第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜⑥

 職員室の隣のカウンセリング・ルーム内に設置されている、いじめ対策委員会の担当の先生に告発(?)文書を提出した僕は、男女バスケットボール部が練習をしている体育館に向かった。


 のだけど――――――。


 いつもは、男女半々で体育館のコートを利用して練習をしている男子バスケットボール部のメンバーの姿が見えない。


(今日は、男子だけ練習が休みなのかな?)


 と考えて、体育館の入口の近くでシュート練習をしている女子バスケ部の部員に声をかけてみる。


「練習中にゴメンね。放送・新聞部の佐々木だけど……男子バスケ部は、今日は、練習お休みなの?」


「う〜ん、そう言うわけじゃないケド……放課後からずっと、部室に集まってるみたいだよ。なんか揉めてるみたい」


「えっ! そうなの!?」


 僕の声は、驚きが半分、そして、もう半分は、やっぱり、なにか部内でのトラブルがあるのか……という感情が混じったものになっていた。


(これは、なにやら雲行きが怪しくなる雰囲気だぞ……)


 直感で、そんなことを感じ取った瞬間、少し離れた場所から、鋭い声が飛んできた。


「真衣、余計なこと言わなくてイイから!」


 僕が声をかけ、質問に答えてくれた同じ学年の山本真衣やまもとまいを注意するように割って入ってきたのは、同じく2年生の松島まつしまいのりだった。

 彼女は続けざまに、キツい口調と表情で、僕に食って掛かって来る。


「インターハイ全国大会に出場したバスケ部の取材には、ほとんど来なくて、県予選敗退の野球部ばかり追いかけてる放送・新聞部が、いまさら、なんの用なの?」


「いや、それは、ほんと申し訳ない。だから、、もっと、バスケ部の話しを聞かせてもらおうと思って、取材に来たんだ」


 取材者の鉄則として、歓迎されていない相手に対しても、笑顔を絶やさずに答えると、松島は、こちらが発したに、眉をピクリと動かし、僕はその表情の変化を見逃さなかった。

 

「フン……それこそ、いまさらって感じ。まあ、年末のウインター・カップのときは、せいぜい、シッカリ取材してよね? 野球部は、そのとき、大きな大会もないでしょ? それとも、?」


「密着取材が、なんのことを言ってるかわからないけど……冬の大会は、ぜひ取材させてもらおうと思う。これから、よろしく!」


 彼女のトゲのある言葉も気にしていないという雰囲気を装って、柔らかな笑みを浮かべながら応答すると、


「真衣、もう行こう!」


と言って、松島いのりは練習に戻って行った。終始、歓迎ムードではない彼女とは対照的に、最初に僕の質問に答えてくれた山本真衣は、苦笑しながら、「ゴメンね……」というジェスチャーを送ってくれた。


 そんな女子部員二人の態度を確認しながら、今後の女子バスケ部への取材方針を考えつつ、僕は引き続き、男子バスケ部の部室があるクラブ棟に戻る。

 一宮高校のクラブ組織は、体育会系・文化系を問わず、このクラブ棟にそれぞれの部の部室を持っているが、築年数も相当に古く、耐震性の問題などから、クラブ連合会に所属する生徒からは、建て替えを要求する声が上がっている。

 

 ただ、全校生徒の3割以上を占める部活に所属していない生徒からすれば、自分たちになんの関係もないことに多額の費用が使われるわけで、納得がいかないという気持ちは、十分に理解できる。

 僕個人の意見としては、古臭い建物のクラブ棟が新しくなってほしいとは思うものの、それなら、全校生徒が利用できる食堂の改築やメニューの改善を先に行ってほしい、という帰宅部の生徒の意見は、とても真っ当であるように感じていた。


 今度の生徒会選挙でも、ひとつの争点になりそうな『クラブ棟の建て替え問題』について考えながら、体育会系のクラブが入居している建物に向かうと、


「いったい、誰なんだ!?」


という怒号に近い声がクラブ棟の一室から漏れてきた。


 放課後の練習が佳境を迎えるこの時間帯に、部室を利用している体育会系のクラブは多くないので、その声が、男子バスケットボール部の部室から聞こえてきたのは、ほぼ間違いない。


(これはこれは……)


 直前に、体育館で女子バスケ部の山本から聞き取ったとおり、男子バスケ部の内部で、なにか揉めごとが起こっていることだけは、間違いないようだ。


 予想していた以上の展開に、心の中でドキドキしながらも、冷静さを装った僕は、男子バスケ部の部室のドアをノックする。


「すいませ〜ん、放送・新聞部の佐々木だけど! 男子バスケ部の取材のお願いにやって来ました!」


 無邪気な取材者を装った声には、すぐに反応があった。

 バンッ! と音がしそうなくらい乱暴に部室の扉を開けたのは、副部長の荏原正志えばらまさしだった。


 部長の石塚雲照いしづかうんしょうと並んで、僕たち放送・新聞部に投稿された告発文に名前が上がっていた生徒の一人だ。


「なんだ、放送・新聞部か? いまは、取り込み中だから、また、今度にしてくれ!」


 取り付く島もない、というのは、こういう時に使う言葉なのだろう。

 開けたときと同じくらいの勢いで、部室のドアを閉めようとする副部長に、僕は声をかける。


「あっ、じゃあ、次に来るときは、を聞かせてくれないかな?」


 僕の一言に、ビクリと身体を強張こわばらせた荏原は、こちらに向き直り、


「凱旋パレードがなんだって?」


と、これまで以上に凄みを利かせた声でたずねてくる。

 その瞬間、開かれたドアから、のぞき見ることができた部室の雰囲気が凍りついたことがわかった。


(おやおや、これは……)


 そう感じたことを表情に出すことなく、僕は副部長の問いに答える。


「いや、うちの学校では凱旋パレードなんて初めての試みだったからさ……その苦労話やウラ話を取材させてもらえたらって思っただけだよ」


 イベントごとに興味を持っただけの純真さを装った表情で応じると、僕の顔を睨みつけるように視線を送ってきた荏原は、続けて問いかけてくる。


「ふん、そうか……それより、佐々木、お前たち新聞部に、最近なにかの投書や通報は無かったか?」

 

「いや〜、僕たちの投稿フォームは、春のクラブ紹介のとき以外は、開店休業状態だからね。サッパリだよ」


 肩をすくめながら、残念そうな表情を作って答えると、相手は、


「わかった、それなら良い」


と言って、今度こそ勢いよくドアを閉めて、僕の取材依頼には答えを返さないまま、会話を打ち切る。そんな副部長の露骨な取材拒否の態度とともに、わずかに確認できた石塚部長の苛立たし気な表情が、僕の印象に強く残った。

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