マルゴでハプニング

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°

さっき言われた言葉が頭から離れない。

涙が出るほど、嬉しい言葉だった。

君の言葉が、形になって残ればいいのに。

そしたら、一生大事にケースに飾っておくのに。

詩織

♡- - - - - - - - - - -ഒ˖°


放課後になってすぐ、お兄ちゃんとナツくんが迎えにきた。

お兄ちゃんがドアをがらっと開けた途端、女の子の歓声が聞こえる。


「きゃー涼さん!」

「ナツさんっ今日も可愛いです!!!」

「間近で見たらやばすぎる!! 何あれ!」

「もうあのかっこよさは人間じゃないよ!!」


どこか失礼な発言も飛び出しているけど、それでも人気っぷりはもうそこらのアイドル以上。


みんな触るだけでもと思い、芸能人が花道を通る時のように、手を伸ばして、体に触れてきゃーきゃーと歓声を上げている。


「詩織。帰るぞ」


お兄ちゃんの低い声が鳴り響く。

銀竜の7代目総長だったお父さんに、声も喋り方も似ているお兄ちゃん。

いつの時代もクールな人はモテるのかもしれない。


「片付け早く終わらせて、荷物持ってやるから早く来い。周りうるせぇから」


机の前まで来て、私の鞄を持ってくれたお兄ちゃんはさっさと教室から出て行ってしまう。

すでに春香も廊下に出ているみたいで、ナツくんといつもの言い合いを始めていた。


「だから、アイスはチョコだって! しかもチョコチップ入りじゃないと嫌だから!」

「イチゴの方がいい。それかバニラ」

「はぁ!? ナツ兄これだからやだ! 男のくせにイチゴとか言わないでよ!」

「詩織はイチゴ好きな男もいいって言ってくれるもん」

「詩織詩織ってナツ兄それしかなさすぎ! ばーか!」


あーあ。

これはもう言い合いってより、喧嘩?

