涼が語る詩織と春香

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°

君の視線の先は

いつだってあの子で

私はそれをずっと見てきたんだ。

春香

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°


「春香。何度も言ってるだろ、しつこい。妹だって言ってんだろうが。お前の言いたい事今全部言ってみろ」


お兄ちゃんがぼろぼろと泣いている春香の頭を何度も撫でながら、話しかけている。


「毎日毎日詩織詩織って! 私が何か喋ったら、詩織はどうなんだ? って! 私の話なんてどうでもいいみたい!」

「……それで」

「私と詩織が一緒にいたらいつも詩織が先だし。教室で迎えに来ても、真っ先に詩織の机まで行くし」

「それで?」

「それでってそれで十分じゃない! 十分、私より詩織を優先してる事が分かる! それも毎日思い知らされるの! 何年間も耐えてきたけど、もう限界……」

「…………」

「そりゃ詩織はとびきり可愛いし、妹でも好きになっちゃうのは分かるよ。性格も私より可愛いし、何においても私は詩織に勝てない。でも、……涼ちんだけは……詩織を好きにならないで欲しかった……。その少しの可能性をずっと期待して涼ちんについてきたの……。でも、もう……」


春香の声のトーンが小さくなって、しまいにはもう喋らなくなってしまった。

ただ、泣くだけの春香をお兄ちゃんは黙って撫で続けている。


春香がそんな事を思ってたなんて……。

私のせいだ。


お兄ちゃんは生まれた時から私を守ってくれて、何があっても私の味方だから、当たり前のように思っていたけど、春香にはそうじゃないよね。

彼氏のお兄ちゃんが私ばっかりだったら、そりゃ嫌だもんね。


ごめんね、春香。


「詩織と幼なじみなんかじゃなかったらよかった!」

「「春香!!」」


春香が怒鳴るように叫んだ瞬間、お兄ちゃんとナツくんがすぐにマルゴ中に響く大声を出した。


え?


「…………あっ。あ………詩織…ごめん。ごめん。今の嘘」

「……うん。大丈夫」


春香が涙をボロボロ流して、私に謝ってくるから。

そんなに泣いている春香初めて見たから。

私の事で悩んでるなんて知らなかったから。


「私こそごめんなさい……。春香がそんなに悩んでるなんて知らなくて……えと……」

「詩織、お前は悪くねぇ。ちょっと黙っとけ」


お兄ちゃんが謝る私を止める。


「うん……」


その様子にも春香は下くちびるを噛みしめて泣いていて、なんだかもう、何をしてもどうしようもない気がしてきた。

お兄ちゃんに任せてて大丈夫なんだろうか。


「春香。よく聞け」


お兄ちゃんが春香の頭を撫でるのをやめて、春香の目だけをじっと見つめる。


「お前、さっきのは本心じゃねぇな?」

「……うんっ……ごめんなさいぃ」

「ならいい」


お兄ちゃんが柔らかい表情になる。


「春香悪かったな。お前がそんな風に深刻に思ってるなんて気付いてやれなくて。全部説明してやるからちゃんと聞いとけよ」


春香が少し顔を上げて、お兄ちゃんの顔をじっと見る。


「俺は詩織の事は大事だ。好きかって聞かれればそりゃ好きだ」


それを聞いて、春香がまたさらに涙をぽろぽろと大粒で零す。

お兄ちゃん……どういうつもりなの?


「かけがえのない妹だ。詩織以上に守ってやりたいもんはねぇ」


かけがえのない妹。

それがお兄ちゃんの答えだ、きっと。


「俺は小さい頃から両親に、詩織はお前が守ってやれってしつけられて育ったから癖みたいなもんだ。それに、お前より詩織はどんくせぇし、馬鹿だし、目が離せねぇんだ」


何気に私の悪口言われてる気がするけど、それはまぁ、置いておこう。

確かに、パパもママも娘の私にずっとついてやる事ができないからって、お兄ちゃんに私を頼むって常に言ってたところあったからなぁ。

お兄ちゃんが何においても私を大切にしなきゃいけないって事が癖づいてるのかもしれない。


「詩織を優先して悪い。ただ、詩織を守ってやらなきゃっていう癖がついてるだけだ」


お兄ちゃんは言いきって、そこで言葉を切った。

春香は涙を止めて、話を聞いていたけど、まだ釈然としないような顔をしている。


「違うよ、涼ちん。涼ちん気付いてないだけで、本当は詩織が好きなんだよ。私分かるもん」


春香……。

そんなに思ってたなんて……。


「春香」

「なに?」

「俺の気持ちくらい俺が決める。そんなにお前が言うなら、恥ずかしいくらい聞かせてやる」

「……え?」


お兄ちゃん?

何を言うつもりなの?


「昨日詩織があんな目に合って、俺はお前をほったらかして学校や街中を探し回ってた。詩織が危ない目に合うと、いてもたってもいられねぇんだ」

「……そんな事知ってるよ」

「ちゃんと最後まで聞け。もし、お前が危ない目に合ったら、俺は呆然としちまって動けねぇ。泣くかもしんねぇ。考えるだけでもゾッとする」

「涼ちん……」

「お前は詩織に勝てるところがねぇって言うけど、それは違う。こんな事言ったら馬鹿にされるかもしんねぇけど、俺はお前のこと誰よりも可愛いと思ってる」

「……え」

「それぐらいお前が好きだ。お前のしっかりしてるところも、俺だけに可愛い部分を見せてくれるところも」

「涼ちん……もういい」

「俺は詩織を守ってやりたいと思ってるけど、お前とは対等な関係でずっと生きていきたいと思ってる」

「涼ちん……」

「お前が何を言おうと、俺はお前を手放すつもりなんて一生ねぇ。お前が好きだ、春香」


お兄ちゃん……。


良かった。

良かった。

お兄ちゃん、すっごくかっこいいよ。

何だか胸が熱くなって、ナツくんの手をぎゅっと握ってしまう。


「涼ちん……。恥ずかしいよ……ほんと」


春香がくすくす笑いながら、涙を流している。

すごく幸せそうな涙。


「あぁ? お前がしつこく疑ってるからだろうが。ああーくそ。なんで詩織とナツの前で」

「だってー。ごめんなさいー」

「いや、俺も無神経で悪かったな。当たり前と思ってやってきた事がお前を傷つけてたんだな」

「ううんもういいの」

「でも、詩織はまだ目が離さねぇ。なるべくお前を優先するけど、やっぱり俺は兄貴だから詩織の事が気になっちまうんだ。それは許してくれな」

「……それももういいの。涼ちんの気持ちが分かっただけで十分」


きっと、お兄ちゃんは照れ屋なところとかあるし、今までちゃんと自分の気持ちを春香に伝えてこなかったのかもしれない。

だから、春香を不安にさせていたんだ。

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