第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜⑤

「先輩たち、どう思いますか?」


 ノートPCの画面を食い入るように見つめていた僕たちの中で、最初に声をあげたのは、ミコちゃんだった。

 後輩女子の言葉に応じたトシオは、困惑気味に返答する。


「どう……? って言われても、情報がこれだけじゃ、なあ……」


 親友の言葉に同調するように、僕もうなずく。


「この内容だけじゃ、報道する前に、バスケ部への大掛かりな取材が必要だよね。それに、いじめ問題を告発するなら、僕たち放送・新聞部よりも……」


「校内の『いじめ対策委員会』に持って行くべき内容ね」


 僕が言いたかったことを引き継いだのは、ケイコ先輩だった。一宮いちのみや高校には、校内イジメの早期発見・撲滅を目的として、『校内いじめ対策委員会』という相談窓口を設けている。この組織は、いじめ被害を訴えた生徒のケアと加害者とされる生徒および周辺の生徒への聞き取り調査を行う権限を持っている。

 夏休みを最後に部活動を引退した上級生の言葉に、トシオとミコちゃんが、


「ですよね~」


と同意して、何度もうなずいた。


(なんだよ……僕が言おうとしたことなのに……)


 という不満を押し殺しつつ、ケイコ先輩にたずねる。


「実際、この状況で、僕たち放送・新聞部にできることって、なにかありますかね?」

 

 すると、先輩は表情を変えることなく、「そうねぇ……」と、つぶやくいたあと、淡々と自身の考えを述べた。


「投稿主は匿名だし……私たちが、この投稿者を探し出そうとすると、バスケ部のメンバーも、こちらの動きに気づくだろうから……」


「じゃあ、実際はナニもできないってことですか? 私には、パレードとか、業者からの贈り物みたいな難しい話しは良くわかりませんけど……部内イジメの問題は見過ごせないと思うんです」


 ミコちゃんの言葉は、心情としては、とても共感できるんだけど……。


「そうは言っても、ここに書かれてる部内イジメの内容は、伝聞とか目撃談だからね〜。私たちに部内イジメを調査する権限なんてないし……自分たちにできることは、いじめ対策委員会に、この投稿を通報するくらいが精一杯ね」


 事実上、部活動を引退しているにもかかわらず、いまだ「私たち」という言葉を使うケイコ先輩に、心の中で苦笑しつつも、僕も彼女の意見には、同意するしかない。


「それじゃ、校内のいじめ対策委員会には、放送・新聞部にこんな投稿があったってことを伝えておこうと思います。ミコちゃん、この投稿されたテキスト部分を印刷してくれる?」


「わかりました!」


 下級生が快く返事をしてくれた一方で、上級生は、表情を変えないままで、まだ何かを考えているようだ。


「ケイコ先輩、他に気になることでもあるんスか?」


 お気軽な口調ながら、妙にカンの鋭いトシオが先輩にたずねる。

 その何気ない問いかけに答えるように、ケイコ先輩はつぶやいた。


「私が気になっているのは、四宮しのみや高校の名前が、突然でてきたことね。あの高校って、バスケの強豪校なんだっけ?」


「そうッスよ! インターハイの常連で、たしか、今年も全国ベスト4まで行ったはずです。あの学校は、バスケ部の全国大会壮行パレードや終了後の凱旋パレードが有名なんですよ」


 体育会系の取材時には、映像や写真撮影を一手に任されているだけあって、高校スポーツ全般の事情に詳しいトシオが答える。


「でも、県外の高校ですよね? その学校と『パレードの寄付集めを担当した部員は、この一連の不正行為と四宮しのみや高校との難しい調整に精神が持たず、バスケ部を退部』なんて、書かれてありますけど……県外の学校との調って、なんなんですかね?」


 プリントアウトしたA4用紙に目を落としながらミコちゃんが、疑問に感じているであろうことをつぶやいた。


「ミコちゃん、鋭いじゃない! なぜ、わざわざ、県外の高校と連携を取る必要があるのかは、この告発文書の最大の疑問点ね」


 ケイコ先輩に誉められたことで、ミコちゃんは、「えへへ〜、それ程でもないです〜」と照れている。

 そんな下級生と上級生を見守りながら、僕も口を開いた。


「僕は、疑問点にして、最大の問題点だとも思います。四宮高校とのこともそうですけど、問題の核心に関わることが、ナニも書かれていない。この投稿主は、自分だけがわかっている内容を書き連ねているだけで、あとは、僕たちの取材や調査に委ねるってことなんですかね? それは、ちょっと、都合が良すぎじゃないですか?」


 ちょっと、早口になりながら、僕が自分の感じたことを主張すると、ケイコ先輩は苦笑しながら応じる。


「まあ、佐々木くんの言うことも、もっともだけどね……四宮高校と同じく、唐突に出てくる謎のPR会社とか、バスケットボール部の部外者が見たら、サッパリわからないことだらけだし……いまのところ、これだけじゃ、具体的な問題点を記事にするのは無理ね……もっとも、バスケ部が、この内部通報を握りつぶそうとする動きを見せるのなら、また別の問題が出てくるけれど……」


 お手上げと言った感じで、大げさに肩をすくめるようすを見ると、どうやら、先輩も僕と同じようなことを感じているようだ。

 そうして、僕ら現役部員にアドバイスするように、こう続けた。


「とりあえず、印刷した投稿文をいじめ対策委員会に持って行くついでに、バスケ部のようすを見てきたら? 次のバスケ部の大きな大会ってなんだっけ? その大会への意気込みと現在のクラブの雰囲気を取材するていで訪問すれば、取材拒否はされないでしょ?」


「バスケ部が目標にしている次の大きな大会は、冬のウインター・カップですね。というわけで、ノゾミ、ウインター・カップの抱負を聞きに、バスケ部に行って来てくれ」


 ケイコ先輩の小さな疑問に応えたトシオは、そのまま、僕に潜入取材(?)の仕事を押し付けてくる。


(おいおい、なんで、勝手に仕事を振ってるんだよ!?)


 そんなツッコミを心のなかで入れながらも、インタビューなどの対人取材は、この放送・新聞部に入部してから、ずっと、僕の仕事だったので、他に適任が居ないという理由もあって、渋々、了承する。


 こうして、いじめ対策委員会に提出する印刷文書を手にした僕は、その告発文書を対策委員会に手渡したあとに、バスケットボール部への取材を行うことにした。

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