柾木夏樹と初デート
♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°
俺は
君のことを
好きでいてもいいんだろうか。
巧
♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°
「あの……詩織っ……さっきは本当にごめんね。本心じゃないから、ね」
春香が膝の上で握りこぶしを作って、必死に謝ってくれる。
そんなに謝らなくてもいいのに。
無神経で、知らない間に春香を傷つけていた私はもっと最低なのに。
「私の方こそ、春香が傷付いてるなんて知らなくて、お兄ちゃんに甘えてばっかでごめんなさい!」
春香にぺこりと頭を下げて謝る。
2人とも頭を下げていて、この2人だけの部屋で異様な光景に感じてしまう。
「いいんだよ詩織は。それが詩織のいいところで可愛いところなんだから。それが無くなっちゃったらショックだし。涼ちんがああ言ってくれただけで10年は幸せだから」
春香が私の頭を撫でて、優しく囁くように言ってくれる。
でも、その春香は本当に幸せそうで。
口数の少ないお兄ちゃんと付き合ってたら大変だろうけど、それでもやっぱりどうしても春香はお兄ちゃんが好きみたいだ。
「お兄ちゃんと結婚してくれたら、春香が私のお姉ちゃんになるね」
「詩織は私の妹みたいなものだからなぁ。私も詩織と家族になれたら嬉しいよ」
春香と2人でふふっと笑い合う。
やっぱり私たちは幼なじみで、それ以上に小さい頃から姉妹のようで、そんな簡単に潰れるような絆ではない。
いつだって、春香に助けてもらってる私だけど、いつだって私たちは一緒に楽しい事も苦しい事も過ごしてきた仲だから。
「春香が大好きだよー」
「ありがとう、詩織。でも、それは巧に言っちゃいなよ」
春香が肘でからかうようにぐいぐいと押してくる。
「それは無理だよ~春香~……そんなに簡単に言えてたらこんな好きじゃないよぉ」
「まぁそうだろうけどさぁ。そろそろ私の方が焦れてきちゃったよ」
「分かってるんだけど。明らかに望みないのに告白して、玉砕して、今までのような関係がぎくしゃくしてしまうのも嫌なんだもん」
だって。
みんなそんなに好きなら言っちゃえばいいじゃんって言うのかもしれない。
何年もこっそり想ってるくらいなら、1回くらい言えばいいのにって。
でも。
それがどうしてもできないんだからどうしようもない。
幼なじみという関係にたまに文句を付けてみたりするけど、巧には普通に生きてたら相手にもされない人だから、幼なじみという位置でも本当はしがみついてでも離したくないんだ。
恋人になれるか、仲のいい幼なじみという位置のはく奪か、を考えると、そんなに危ない橋は渡れない。
きっと、高校で仲良くなったクラスメートを好きになったなら、告白してるのかもしれない。
でも、産まれた時から15年間ずっと幼なじみなんだよ。
今更気まずくなった、だけじゃ済まされない。
きっと家族を無くしたような気分になってしまう。
「ねぇー春香。巧さぁ、叶わない恋をしてるらしいんだけど誰が好きなのかな。私たちも知らない人なのかなぁ」
「え? 巧が叶わない恋してるって!?」
春香が食べていたポッキーをボキッと折って、ビックリしたように話す。
私の目を、大きく目を見開いてじっと見ている。
「巧が言ってたの。誰? って聞いたら、内緒だって」
私が落ち込んだように言うと、春香が口をつむって、眉を下げて、私を見た。
「うーん内緒って事は詩織の知ってる人なんじゃない? だって、知らない人なら誰か教えたっていいじゃない」
それもそうか。
私が知らない人なら、恋をしてるって明かした時点で名前くらい言ってもいいよね。
内緒って事は、私の知ってる人?
