ナツくんだけの集中

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°

君と行った場所は、

違う誰かと行ったって

1人で行ったって

きっと君を思い出す。

夏樹

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°


朝10時に迎えに来ると言ったナツくんは、本当にきっかり10時に家のインターフォンを鳴らした。

おめかしした私は、玄関の扉を開ける。


年中ほとんどワンピースしか着ない私は、お気に入りの白いミニのシフォンワンピに、ニーハイソックス、ヒールの高いピンクのパンプスを履いて、髪を高い位置でポニーテールにして、ピンクの水玉シュシュでしばる。

背が低いから、いつも高いヒールは必須だもんね。


「詩織今日もすごく可愛い」


ナツくんが扉を開けた私の腕を引いて、ナツくんの元に近づけられる。

そんな事を言うナツくんもどう見てもかっこいい。

パーマの当てられたふわふわの髪はワックスでかっこよく整えられている。

可愛い顔なのに、背の割と高いナツくんはスキニージーンズにかっこいい黒いベルト、スーツのようなおしゃれなグレーのジャケットに黒いトップス。


なんだか、テレビから出てきた人のように見える。

制服でもかっこいいけど、気合いを入れたナツくんは一段とかっこいい。


「行こっか詩織。おいで」

そう言って、手を引っ張って連れていかれる。

ナツくんの大きなバイクに乗せられて、動物園までの道を走る。

ナツくんは巧と違って、ちゃんと持っとけなんて強引に腰に手を回させたりなんてしない。

それがいいか悪いかは置いといても、こんな時にも巧を思い出して比較してるなんて最低だなぁ。


今日は、ナツくんだけを考えよう。

せっかくのナツくんとの初デートなんだし、ちょっとくらい楽しんだっていいよね。


新しくできた動物園は割と学校からそう遠くない位置にあって、土曜日のせいですごい人で賑わっていた。

なんかすごい可愛い子供のパンダがいるんだとかで、人が集まっているらしい。


「きゃーナツくん! 着いたよぉありがとう!」

「うん入ろっか」


スムーズに入場料を払ってくれたナツくんは私の手を引いて入口に入って行く。


「私払うよ?」

「いいよ、安いし。詩織はお金の事なんて気にしなくていいよ」


ナツくんににっこりと笑われるから、それにこくっと頷いて甘えてしまう。


「ナツくん! 何から回る?」

「詩織は何が見たいの? あっでも、時間的には全部見れると思うよ」

「ほんと!? じゃあぐるって回ろ! 全部見たいし」


ナツくんに手を握られて歩いて行く。

ナツくんは手を普通に握ってくるよなぁ~幼なじみだし、小さい頃からずっと握ってるから違和感なんてないんだけど。

それでも、幼なじみなのに手をつながない巧を思い出すと、あっちが不自然なのかな。


あっまた巧を思い出してた。

だめだ、だめだ。

今は、パンダのリンリンちゃんをたっぷり楽しむんだから。


「きゃー! キリンだよぉ! ナツくん写真撮った?」


ナツくんが持ってくれてる私のデジカメで、動物をパシャリと撮っていってくれている。

たまに私を入れて撮ってくれる。


「詩織が可愛く撮れてるよ」


そう言って、見せてくれる写真は、キリンを見ている私の後姿で。


「私とかいらないのにぃ。もうー」

「キリンと詩織だったら、どうしてもカメラが詩織を撮りたがるよ」

「えぇー。もうそれはナツくんでしょ!」


ふふっと笑いながら、ナツくんに言うとナツくんも太陽のように笑ってくれる。

ああ、なんか幸せだ。

今の春の季節のように、ぽかぽかと暖かい空気が確実にある。


周りでは、ナツくんを知ってる人も知らない人も、女の子がきゃーきゃーと指をさして見てくる。

男の子もこっちを見ていて、すごく注目を浴びている気がするけど、ナツくんはそんなの全く目にも入ってないかのようだ。


注目され慣れていると、こうも空気みたいに扱えるんだろうか。

銀竜の幹部の顔は街中が知ってるし、いつだって話題の的だから、芸能人のように見られる。

たまに本当に勘違いをしているのか、握手下さいとか、サイン下さいなんて近付いてくる子もいるけど、それに首を振るだけでかわすナツくんは本当に芸能人のようだ。


「詩織。ソフトクリーム売ってるけど食べる?」

「あっ食べたい」

「うんじゃあ買ってくる」


そう言って、ソフトクリームを買いに行ったナツくんは白いソフトクリームを1つだけ手に持って戻ってきた。


「ナツくんいらないの?」

「1つもいらないからちょっとだけ詩織のもらおと思って」

「そっか。そうしよっ」


ソフトクリーム片手に目の前の柵の動物を見る。

