巧と食べたいチョコ

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°

君との関係はあまりに脆くて

それでも、

このポジションを守りたくて、

必死なんだ。

詩織

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°


それから、巧が学校にまた来ない日が始まって、マルゴにはたまに顔を出してくれるけど、学校はすでに巧のいない場所になってきていた。

巧が学校に来た日から、2週間が経ったある日に、学校がひどくざわついた。


「今日川崎さん来てるんだって!」

「え? 川崎さんって巧さん!?」

「まじでー! やばっ教室まで見に行こうよ」


巧が学校に来ると、聞かなくても分かる。

どこからか情報がもれて、伝染するように広がって行く。


「……巧来てるんだ」


ぼそっと、窓際で呟くように言う私に誰も気付かない。


巧が来たんだ。

マルゴで会う巧とは違って、学校の巧は遠い存在に感じて仕方ない。

お兄ちゃんやナツくんと違って、巧は学園のアイドルで、女の子からの声を拒まないから、今はもう不動の人気だ。


会いたいな。

大きめの白いカッターシャツを第一ボタンだけ外した巧は、黒いズボンにシャツを入れて、少し腰パン気味に履いているんだけど、背が高いせいでそれだけで様になる。

なぜかネクタイは赤色のネクタイをつけている。

うちの学校は女子が赤で、男子が濃紺のネクタイ。

カップルは、交換してつけたりもしているけど、巧に彼女なんていない。


一度聞いた時は、赤の方が可愛いからもらったって言ってた。

多分それは本当なんだろう。


光を放つようなオーラで、色んな人に愛想を振りまく巧。

そんなカリスマ的存在を、小さい頃から見続けている私は、もう巧以外目を向けられなくなっていた。


「巧さんがさっき1年の廊下歩いてた! こっち向かってきてるよ!」


走って教室に入ってきた女の子は、息を切らしながら周りの女子に話している。

巧なんで1年の教室に来てるんだろう。

開けられた教室のドアから、綺麗な顔がひょこっと覗く。


「巧……」


ぼそっと口から出た言葉は、自分にしか聞こえないような小さな声だった。


「しお」


私の名前をこうやって呼ぶのは、巧だけ。

巧に、しおって呼ばれるのが大好き。


「どうしたの?」



平然を装って笑って言う私に、机の前まで来た巧はにこっと笑って見せた。


「これあげる」


そう言って、どこかの紙袋を私に手渡した巧。

紙袋を上からチラッと眺めると、中に外国のチョコレートがたくさん入っていた。


「これどうしたの? 外国のっぽいけど」

「なんか組の人らが海外に旅行に行ってたみたいで、お土産でいっぱいもらったんだけど、俺食べないしさ。しおチョコ好きだから、喜ぶかなって思って」


嬉しい。

チョコと言って、私を連想してくれるのがすごく嬉しい。


「でも、マルゴで渡せばよくない? 夜にまた会うのに」

「しおに会いたくて、我慢できなかっただけだよ」


昨日の夜に会ったばっかなのに。

この言葉は、いつものお得意のジョークだと分かるけど、でもやっぱり来てくれたのは事実だから。


「ありがとう巧。すっごく嬉しい」


素直に笑って、言うことができる。


「やっぱしおは可愛いな。どの女の子よりも可愛いよ」


可愛い、可愛いって、何度も年上の3人から言われ続けてきた。

でも、可愛いなんていらないよ。

そんな子供扱いの言葉いらない。


だから、好きって一言が、死ぬほど欲しい。

だけどそんなこと言えるはずも無く、にっこり笑うにとどめた。


「今日は21時にマルゴに行けるから、待っててな。俺置いて帰るなよ」


頭をぽんっと撫でてくれると、すいすいと人を交わして、教室の入り口まで歩いて行ってしまった。

入口で春香と会った巧は、春香の頭もぽんっと撫でて、にっこり笑いながら一言二言交わすと、とうとう見えなくなってしまった。


一回目、巧が教室に来た時は、“お兄ちゃんの友達だもんね。幼なじみだしね”と、私と巧の関係を片づけていたクラスメートたちも、さすがに親密度イラッと来たのかもしれない。


