第8話 さあ言ってみよう! NO!!

 最初は粘土板2枚と釘を持ち込んだ。

 羽ペンで高価な紙に書くより、雑にいっぱい書き散らして、間違えたらすぐに消せる方が、効率がいい。


 手始めは一般名詞。物を指さして名前を言って、粘土板に綴る。綴った文字を指さしながら、もう一度ゆっくり発音。繰り返させて確認。良ければ笑顔で褒めそやし、次へ。

 10語やったら、粘土板を上から下までもう一度読んで、伏せる。

 レッツテストターイム!

「目、鼻、口、耳、髪、首、肩、腰、手、足」

「目、鼻、口……??……手、足」

 もう一枚の粘土板に頭足人を描く。

 顔から手足が生えただけの落書きだ。

『やだぁ、もう一回!』

 ゲーム性って大事だよね。


 その後、二人で自分の耳や肩を触りながらその名前を叫ぶという遊びをした。もちろん途中で順番はランダムに、速度は高速化する。

 パーフェクトになったら、最初の粘土板に綴った名詞の前に、釘のおしりで丸い跡をつける。

 この単語はクリアだ。


 綺麗な紙に丁寧に書き写して、粘土板からは消そうとしたところで、ふと思いついた。

「あなたの言葉を」

 鉄筆代わりに使っていた釘を、彼女に渡して、単語の横を指さす。

 彼女はおずおずと、単語を真似して書き写そうとした。

「いいえ。あなたの文字で」

 写しかけの字を消して、彼女自身を指す。

 どうか日本語は言語だって発信してくれよ。全部理解してやるからさ。


 清書用の紙には、こちらの言葉と日本語が左右に並んだ。

 いいね。


「さぁ、次に行ってみようか」


 身体の部分、部屋の中の物、色の名前……そんな身近な単語から始めてあげる。

 いくつか溜まったところで、清書用紙を見返して、ふと思う。こっちの文字って活字体ってなくて、筆記体しかない上に、次の文字が何かで、字形が変化するし、表音文字とも言い切れないぐらい読み方も変化するんだよね。

 熟考の末、単語の上にルビっぽく、1文字づつ書いた場合の字形を書いてみた。

 それを見ていたリナちゃんが、粘土板に書いた自分の字の上にも、ルビを振った。カナだ! 読みを書いたのだと思ったらしい。ナイスだ。どうやって表音文字を聞き出すか困っていたんだ。これで50音表が引っ張り出せるぞ。




 ものすごく回りくどい方法で、聞き出した仮名50音表をベースに、作りましたよ。りなちゃん専用単語カード。

 可愛いイラストとこちらの単語、裏面には、仮名で表記した発音と日本語での意味。

 うーん、このターヘル・アナトミア感よ。


 並べてカルタみたいに遊んだり、カードフォルダーから引き抜いたときにどちらが先にその単語を言えるか速さを競ったりした。(もちろん自分は日本語で言わないといけないルールだ。ちょっとインチキだが対等ということにしている)

 名詞以外にも、歩く、走る、行く、帰る、食べる、持ってくる……などの基本の動詞や、上下、大小、内外などの表現も簡単で良く使いそうなものから増やしていく。

 単語カードを並べると、短文も作れるぞ。

 ”足”、”痛い”、”休憩”、”ください”

 どうだ、これでもう靴擦れを我慢してダンスのレッスンを続けなくてもいいからな!


 並行して文法もそれなりに教えた。

 言語学者ではないが、日本語との比較で理解しづらい語形変化や、語順による意味の変化、命令形や疑問形の簡易の作り方などを、自分の経験則に基づいて教えた。

 この語尾の変化で、”あなたが私を”なのか”私があなたを”なのか意味が変わります。これ重要です。間違えると恥ずかしいです。

 さぁ、”褒める”を変化させてみよう!

「(私はあなたを)褒める」

「(あなたは私を)褒める」

 よくできました。ハイタッチだぜ。


 彼女は言葉が通じるようになるのが嬉しいらしく、物凄く熱心に勉強した。宝箱みたいな綺麗な箱に、単語カードをしまって、二人での勉強の時間以外も暇があれは取り出して復習しているらしい。

 目に見えて成果が出るので、こちらも嬉しくなって、せっせとカードを作った。宮廷画家の先生もこちらが要求する”可愛いデフォルメ”がいかなるものか、だんだん理解が進んできて、いい感じにキュートな仕上がりにしてくれるようになった。


 定型句短文一覧は大きな布に刺繍してもらって、壁に貼った。四隅に花鳥文様のある力作だ。

 侍女さんありがとう! お礼にまた焼き菓子差し入れします。


 ”恐悦至極に存じます”

 ”ぜひまたの機会に”

 ”本日はこれにて失礼させていただきます”


 なんで断り文句が多いんですか? と侍女さんに聞かれたけど、それは重要度を加味したからだよ。立場の弱い女の子にとって、NOと言えることって重要なんだよ。


「やめてください。私に触らないで。人を呼びます!」


 パーフェクツッ! 発音完璧です。よくできました。

 満面の笑みでリナちゃんの手を取ろうとしたら、いきなり後ろから殴り倒された。


「貴様! 何をしている。リーナ嬢から離れろ!!」


 リナちゃんが悲鳴をあげるのを聞きながら、暴力にためらいのない偉い人の理不尽は怖いなぁと思いつつ、気を失った。


 誰か壁の3枚目の定型句短文一覧の一番上の文を読んで。

 ”どなたかお医者様を呼んでください”

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