誰なんだろう。
「誰なんだろ……。うらやましいなぁ」
「そうだねぇ。巧が叶わない恋なんて似合わなすぎて気になるし。でも、巧って詩織が自分の事好きなの気付いてないんだから、勝手に叶わないと思ってる事もありえるんじゃない?」
うーん。
「でも、それって叶わないとは言わなくない? 私の気持ち知らないんだし、叶わないって決めつけるのはおかしい気がするんだけどなぁ」
「まぁ……ね。巧の事だから考えても分からないんだろうけど。あんまり落ち込まないでいいよ。私は教室に巧が来て、芳川たちに怒鳴ってた時巧の詩織への愛を感じたけどなぁ」
「そうかなぁ。その愛の意味が恋愛とは限らないけどね」
「うーんまぁ兄妹愛とか家族愛みたいなものかもしれないけど、そこは巧に聞かない限り一生分からないかもね」
「うん……だね」
巧はいつだって、はぐらかすのが上手で。
本音は私だって、春香だって、きっと誰も知らないんだと思う。
でも、誰もが知りたいんだ。
この街中の視線を集めてる綺麗な男の心の内を。
私はそんな男が想い続ける人が知りたい。
そのあと、春香と2人でママのご飯を食べに戻って、9時にまたマルゴに戻ってきたら、銀竜幹部2人組が戻ってきていた。
「お帰り、詩織」
ナツくんが私を玄関まで迎えてくれる。
「うんっママのご飯食べてきたよ。ナツくんは食べた?」
「食べたよ。銀竜でピザとった」
「そっか。今日は何して遊ぶー?」
いつも9時から2時間ほどみんなで遊ぶ時間。
だけど、今日は巧がいない。
巧は来ない日も多いけど、だいたい週に3,4回は来てくれる。
今日はあんな帰り方をしたし、帰ってこないだろうなぁとは思ってたけど。
「春香。ちょっと散歩しに行こうぜ」
「行きたいっ。バイクでドライブしたい」
「じゃあいつものとこ行くか」
お兄ちゃんと春香が仲良く会話をしている。
こうやって、2人はたまに出かけてしまう。
“いつものとこ”がどこかは知らないし、お兄ちゃんとドライブなんて行った事のない私は、やっぱりどうしてもみんなの兄妹愛疑惑はおかしい気がしてならない。
お兄ちゃんはこんなにも春香だけにべったりなのに。
「詩織。じゃあ行ってくるから、ナツといい子にしてろよ。俺らが遅かったら、ナツに部屋まで送ってもらえな」
「分かった。行ってらっしゃい。気をつけてね」
お兄ちゃんは私の頭をポンと撫でて、春香と一緒に行ってしまった。
ナツくんと2人になる事はかなり多いし、ナツくんとは気も合うし、落ち着くし、結構この時間は嫌いじゃない。
「詩織ー。何してあそぼっか」
「ナツくんは何したい?」
「詩織とお話したい」
「ん? じゃあお話しよ」
ナツくんって喋り方がおっとりしてて、可愛い言葉ばかり話す。
見た目も可愛いんだけど、かっこいいし銀竜幹部だし、色んなギャップがありすぎる気がするけど、それは突っ込まないでおこう。
「とりあえず今日の涼と春香の事はびっくりしたなぁ」
「あぁーうんすっごく。みんなが、お兄ちゃんが私を好きだなんて思ってた事にびっくりしたけどねぇ」
ナツくんはテーブルの上で手を組んでいて、その上に顔を乗せている。
私の顔よりも下の位置にある顔から、見上げるように顔をじっと見られている。
毎日見ているけど、あまりにもナツくんはじっと見ながらいつも喋るから少し緊張してしまう。
「いや3人とも思ってたよ。涼が隠してると思って誰も口には出さなかったけど。巧も相当びっくりしたんじゃない? それで帰ったのかどうかは知らないけど」
「巧はそれを知ってびっくりしたから帰ったのかなぁ。なんかみんなこっそりそんな事思ってたなんて」
「うん俺はそれでずっと涼に遠慮してたところあったし」
「遠慮?」
ナツくんがずっと見上げたまま私を見るから、何だか自分の目線をどこに寄せていいのか分からなくてきょろきょろと目を泳がせてしまう。