レッサーパンダが中にはいて、ソフトクリームを食べるのを忘れてじっと生態を観察してしまう。


「垂れてる」


そうぽつりと呟いて、私のソフトクリームを握っている手をぎゅっと掴んで、ナツくんの顔の方に少し近付けられる。

そして、ナツくんがかがんで、顔をぐっと私の顔の横に近づけて、垂れてる雫を下から上へとペロリと舐めた。

いきなりの行動に、つい横を見た私の視界いっぱいがナツくんだった。


ソフトクリームを握ったまま、何だかドキドキが止まらなかった。

馬鹿みたいにドキドキして、デートってこんな感じなのかと実感した。

親指で口元を拭ったナツくんは何もなかったかのように、私の反対側に回って、ソフトクリームの持っていない手を握ると、また歩き出した。


ソフトクリームを食べ終わる頃には、動物園を半周くらい回っていた。

地図ではパンダのマークが書かれているそこには、人だかりがあまりにもすごくて柵さえ見えない。

背が低いから余計に見えないのかもしれない。

その様子をじっと見ていたナツくんはパッと私の手を離して、私の後ろに回った。


いきなり、腰を両手で持って、ぐっと持ち上げられた。


「え? え? ナツくん!? 重いよぉー」

「重くないから。パンダ見えた? 今日はそれが見たかったんでしょ?」


私に見せてくれるためにしてくれてるんだ。

確かに人より群を抜いて背が高くなった私は、木に登っているパンダを見る事ができた。

葉っぱをもしゃもしゃ食べている小さめのパンダはほんとに可愛くて。


「きゃー! 可愛いよっナツくん! すっごく可愛い」

「そう? 良かった」


少ししてから下ろしてくれたナツくんに、くるりと振り向いてありがとうとお礼を言う。

すると、にっこり笑って手を引いてその人混みから連れ出してくれる。


「ナツくんパンダ見れなくて残念だったよね」

「いやいいよ。十分楽しいし。俺爬虫類館見たいんだけど行ってもいい?」

「えぇー気持ち悪いんじゃない? ちょっと見てみたい気もするけど」

「ねっ、そこにあるから見に行こ」


パンダのゾーンから進んだところにあった、屋内の施設に入りこむ。

蛇とか蛙とかがいるらしくて、ヒンヤリ暗いそこに手をつないだまま入る。


「ぎゃー……やっぱ気持ち悪いし怖い」

「怖い? 可愛いじゃん」

「可愛い~!? おかしいよぉ」


ぐるぐると太い蛇がとぐろを巻いて、土の上に横たわっている。

それをガラス越しにじっと見ても、可愛いなんて感情は湧き上がってきそうにはない。


「あっ、詩織の方が可愛いよ」

「蛇と比べられたくないし。ふふっナツくんひどーい」


それにあたふたするナツくんの手を引っ張って、次のガラス張りに移動する。

爬虫類館を後にして、1周をたっぷり時間をかけて回りきった後には写真は何十枚も撮られていた。


そのあと、晩御飯を食べに動物園を出て、近くのファミレスで食事をした。

そんな風に過ぎて行ったデートは、あまりにもデートで。

平和で幸せで、何か心が誤解をしてしまいそうなほどナツくんの居心地の良さを感じた。


いい思い出すぎるそれは、きっと明日も幸せにしてくれそうなほどで。

この楽しかった事を誰かに話したいほど、動物園デートは心に強く残った。

いつ思い出しても、口元がゆるゆると緩んでしまうほどの悲しい事の何1つない幸せなデートだった。


私は巧とはそんな風にいかない事を知ってる。

きっと、もし付き合ったってそんな風にいかない事が容易に想像できる。

女の子の目線が巧に向けられていると、むかついちゃうんだろうし。

巧に顔を近づけられたり、手を握られたり、持ち上げられたりするだけで、泣いてしまうんじゃないかと思った。


動物に集中することができなくて、巧ばっかり気になっちゃうんだろうと思う。

それがいい事なのか悪い事なのか分からなかったけど、きっとそれが好きって事なんだろうと思ってしまった。

それでも、そんな事を頭の隅に追いやって、今日の楽しかった出来事ばかり考えていた。


「ナツくんすっごく楽しかったね! ありがとう」


バイクの後ろにまたがって、帰ってきたマンションの駐輪場でヘルメットを外しながら言う。


「俺も楽しかったよ」


ヘルメットを受け取ってくれるナツくんを、準備ができるのをその場で待つ。


「あっ詩織。俺コンビニで食べ物買ってくるから、先マルゴ行っててくれる?」

「え? 私も一緒に行くよ」

「いやいいよ。もう9時だし、涼が心配してるだろうから先に顔見せてきて」

「あっそうだね。じゃあ先行ってるね」


ナツくんに手を振って、エントランスをくぐってマンションの中に入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る