恋する矢印一方通行

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°

叶わない恋って、

どこか綺麗で、

自分をどこまでも孤独にさせる。

辛い。

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°


今日も疲れたなぁ。

髪の毛を抜かれた頭をさすりながら、学校の帰りに春香とお兄ちゃんとマルゴに向かった。

ナツくんは銀竜に顔を出すらしい。

マルゴを開けると、テレビの音が鳴り響いていて、ソファを見ると、巧が横になって眠っていた。


「うわっ、巧いるし」


お兄ちゃんがビックリしたように言うと、春香も同じようにソファを覗き込む。


「ぐっすり寝てるね。あっそうだ涼ちん。駅に自転車置いてるから、一緒に取りに行ってくれない?」

「駅に? じゃあ歩いて行くか。詩織1人で待ってれるか? まぁ巧いるけど」

「大丈夫だよ。ここにいるね」


お兄ちゃんと春香に手を振ると、2人はドアを閉めて鍵をかけて行ってしまった。

巧は長ソファに横たわって、腕の上に顔を乗せて眠っている。


上からは横顔だけが見えて、高い鼻がよく目立つ。

キャラメル色の綺麗な髪を、そっと撫でる。

サラサラで指を通したくなるような髪を撫でると、手をがしっと掴まれた。


「あっ、しお」


顔の下に置いていたはずの手で私の手を掴んだまま、離してくれない。

起き上がる気配もない巧は、頭に置いたままの私の手を握りながら、体を仰向けにして、こっちを見た。


「おはよう。しお」

「おはよう。ここで寝てたの?」

「いや寝るつもりはなかったんだけど、みんなを待っているうちにいつの間にか」

「そっか……今日はずっといるの?」

「うんいるよ……ってお前どうした?」


まったり寝ころびながら、私の腕をさすっていた巧が、いきなり起き上がったせいでビクッとなった。


「え? なにが?」

「何がって、元気ない。ちょっとやつれてる? 目の下にうっすらクマできてるし」


そう言って、目のふちを親指でなぞってくる巧の指は想像以上に冷たい。

この目の前の、中世的に見える綺麗な顔に、手を伸ばしたいと思ってしまう。

胸が痛い。

体全部が巧を求めていて、胸が焼けるように痛い。

巧への恋心を忘れようと、必死な私をあざ笑うかのように、巧は私の領域に土足で踏み込んでくる。

いつだって、忘れさせてなんかくれない。


「何もないよ。巧の考えすぎだよ」

「そうか? もし嘘ついてたらちゅーすんぞー」


へらって笑いながら、そんな甘いセリフを吐く巧は、もう犯罪じゃないだろうか。

巧のいつもの口癖は、巧的には脅し文句らしい。

脅す時にしか使わないそれは、私にとっちゃ全然脅しになってない。


「……いいよって言ったらどうするの?」


巧が腕をさするのをピタッと止めて、私の顔を見上げるように見る。

その時の私の顔はきっと、すごく真剣で、泣きそうな顔をしていたに違いない。


「何言ってんだよ。冗談だよ。しおにそんな事できるわけないだろ?」


説得するように言う巧は、自分の事にはどうしようもなく鈍い。

私が好きなことに、このまま一生気付かないのかもしれない。


でも、巧のない生活がどうしようもなく怖いから、関係を崩すことができない。


「巧」

「なに? しお」

「……何でもない。呼んでみただけ」

「なんだよそれ」


軽く、けらけらと声を出して笑う巧を、見つめる。

巧って名前が好きだ。

意味もなく呼んでしまいたくなるほど、巧の名前が愛しい。


「巧」

「んー?」

「チョコ一緒に食べる?」

「うん食べる」


ソファの横を開けて、ぽんぽんと叩いてくれるそこに、腰を下ろす。


「ねぇー巧にとって私は幼なじみ?」


聞いてみたくなった。

クラスメートから言われた幼なじみってうるさいんだよ! の一言。

確かに、幼なじみって何だろう。

ただ、家が近いだけの関係?

私たちってやっぱりずっとそういうくくりなのかな?


「しおは、幼なじみだけど、妹であって、大事な存在だよ」


妹。

それは一番恋から遠い存在のもの。

愛してくれても、恋してくれる事はない存在。


「……そっかぁ。私も巧の事お兄ちゃんみたいに思ってるよ」


強がり。

強がりだけど、こうしないと巧が困っちゃうから。


「しおと春香は、俺ずっと可愛がってきたからな。まぁ、他の女の子たちとは違うよ」


一番聞きたくない言葉だった。

他の女の子たちがどれほどうらやましいだろう。

きっと、そんな事を言ったら、他の女の子たちに怒られるかもしれないけど。

ただの女の子になりたいと思った。

でも、そうしたら、こうやって巧とお話しする事もないのかもしれないと思うと、結局どんな存在でも報われない事に気付いた。


「巧は、好きな人いないの?」

「うーんいるよ。でも、その恋は一生実んないから、一生お預け」


何それ。

初めて巧に好きな人がいるか聞いたんだから、初めて聞いた事に決まってるんだけど。

巧に好きな人がいるの?

しかも、一生実んないってなんで?

誰?


「それは……誰なの?」


上ずった声を抑えながら、巧をじっと見つめる。

巧はそんな私をチラッと見て、困ったように笑った。


「内緒。しおには言えないよ」


悲しくて、泣きそうになった。

このまま、大泣きして、部屋を飛び出してしまいそうになった。

でも、そんな事をすると、巧が困るだろうから、できるはずがない。


「巧は叶わない恋をしてるんだね」

「そうかもね。この気持ちは、きっと一生伝える事はないよ」


巧も一生叶わない恋をしてるんだ。

だとしたら、私も一生叶わないね。


「辛くないの?」

「辛くないよ。しおはそばにいるし」


きっと嘘。

叶わない恋が辛くないわけない。

言葉を発した後、巧はこっちを窺うように見て、ぎゅっと肩を抱き寄せられる。

その拍子で、巧の肩にもたれる感じになる私の頭をよしよしと撫でる。


巧がそう思うなら、それでいい。

私が一生そばにいてあげるから、私でいっぱい心を休めるといいよ。

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