たまにチラッとナツくんを見るけど、いつだってナツくんはじっと焼くように私を見ている。
「詩織を好きでいる事の遠慮。アタックする事への遠慮」
単語をつらつらと並べたナツくんは、それっきり黙ってしまった。
それは私の返事を待っているということなのか、何か決意のようにも聞こえるようなそれに、私は何も口に出せなかった。
思ったよりもナツくんの声が低くて、ただ、心臓だけがバクバクと音を立てていた。
「そう……なんだ」
ナツくんがどうにかしてくれるかなと思って甘えて黙っていた空気は、そうする事は許してくれなくて、結局沈黙に耐えかねて言葉を無理やり零す。
「知ってると思うけど、詩織が好きだよ、俺」
「うん……」
ナツくんがずっと見上げるように見ながら、言うから。
それに圧倒されて返事をする事しかできない私は、体をぶるっと震わせた。
それは何の震えなのか分からなかったけど、恐怖の震えなんかとは程遠いものだった。
「ナツくん。でも、私はずっと巧が……」
「知ってるよ。知ってる」
それ以上言うなと言うように、言葉を切って話された言葉にもう黙ることしかできなかった。
口を開くと、謝罪の言葉みたいなものが出てきそうで、それはあまりにも失礼な気がしたから。
「ごめんね。そんな空気にするつもりはなくて、詩織と楽しくお喋りしようと思ってたんだけど、どうしても言いたくなって。ああー俺何でこんなに詩織だけをずっと好きなんだろな」
「うん」
ナツくんが努めて明るく喋ってくれているのに、私の心は重くて、一緒に明るくなる事ができない。
ナツくんを好きになれたらいいのにってそんな事ばかり考えている自分を止めるように。
「俺の父さんはずっと詩織のママの事が好きだったみたいだし、その叶わない想いが遺伝子に組み込まれてたのかも」
そう言えば、そんな事をヨースケパパから聞いた事がある。
今でもちょびっとだけ好きだよって笑いながら言ってくれたヨースケパパの顔は少し切なそうで、複雑なママたちの関係を知った。
ナツくんはくすくす笑ってるけど、どうなんだろう。
パパがママ以外の人をおかしいくらいに好きだったなんて。
私だったら辛いなぁ。
でも、春香の“香”という文字に、ヨースケパパのママに対する想いを感じてしまうのはあまりにも考えすぎだろうか。
「でも、俺は遺伝子なんかなくてもきっと詩織を好きになったよ。こんな可愛い詩織を好きにならないわけない」
ナツくんが私を微笑ましげに見つめて、恥ずかしげもなく告白してくれる。
「……ありがとうナツくん」
「ん」
こんな頑固な私を好きでいてくれるなんて、さすがヨースケパパの子供だなぁと感じずにいられない。
「詩織。明日デート行かない? 学校休みだし」
「デート? それって2人でってこと?」
デートって。
そう考えればナツくんと2人で休日にどこか出かけたことなんてないかも。
それがお兄ちゃんに遠慮していたと言っていた事につながっているのかもしれない。
ナツくんと2人で出かける事に抵抗はないけど、デートという言葉に馴染みがなくて、照れくさくなってしまう。
「うん。それくらいいいでしょ。最近できた動物園でも行こうよ」
最近できた動物園はすごく行きたかった場所だけど、ナツくんとデート?
でも、断るのもおかしい気もするし、重く考えすぎなのかもしれない。
「詩織だめー?」
ナツくんが覗き込むように、頬を膨らませてじっと見てくる。
「そうだねっ。明日行こ。連れてってね」
ナツくんに笑って言うと、腕から顔を上げて私の頭をよしよしと撫でた。
「嬉しい。明日が楽しみで眠れないかもしれない」
そんな女の子みたいな事を、整った顔で私の頭を撫でながら言うナツくんに口角がゆるゆると上がる。
こんな幸せな事を言ってもらえる女の子は私くらいだ。
好きになればいいのに。
私のばか。
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