第12話 相互不理解にも程がある

 突然、現れた男は、キョーレツに存在感があった。


 といっても、王子様ズや護衛くんのように派手な金髪や赤毛で服装が原色キラキラだったり、神官様のようにロングヘアで裾ズルズルの祭礼服だというわけではない。

 漆黒の髪は襟足も短くきちんと整えられていて、精悍な顔によく似合っていた。目を引く派手なパーツはないが、全体として印象的で謎の迫力がある。

 見惚れるような鍛え上げられた体付きで、黒尽くめの服の下は、絶対に胸筋分厚くて腹筋割れているタイプだった。なんかもう骨格から強そう。いいなぁ。そのゴツい筋肉、欲しい。

 服もロングの黒マントも、お高そうな上質な生地で、品のいい感じで要所に少しだけ金の飾りが入っている。ちょっと軍服寄りで猛烈に心を揺さぶる”それっぽさ”だ。

 ぐう……。並のコスプレーヤーでは到達できない本物の高級感。マジでカッコいい。


 これ、リナちゃんが言ってた最後の一人、正体不明の人だよね。

 話だけ聞いてセンスをディスって、ごめんなさい。自分の中の不治の病の慢性中二病に物凄く刺さります。ナイス。


 顔が俗に言うイケメン枠よりやや渋めなのもいい。

 リナちゃんはさっぱりした日本人顔が好きなようだから、こういう彫りの深い顔はタイプじゃないだろうけれど、この古い洋画の助演名優みたいな顔、めちゃめちゃ好きだ。特務の上司んとこもこの手の顔なんだよな……なぜ、親戚筋なのに自分はこれ系じゃないんだ。くやしい。

 おおっ? ひょっとして眼が金色なのでは? やば〜。正直、ここまで男を格好いいと思ったの始めてだわ。何コイツ……って、こんなこと考えている場合じゃない。



 今夜はこの庭園は貸し切りにしてもらっている。部外者は誰も入ってこないように、うちのスタッフも見張っていたはずだ。それなのに突然現れたということは、この男はそういうことをなんとでもできる能力があるということだ。

 ……うん。腕っぷしだけでも解決できそうな感じだけど、さっきまで微塵も気配させてなかったからね。こんなに存在感のある人、近くにいたら絶対にわかるはずだから。

 だから、単なる偉い人じゃないと思って対峙しないと。




 身をすくませているリナちゃんをかばうように背中に隠して、男を睨みつける。


「お付き合いもしていないのに、いきなり”妻”だなんて、話が乱暴じゃないのか」

「すまんな。ゆっくり話を進めようと思っていたのだが、思っていたよりも自分の方の事情に余裕がなくなってきたのだ」


 弱者の強がり丸出しの喧嘩腰で突っかかってしまったのに、意外に穏やかに受けられた。敬語で話してすらいないのに無礼者とか言われなかったぞ。


「私はあなたの妻にはなりません」


 リナちゃんが震える声で、それでもはっきりと言った。えらい!

 男は「そうか」とだけ言って、少し目を伏せた。金色の眼の圧がなくなって、ようやく息がつけた。

 あ、自分、息詰めてた? チキンだな。


 それにしてもこの人、訳ありで結婚だの妻だの言い出してたんだよな? 意外にあっさり引きそうだけど、大丈夫なのかな。

 なんだか心配でじっと見てしまったら、男と目があった。うわっ!


「あ、あの……そっちの事情って?」


 家の人に早く身を固めろって急かされているとか、望まぬ婚約者から逃げたいとか? いや、望まぬ結婚が嫌で、望まれない結婚を強要するってのは、流石にないか。


「その……家や派閥の事情ならそれを別の方法で解決することも検討した方がいいですよ。彼女に愛のない結婚を強いてもいい結果は生まれません」


 こんな偉そうなこと言える身分かと恥ずかしくなって、尻すぼみに小声になってしまった。ううう。みっともない。

 男は金色の眼でじっとこちらを見つめて、ふっと苦笑した。


「そうだな」


 あ、この人は話せばわかる人か。

 良かった。


「たしかに、無理をしいても救われはしないだろう。……呪いに蝕まれて正気が失われる前に、自ら死を選べば良いだけなのは間違いない」


 良くねぇ!!

 待て、待て。いい声で「すまなかった」とか言いつつ帰ろうとするな、おいっ!

 思わず駆け寄って相手の腕を掴んだ。

 間近で見上げた彼の金色の瞳は、瞳孔が縦長だった。


「お前は……!」

「……我は呪われた龍だ」


 龍って、アレですよね?!

 世界を滅ぼしちゃう方ですよね?

 ええっ、ヒト型なんですか?

 火山の火口とかにいるんじゃなくて、こんな風に会いに現れちゃうの?!


 思わず、彼の腕を掴んでいた手がこわばった。

 彼はその手に自分の手を重ねて、まるで触ってはいけないとたしなめるように、そっと引き離した。


 うう、手の大きさと力が違いすぎる。

 てか、まさかのラスボス様。

 勝てるわけないじゃござんせんか。


「先生を離すください!」


 背後から、キリッとした声が響いた。


「リナちゃん?!」

『先生、今、助けますからね』


 いや? 別に襲われてないよ?

 手は掴まれたままだけど、これはむしろこっちが掴みかかったのを外されただけで……。


『王子なんて居なくても、私一人でもその悪い龍を退治してみせます!』


 えっ、ちょっと待って。リナちゃん、話、聞いてた?

 あ、ダメだ。話を聞いていても、”蝕まれ”とか”正気”とか難しい単語のオンパレードで、たぶん聞き取れていないわ。この龍さんの言葉って、ちょっと言い回しが古風で難しい感じだから、読書量が足りていないリナちゃんでは全文を理解できない。


「良い響きだ。やはりそなたの異界の言葉は我を苛む魂の慟哭と渇望を癒やしてくれる」


 だから、難しい言葉で喋らないで〜。

 しかも日本語、響きが好きなだけで理解できてないでしょ。

 リナちゃんは、なにか小さなものをポケットから取り出して、両手でしっかりと握って、祈るように胸の前に掲げた。

 おわぁ、光ってる。魔法か? 魔法少女なのか?さすがニチアサヒロイン。


「優美だ」

『なんと言われても絶対負けない!』


 なにこのディスコミュニケーション。

 君たち、これまでに会ってたときも、まったく相互理解できてなかったでしょう。


 とにかくこんなのはダメだ。

 これでリナちゃんが彼を殺しちゃったらこの世界の女神様がどう思おうとも、寝覚めが悪すぎる。


『ストーップ!!』


 集中して半ばトランス状態のリナちゃんの意識に届くように、思いっきり大きな声で叫んだ。


『まずは話を聞けーっ!』

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