助けてほしくて、お兄ちゃんをチラッと見ると、2人に近づいて一歩踏み出した。


「詩織がビビってるからやめろ」


お兄ちゃんが一言そう言うと、スタスタ先に歩いてしまう。

その姿を見て、下唇を噛みしめた春香が、お兄ちゃんを追って小走りで行ってしまった。


「詩織ごめんね。困らせちゃって。いつもの言い合いだから」

「私は大丈夫だよ。帰ろっか。帰りにコンビニ寄ってもいい?」

「いいよ。チョコ買うんだろ?」

「うん中が苺のやつね」


ナツくんと話しながら帰る。

ナツくんは、穏やかで優しくて、喋りやすい。

春香はそんなナツくんにいつもイラついて仕方ないみたいだけど、私は癒してくれるから好きだなぁ。


隣にいるだけで、緊張しなくて喋れるし、マイナスイオンが出ているんじゃないかって思うくらい、癒される。


「あっ、あの!!」


女の子の緊張したような声が聞こえたと思って、ナツくんと同時に振り返る。


「あの、ナツさんは川崎さんと付き合ってるんですか?」


川崎さんとは私のこと。

ナツくんのファンだろうなぁ。


「いや、付き合ってないけど、俺は詩織が好きだよ」


他の子に言ってるけど、告白されてるのと同じ。

何度も聞いた事があるから、えぇー! って言って特別激しい反応はしないけど、やっぱりナツくんを好きなんだろう女の子には、顔を向けられない。


「そう……なんですか。あのえっと、……失礼します」


きっと、こんなにはっきり言われて告白する事もできない雰囲気だったんだろう。

ナツくんってわざと空気読まないところがあるから。


「ナツくん……」


ごめんねって言うのも、何だか失礼な気がして、どう反応したらいいのか分かんない。


「詩織帰ろう。そんな困んなくていいよ。いつものことじゃん」


そう言って、先を歩いて行くナツくんを追いかける。

コンビニに寄って、マルゴに着くとすでにお兄ちゃんと春香がテレビを見ていた。


「お前らおせぇよ。あっ肉まん買ってきてくれた?」

「お兄ちゃん食べると思って買って来たよ」

「さんきゅ」


お兄ちゃんに肉まんを渡して、春香のチョコのアイスを渡す。

毎日過ごすここには何もないけど、色んなものがある。


トランプやウノに麻雀卓や卓球台まで。

カラオケの機械や、各種ゲーム機まで、普通に遊ぶのには困らない。

毎年、親同士がお金を出し合って私たちに1つずつプレゼントしてくれた。


そんな私たちのマルゴは、秘密の部屋。

昔の童話のお菓子の家のような誰にも知られたくないと思うほどの大切な部屋なの。


ここには色んな思い出が詰まっていて、たくさんの写真も飾られている。

毎年、お正月に5人で撮る写真がずらっと10枚以上並んである。


「詩織。今日は飯の時間になったら帰るぞ。母さんがご飯作って待ってるって言ってるし」

「うん分かったぁ」


チョコをパクっと口に入れる私を見ながら、お兄ちゃんが優しくそう囁く。

兄弟2組でこうやって、放課後から毎日集まっているなんて閉鎖的でおかしいのかもしれない。


周りに何て思われようが幸せで、私たちは仲がいいから他の人に何て思われたって自信を持って、このメンバーが大好きだっと言えるよ。


「春香。お前そろそろ機嫌直せや」


お兄ちゃんがじーっとテレビから視線を外さないまま、ずっとさっきから黙りこくっている春香に声をかける。

呆れたように、でも機嫌を直してほしいと春香の顔をチラチラうかがっている。


やっぱり春香何かに怒ってるんだ。

さっきから1回も喋ってないし、テレビに熱中してるだけかなとか思ったのに。


「春香どうしたの?」

「……何でもないから!」


少し怒ったように、スカートの裾を握りしめて言う春香にビクッと体が揺れる。

そんな私に動揺したように、春香がチラッと見て目を逸らしてしまった。


「あ……そっか。ごめんね」

「………ごめんっ!」


強くそう言うと、春香はかばんも持たずに、外に駆けだしてしまった。


「春香!!」


お兄ちゃんが飛び出して行った春香を追いかけに行ってしまって、部屋はシーンとした雰囲気になり、テレビの音しか聞こえない。

春香なんであんなに怒ってたんだろう。

部屋に入った時から、ずっと喋ってなかったから、お兄ちゃんと何かあったのかな?


「大丈夫だよ。どうせ涼ともめただけだよ」


ナツくんが大して気にしていない様子で私を見る。

そうだよね……カップルだったらたまに喧嘩とかしちゃうよね。


確かに、今まで春香とお兄ちゃんがもめていたのも初めてじゃないし。

付き合うって大変だなぁ。

色々私が知らないような辛い事もあるんだろうなぁ。


「詩織ー。今日も可愛い」

「え? ……ありがとう。へへっ」


毎日のように可愛いと言ってくれるナツくんにも少し慣れた。


私のキャラメル色の髪を優しくずーっと撫で続ける。

巧のキラキラしたキャラメル色の髪を真似した私の髪色。


それについて、みんなはへぇー綺麗じゃん。似合ってるよ。とか白々しく言ってくれたけど、きっと私の痛々しいほどの巧への気持ちにみんな絶対に気付いてただろう。


そんな私に巧は、“しおとお揃いだな。嬉しいよ”って全く気にしていない様子を見せた。

大人で余裕な、子供扱い。

そんな髪をナツくんに撫でてもらうことに罪悪感を抱きながら、チョコを食べ続ける。


「今日は巧が来て良かったね。詩織嬉しそうだった」

「うん巧に学校で会えるって少ないし」

「俺が学校にたまにしか来なくなったとしたら、来る日は喜んでくれる?」

「えぇー喜ぶけど、ナツくんがいなかったら登下校3人はやだよ。カップルのお邪魔になっちゃうし」

「そっか。なら、その方がいっか」


頭がぺしゃんこになるほど、ずっと撫でられている。

そんな中、ドアががしゃんと開く音が聞こえて、お兄ちゃんが戻ってきた。


「おいナツキ。あんまり詩織にベタベタ触んな」


お兄ちゃんは、過保護だからなぁ。

中学の時もそのせいで、近付いてくる男の人もほとんどいなかったし。

近づいてきた男の人には、片っ端からお兄ちゃんが目付けちゃったもんなぁ。


「お兄ちゃんっ! ただ髪撫でてもらっただけだよ」

「彼氏じゃねぇ奴にそんな事許すな」


もう~。

お兄ちゃんっていつまで私の事子供扱いなんだろう。

もうやんなっちゃうよ。


「春香は?」

「ああ、何か今日は頭冷やすとか言って、帰ってったわ」


お兄ちゃんはさほど気にしていない様子で、ソファに腰かけた。


「いいの? 大丈夫かな?」

「ああ。いつもの事だから」


そっか。

なんかそう言われると、でも……! って口出しするのもおかしい気がするし、お兄ちゃんに任せとこう。

ソファでくつろぎながら、再放送のドラマを3人で熱中して見た。


「お兄ちゃん今日のご飯何かなぁー」

「グラタンだってメール来てたぞ」

「ほんとぉ!? 嬉しい~」

「詩織は何でも好きじゃねぇか」


お兄ちゃんがはにかんだ笑いを浮かべて、私の目を下から眺めてくる。

それが何だか恥ずかしくて、頬をぷっと膨らませて、少し変な顔を作って誤魔化した。


「詩織そろそろ帰るか?」

「うん、そんな時間だね。ナツくんはどうするの?」

「俺は、シルドラ寄って行くわ」


シルドラとは、ブラック3人が入っている銀竜連合の本拠地で、銀竜の怖いメンバーがうようよといるとこだ。

女禁止のその場所は、なんだか近づきがたくて、1回も行ったことはない。


「そっか。じゃあまた明日ね。ばいばいっ」


マルゴを出て、ナツくんに手を振って、お兄ちゃんとエレベーターに乗り込む。


「お兄ちゃん、春香とはうまくいってるの?」

「んー普通じゃね。もう長いし」

「そうだよね。もう2年になるもんね。春香の事好きなんだねー」

「……さぁ」

「さぁって何よー照れちゃって。もうラブラブなのは知ってるんだからね」


私は何も考えずに能天気に2人を見ていたけど、本当は2人には色んな事があったなんて、気付かなかったんだ。

でも、私が2人がもめている原因になっているなんて、今まで全く、全く気付けなかった。


私はやっぱり箱の中で育てられた馬鹿で、どうしようもなく甘えて育てられたんだ。

ごめんね。

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