第2話 出稼ぎにきました

 というわけで、やってきました王城、水晶宮。英語で言ったらクリスタル・パレス。なにそれ、テーマパークのレストランみたい。


 名前はキラキラネームだけど、見た目はわりと普通で、案内された棟は装飾も少なく、いたって地味なお役所の事務室だった。


 帰って領主を継げなくなっても、領が立ち行かなくなっても困るので、下手に目をつけられたりしないように、サボりすぎず働きすぎず、ぼちぼちやっていこうと心に誓っていたら、特務班なるところに配属された。

 特務……響きが不吉である。なんとなく平凡と対極にありそうなネーミングだった。




 蓋を開けてみれば、特務の仕事は、単なる雑用係の何でも屋だった。


 どこの部署でも引き受けてくれないような、些細で面倒なことを片付ける係だ。ホテルのコンセルジュと市役所の苦情処理課と商店街の経営コンサルタントと学校の美化委員と雑貨屋の仕入れ担当を混ぜたような仕事である。


 些細なことなのにあちこちの部署に管轄が分散している案件などは、各部署から一時的にちょっぴり権限を委譲してもらって、なんとかする。どこにも属していない独立部隊なおかげで小回りがきくらしい。

 いろんな部署の人にお世話になって、あちこちに出向くので、人脈づくりと見聞を広める役には立つ仕事だった。




「(このなんのためかよくわからないセコい仕事を細々とする地味さ加減は性に合っているな)」

 特務ですといえば、大抵の部署で融通をきかせてもらえるので、それほどつらいこともない。専門的な仕事は専門家に依頼してしまえばいいので、特に秀でた能力がない自分のような凡人でも務まるのがありがたかった。


「ちはー、特務ですー。まいど〜」

「はいはい。特務ですよ~。ごめんなすって〜」

「いやぁ~、申し訳ない。特務っす」

「ここは一つ、特務ということでお目溢しを」

「大変恐縮ですが、特務でして。ハイ」

「特務でございます。殿下におかれましては本日もご機嫌うるわしゅう……」


 出入り先も下町から王城の貴賓室まで、相手をする人の身分も低いところから高いところまで、まんべんなく。

 いったい特務という身分がどの位置にあるのか、さっぱりわからなかったが、いまいち身分制度に疎い自分がなんとなくやっていても怒られなかった。




 あるときは、城下の人気レストランの衛生チェックをし、またあるときは、商業区の交通量調査と舗装修繕をした。(あのときはついでに裏路地の掃除までやった)


 孤児院の抜き打ち監査と経営状態の改善を命じられたときは、”子供達がニコニコ元気で暮らしている”状態にしろというふわっとした表現の無茶振りをされて、おおいに苦労した。悪い大人をどうにかするのは、こちとら国家権力なのでどうとでもできるが、子供ってのは不機嫌さも含めて子供なんだよ。ずっと笑顔なんて気持ち悪い状態にさせられっか。(子供達には資金提供者かねづるを見分けて、必要なときにうまく御愛想をふってだまくらかす技術をこっそり教えてあげた)


 変な小物の手配もよくある仕事だ。

 薄くて吸水性が良くて肌触りがごわごわしない安価で使い捨てられて処分がしやすい布じゃないもの……をなにか用意しろと言われたときは。前世知識が役に立った。


 要するにティッシュでいいのでは?


 と、イメージができたので、用途を教えてもらえなくても、最初から完成イメージを具体的に持って調達に動けた。結局、市場にはなく、職人に発注したが、製法もゴールもそこそこわかってると説明がしやすい。


 ティッシュというにはごわごわで、トイレットペーパーのようにロール状にもできなかったが、手のひらより少し大きいサイズで、少し揉めばまあまあ柔らかい肌触りになるチリ紙ができた。

 色は白くない。白さより安さを指定されたからだ。字を書こうとすればペンが引っかかるし、そういう用途には向いていないだろう。

 試作品を納品したらOKが出たので、それで良かったらしい。さほど多くない量を定期的に納品してほしいとのことだったので、職人への発注と購入ルートを確立して、然るべき部署の人に連絡して仕事を完了した。

 これは懐紙にちょうどいいので、職権乱用で自分の分もこっそり確保して愛用している。


 比較的大きな案件では、室内に増設できる衛生設備を、というリクエストで、ユニットバス的なものも作った。昔、自分のうちの離れに作ったものの発展簡易版で良かったので、発注の段取りはチリ紙よりも楽だった。この世界のなんの職人なら、欲しい部品のうちのどれが作れるか、わかっていると話が早い。

 給排水設備の配管ができる地元の業者さんが確保済みだったのは強かった。

 水回りの施工の質は生活のクオリティを左右するからね。下級とはいえ貴族の子供の立場を悪用してわがまま言い放題で無茶振りをしてきた職人さんに、王室御用達の看板をあげて恩返しした。


 特務の小さなお仕事だけで、職人さんを王都まで呼び寄せるのは悪いので、ついでに騎士団にシャワーブースの設置を提案した。おかげで王城勤務の騎士の汗臭さがかなり改善されたのは、良かったと思う。

 騎士団の訓練メニューに給水塔への水汲みが追加されて、若手が泣いたそうだけれど、モーターがないんだからそれは仕方がない。揚水機を造ってあげるほどの義理もないし、体力余っている人の集団なんだから問題ないだろう。


 予算が青天井なら、山地からローマ水道ばりの上水引くよと概略図書いたら、ドン引きされた。汗を流すためにそこまではしないそうな。王城の庭園に噴水も造れるのに……。

 上下水道のインフラ整備は都市の基礎だぞ。ローマ人を見習え。


 ちなみに、自分は我が領のインフラ整備のために”ローマ貯金”をコツコツしている。自分が継いだら、街道と上下水道を整備するんだ。せっかく長期政権なんてもんじゃないレベルの世襲領主になれるんだから、長い目で見てプラスになる都市の基盤を、公共事業で整えていく気まんまんなのである。


 王都で特務やっているうちに、腕のいい測量技師と石工に渡りをつけて顔繋いでおこうっと。

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