第3章~動物農場~②

 11月1日(土)


 放送・新聞部の活動を自粛することになったため、先週末のように、降谷通ふるやとおりが校外で問題となるような行動を起こしても、現場取材に駆けつけることはできない。


 二ヶ月前に光石から、何気なく受け取ったお気に入りの店舗のチョレートの小箱が、こんな状況を発生させることになるなんて、思いもしなかった。

 生徒会選挙で当選を争う候補者にとっても、放送・新聞部にとっても、最も大切なこの時期に活動ができないことに対する焦りと、自分自身の不甲斐なさに、イラだちが募る。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、前日の放課後に、


「あとで、LANEに自粛期間中に見ておくべきドキュメンタリーの課題作品を送っておくから! この間に、しっかり勉強しておきなさい」


と言っていたように、ケイコ先輩からはメッセージアプリに、「この二つのドキュメンタリーを見ておくこと!」と、課題作品のタイトルが送られてきた。


『グレート・ハック: SNS史上最悪のスキャンダル』(NETFLIX)

『Qアノンの正体』(U−NEXT)


 前者は、2時間程度の単品作品。後者は、各話1時間程度のエピソードが合計6話で構成されているようだ。

 もう一つ、先輩から借りている『動物農場』の文庫本も含めて、ケイコ先輩の言う課題作品のドキュメンタリー視聴と読書の時間を優先事項にしつつも、僕は、残りの時間を生徒会選挙の候補者たちのSNS発信の確認に使うことにした。


 ――――――とは言え、《teX》(旧トゥイッター)のアカウント凍結が解除されていない光石陣営は、《ミンスタグラム》での情報発信を一日に一回行っている程度だったので、その確認はすぐに終わってしまった。


(校内での選挙活動が実を結んでくれると良いけど……)


 あらためて確認するまでもなく、他の候補者と比べて、SNSでの情報発信の絶対量が少ない光石陣営は、クラブ連盟をはじめとする固定票にたよる選挙戦に頼らざるを得ない。本来、それは、光石琴みついしことの性格とは相容れないと、少しは彼女の人柄を知っていると自負する僕は、思うけれど……。

 

(いまは、仕方ない。光石には、生徒会長に当選してもらってから、彼女らしい政策を実行してもらおう)


 そう思い直して、他の候補者の情報発信の確認に移る。


 降谷通ふるやとおりの《YourTube》の選挙戦解説動画は、相変わらず、十条委員会と特定のメンバー、そして、自主退学した生徒(仲尾瑠星)を攻撃する内容をアップロードしており、見ているだけで不快感が湧いてくる。


 ただ、彼が動画の中で語っていた、


「生徒会選挙の関心度の『大いに関心がある』のパーセンテージが、55%を超えたら、石塚くんは当選のチャンスだ!」


という言葉が、強く印象に残った。


 続いて確認した、男子バスケットボール部から立候補している陣内辰之じんないたつゆき候補は、放送室で収録した放送・新聞部公式チャンネルの政見放送の紹介を中心として、《teX》と《ミンスタグラム》を平日にも二度ずつ更新するなど、光石陣営よりも情報発信の頻度は高い。

 ただ、それらの投稿に対するリプライやコメントは、さほど反応が多いわけではなく、良くも悪くも平穏な情報発信という域を出ていない。


 一方、その男子バスケットボール部の部長の職を解任されることになった石塚雲照いしづかうんしょう候補が関連する《teX》や《ミンスタグラム》、《ティックタック》のコメント欄は、日に日に書き込みを行う生徒が増えて行っていることがわかる。


 これらのメディアには、


 #いしづかくん、ごめんなさい

 #いしづかくんを生徒会長に!


というハッシュタグが付けられていて、同じ志を持ったユーザーの投稿を簡単に確認できるようになっている。

 

 過去の投稿をさかのぼってみると、転機となったのは、僕が光東園こうとうえんの駅前で見かけた、おばあさんと石塚との会話の場面を撮影したショート動画のようだ。


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 ポピー(見舞品)/PoPeeei @PopieThePerFormer

 

 向こうからトボトボと、付き添いの女性とともに高齢のおばあさんが。

 なんと90歳の女性が、光東園駅で石塚候補が駅立ちをしているのを聞いて、わざわざ会いに来たとのこと。

 清掃ボランティアを行ったバスケットボール部の当時の部長に、お礼を言いに来たとのこと。

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 10日ほど前、駅前で僕が目撃した光景の一部が切り抜かれ、《teX》にショート動画として投稿されたこのポストは、《ミンスタグラム》や《ティックタック》にも拡散され、多くのコメントを集めている。


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 ニャンコ @Nyanyanko

 

 心ほのぼのしました

 優しいお婆さん

 ありがとうございます

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 アルパカ @Alpalaland

 

 今さらのコメントでゴメンナサイ。

 他の人のことで泣くことなんてないけど、この動画は、ホントにジーンと来てしまいました。

 おばあさんの気持ちが嬉しすぎて!

 素敵な動画、ホントありがとうです。

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 これらのコメントに象徴されるように、2週間前に、石塚候補の選挙戦は、この10日あまりで、大きく変化していた。その原動力と言える現象は、真っ先にネット上で確認できる。多くのコメントを集めるこのポストを投稿した生徒をはじめ、SNS上では、何人もの生徒がボランティア的に石塚候補を応援する投稿をはじめている。その人数は、僕が数えただけでも、この時点で20名以上に及んでいた。


 これらのデジタル・ボランティアは、メッセージ・アプリLANEを通じて、オープン・チャット内のテキスト・メッセージで盛り上がりが大きくなっている(そのようすを記録しておこうと、僕は塚陣営のオープン・チャットに登録し、ログを保存した)。

 

 そして、このムーブメントは、ついにネット上だけでなく、な場にもあらわれはじめている。

 土曜日のこの日、学校の授業が無いにもかかわらず、光東園の駅前で辻立ち演説を行っている石塚候補の周りには、数十名を遥かに越える数の生徒が集まっていることが、《ミンスタグラム》のライブ配信で確認できたのだ。

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