞって脅しに私が応じなかったから?
それとも、いつも女の子にしているような軽いノリ?
女の子にしてるところなんて見たことないけど、きっと知らないところでは挨拶のようにしてるんだろうし。
ちゅーすんぞって口癖は、他でも言ってるんだろうから同じ流れでたくさんの女の子にしてきたのかもしれない。
でも、幼なじみだからって理由だからなのか、くっきりと私に線を引いていた巧がそんな風な理由でするのだろうか?
キスをノリでするなんて、巧には少し浅はかすぎる気もしないでもないけど。
本心はどうなのか分からないし、想像しているもので合っているのかあまりしっくりはこなかったけど、キスした理由なんて聞きたくないと思った。ちゅーすんぞって口癖は、他でも言ってるんだろうから同じ流れでたくさんの女の子にしてきたのかもしれない。
“悪いことした”って、“そんなつもりじゃなかった”って、言ったから。
理由を聞くのが怖い。
「そんな事していいと思ってんの」
ナツくんがいつもとは違う冷たい声のトーンで言いながら、巧の近くに寄ってくる。
「いや……。分かってる。しお、ごめんな。なしにするなんて無理かもしれないけど、なしにしてくれていいからな」
なしにする?
なしになんてできるわけないじゃん。
なしにしたくなんてないのに…。
「巧のばか! 大っきらい!!」
マルゴには行く気になれなくて、走って階段を駆け上がる。
3階に着いた途端、誰かにドスンとぶつかる。
「ごめんなさいっ」
泣いているから下を向いたまま、謝ってそこから逃げ去ろうとする。
すると、腕をバシッと掴まれて顔をのぞき込まれる。
「あっ……ナオさん」
ナオさんは私のママとパパたちの友達で、同じマンションの302に住んでる人。
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