巧のファンだと思われる何人かが射るように、こっちを睨んでいた。

これは本格的にいじめられちゃうかも。

とっさにそう思うくらい、慣れていたことだった。


巧たち3人には言ったことがないけど、春香と2人、私たちはよく嫌がらせに合っていた。

でも、春香はあの強い性格だし、すぐに言い返すから、ほとんど標的は私になる。


ただ、中学の時は、小学校から持ち上がりの友達がほとんどだったし、私たちの兄弟のような関係性も知っているから、そんな大きな事にはならなかったけど。

高校は知らない人ばっかりだし、私たちの幼なじみ事情を理解できない人もたくさんいるに違いない。

確かに、普通の幼なじみよりは断然仲がいいと思うし、私が巧を好きなことくらい気付かれているのかもしれない。


案の定、次の休み時間にクラスメートの女の子数人に呼ばれた。

ここ源学園は、あんまり頭が良くないし、銀竜連合のメンバーもたくさん在学しているとこから、女の子も不良が多い。


スカートがすっごく短い女の子4人に呼び出されて、女子トイレまで来た。

あんまり使われていない西校舎のトイレ。


「何あんた。巧さんの何なの」


詰め寄られた台詞になんとか言葉を返す。


「同じマンションの幼なじみなだけだよ」

「特別扱いされて調子に乗んないでくれる!?巧さんは誰にでも優しいんだから、いい気になんないでくれるかなぁ」


誰がいついい気になっただろうか。

本当に嫌になる。

ただの幼なじみです。って説明する事自体、苦痛でしかないのに。


「いい気になんかなってないよ。ただの幼なじみなんだから」

「幼なじみ幼なじみうるさいんだよ! 自慢してるようにしか思えねぇし。ちょっと可愛いからって調子に乗んじゃねーよ」


肩をバンっと押されて、トイレから女の子たちは去った。

春香みたいに社交的だったら、もっと違うようになったのかもしれない。

でも、私は人見知りで自分から話しかける事なんてできないから、ああやっていつも敵を作ってしまう。

近寄りがたく思われてしまう。


教室に戻ると、色んな人がひそひそ私を見て話していた。

誰かがどこかで、くすくす笑うだけでも、自分の事を言われてるんじゃないかって卑屈になってしまう。

中学の時よりも、ひどいことをされるかもしれない。


中学の時は、誰かが好きなのに目の前で楽しそうに喋ってたって理由で、靴を隠されたり、仲間はずれにされたり、口を何日も聞いてくれなかったりした。

でも、そんな時はいつも春香が助けてくれた。


女の子たちを説得してくれたし、1人の時にずっとそばにいてくれた。

でも、春香にもあんまり迷惑はかけられない。

とりあえず、今は何も言わないで黙っていよう。


でも、その日から、ひどいいじめが始まった。

クラスの女子たちは大半が口も聞いてくれないし、隣を通るたびに、机をガンっと蹴られた。

トイレに入っていると、ドアをバンバン蹴られて、授業が始まらないとトイレから出る事はできない。


春香はよくお兄ちゃんと2人でどこかに消えるから、ずっと一緒にいるわけじゃない。

友達の多い春香は他のクラスの女の子のところに遊びに行く事もよくあるし、それ以外はクラスの他の女の子と話している私も、今はほとんどの女の子が口をきいてくれなかった。


正直泣きたい気持ちに何度もなったけど、忍耐力だけは人よりも優れていると思う。

まだいける。まだいけるって、何度も言い聞かせながら、何日も過ぎた。

今日は体育のバスケの時に、すれ違いざまに髪を引っ張られて、何本も毛が抜けた。

教科書は教室のゴミ箱に堂々と捨てられていて、それを拾っている自分を写真で撮られた。


こんな痛みや辛さを抱えていても、それでも巧と離れたくないと思う私は重症かもしれない。


「ねぇ、詩織。もしかして、またいじめられてる?」


クラスの女子たちは、春香には気付かれないように、私をいじめている。

春香にバレるとまずいってのは、分かっているんだろう。


「えぇーなんで?」

「いや、なんか詩織の様子おかしいから。最近ちょっと暗いし」

「そうかな? 巧が学校に来ないからだよ。何でもないよ」

「そう? 何かあったらすぐに言いなよ」


春香は優しいけど、なんだか言いにくかった。

巧と仲がいいせいでいじめられているって言うと、絶対に巧の事好きになるからそんな事になるんだよって言われるに決まってるから。


巧を好きになるなとみんなから反対され続けている私は、その言葉を聞くのが何よりも苦痛で仕方がなかった。

それよりも、いじめの方が耐えられるなんてどうかしてるけど。

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