第9話 リタイヤとリベンジ
言語という武器を手に入れて、NOと言えるようになったリナは強かったらしい。
彼女のかわりに療養所にお見舞いに来てくれた侍女さんが教えてくれた。
私の頭をかち割りかけた公爵様に出入り禁止を言い渡し、授業中の例文のレッスンだと知っていたのに公爵を止めなかった例の赤毛の護衛くんを解雇したらしい。
あいつ、当番の日は毎回チクチク嫌がらせして来ていたからな。ザマアミロ。
解雇と言っても聖女様の護衛を外されただけなのだそうだから、本人の感情的にはどうだか知らないが、過剰な罰というほどでもない。
遊び人公爵様は、烈火のように怒ったリナちゃんを見て、もっと淑やかで従順な女だと思っていたのにがっかりだ、などと腹の立つ捨て台詞を残していったそうだ。クソッタレが!
病室が個室なのをいいことに、侍女さんと一緒に散々こき下ろした。
この侍女さん、いい人なんだよな。リナちゃんに親身で。かなりいいところのお嬢様のハズなのに気風が良くて、仕事が早い、ザ・できる女。自分の無茶振りを快く引き受けてくれる上に、気が利いて……あと、オヤツに弱い。
いつもクールなんだけど、リナちゃんとの休憩時間のために持参する甘味をおすそ分けすると、めちゃめちゃ嬉しそうな顔をチラッと見せる。
あの一瞬の笑顔見たさに、つい新作デザート開発にも手をかけてしまった。
こっちの食事がいまいち合わなくて食が細めなリナちゃんのために、彼女の口に合いそうな軽食を持っていって、休憩のお茶請けの名目で食べさせていたんで、甘味が本題じゃないんだけどね。「後で頂きます」と言って受け取った壺プリンを、侍女さんがその晩、自室でどんな顔して食べたか考えるだけで萌える。
「なにか必要なものや、困ったことがあったら言ってくださいね」
だって。最近、言う側になることが多かった台詞だから、親身に言ってもらえると沁みるなぁ。
「また参ります」
いつでも大歓迎です。
結局、傷が完治するまで毎日のように来てくれて、洗濯や着替の手配をしてくれてありがたかった。
侍女さんは、来るたびにリナちゃんの武勇伝を聞かせてくれて、”お断り構文”がいかに有効活用されたかを嬉しそうに語ってくれた。
いつも黙って脇に控えていたけど、色々鬱憤は溜まっていたらしい。
うーん、違う一面もまたいいもんだ。そりゃあ人間だから、外面も本音も、バリエーションあるよね。
王子様ズは、リナちゃんの本音は受け入れ難かったようで、遊び人公爵と同様に、きちんと自我を言葉で示すようになったリナちゃんを疎んだそうだ。
さもありなん。
それだけならまだしも、リナちゃんの言語学習を担当していた宰相の息子と神官様を酷く叱責したらしい。
実際、奴らはなんにもしていないので、濡れ衣というかとばっちりというか、多少かわいそうなところはある。でも、学習成果でリナちゃんがどんどん言葉を覚えていたときは、その成果をごっそり自分たちの手柄にして、上にいい顔していたのを知っているので、まぁ、悪い方も引き受けてよね、としか言えない。
当の二人はそうは思ってくれなかったようで、侍女さん情報では、彼らはこっちに腹いせをする気だから早めに王城を離れたほうがいいらしい。
「あなたがここの病室にいることは伏せてありますから安心してください」
侍女さん、有能過ぎんか。
「ありがとうございます。早めにここをたちます」
「リーナ様がまた御一人になってしまわれますのね」
「あなたが居れば大丈夫だと信じています」
いや、マジで。自分とか居ても居なくてもそうは変わらんから。
でもまぁ、このままなんの挨拶もしないで帰るのも不義理かなと思ったので、侍女さんにリナちゃんと会える機会をセッティングしてもらうことにした。
場所はようやくプレオープンに漕ぎつけたいつぞやの庭園。時間は日暮れ過ぎの宵の口。
スタッフに顔が利くのをいいことに、その時間だけ、一番奥の
侍女さんに直接、招待状を渡したら、リナちゃんの予定に突っ込んでくれた。ミラクルに有能で素敵。惚れてまうやろ。
なにせ宰相の息子達に目をつけられているので、王城のリナちゃんの部屋には行くことができないし、昼間に彼女が習慣的に回る神殿なども人目と警備が多すぎて、不審者の身としてはためらわれる。夜陰に紛れて一言挨拶するぐらいのほうが、コソコソ逃げ帰る落伍者にはふさわしいだろうと思っての、場所のチョイスだ。
それにこの庭園を不完全な状態でしか見てもらえていないことが心残りだったというのもある。
あのときはまだ小道の舗装は終わっていなかったし、花の移植も不完全だった。せせらぎには水を引いていなかったし、諸々の小道具も装飾もなかった。未完成にも程がある。
なにより……。
この庭園の本領はこの時間だ。
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