凡人貴族に転生したのでサステナブルな領主を目指していたら乙女ゲームヒロインがバッドエンドを迎えそうです……やめて

雲丹屋

凡人貴族に転生したのでサステナブルな領主を目指していたら乙女ゲームヒロインがバッドエンドを迎えそうです……やめて

第1話 田舎貴族の一人っ子

 気がついたら、異世界転生していた。

 ネット小説的欧風貴族社会の人だ。

 モンスターや無機物でなくてよかった。


 頭を打ったり、熱を出したりというような劇的なきっかけはなく、日々じわじわと思い出していたようだ。

 うんと小さい頃に一度「うちに帰りたい」と言って大泣きした覚えがあるが、その後は、特に悩みもせず、事件も起こさず、普通に育った。

 ある時ふと「そういえば前世人格を”もう一人の僕”と思わなくなったなぁ」とボンヤリ思ったという程度の穏やかさで、知らぬ間に前世の記憶と知識と人格を統合した自分になっていた。

 神様っぽいのに会ってはいないので、使命も特典もないのは気楽だった。


 家は田舎の下級貴族だった。貴族といっても、近所の村長や農場主のまとめ役という程度の身分だ。徴税だの兵役だの公共事業だのの業務を請け負う役所の支部みたいなもので、きらびやかな社交界とは縁遠い。

「こういうのも貴族の義務だから仕方がない」と父親が言っているのを聞いて、「えっ? うちって貴族なんだ」と驚いたぐらいである。


 異世界転生で下級貴族スタートなら、前世知識で内政無双したり、能力チートで成り上がるのが定番だが、残念ながら知能も体力も平凡以下だったため、人並みに育つのがやっとだった。

 うちの召使いやよく会う領民より、ダメダメなので、人並みといっても相当甘くみての話である。

「無理をしなくても、自分のペースで地道にこつこつやればいい。そのうち家の仕事をちょっとずつ手伝えるようになってくれればそれでいいから」

 親にそう言われたという時点で、どれぐらいできない子だったかはお察しというものだ。


 能力がアホの子なら、せめて容姿ぐらいはという期待も、幼少期ですでに絶望的だった。

 なにせ、髪も眼も薄茶色ベージュのいたって穏当な色味でザ・無難。転生者っぽく黒目黒髪でもてはやされるなんて展開もない。おまけに鏡に映る顔は、笑うぐらい親にそっくりだった。「できあがったものがこちらです」と言って出された、”20年後はこうなる”という見本が、くっそ地味な顔の父親という悲劇。

 それならばせめて、美的感覚の基準が違うとかそういうパターンは? と期待したこともあったが、そんなこともなく、文化的ギャップはあっても地味顔は地味顔という切ない現実をすぐに知った。


 それでも思春期手前になれば、貞操観念や男女比や婚姻制度が都合がいい世界だったり? と多少期待してもみたが、極めて古臭くお堅い無難な常識を教育された。


「大丈夫。貴族の結婚は相手を好き嫌いで選ばないから、恋愛経験がなくても結婚はできる」

 人生にモテ期が一回もなさそうな父親の言葉は説得力がありすぎた。

 とはいえ特に瑕疵もなくてまだ若い父に後妻の話もないあたり、貴族というだけで、入れ食いというわけではないようではある。

 むしろ放蕩者という噂が流れると、うちみたいな弱小貴族は致命的だからと言われて、早々にハーレム路線は諦めた。


「とはいえ、うちは世間様からは平凡で平穏が唯一の取り柄みたいに言われているところだから、政略結婚を強要しなきゃいけない事情もまず起きない。婚約とかは適齢期ぎりぎりまで決める気はないので気にしなくていいよ」

 そう宣言された通り、婚約者どころか幼馴染すらも、異性との恋愛めいた付き合いはまるっきりなく育ったせいで、適齢期になっても浮いた噂が出る隙がない有様だった。

 それでも、そのうち必要になれば適当な相手が見つけてもらえて結婚することになるのは確実だったので、恋愛方面はもううっちゃっておくことにした。


 なんてったって平穏な下級貴族、快適なのである。

 国を揺るがす事件や国際問題に悩む必要もなく、ストレス低めで、生活水準は高め。重労働は使用人がやってくれる田舎のスローライフなのだ。


「これは、冒険だの成り上がりだのしないのが正解か」

 十代半ばになる頃には、この現在の地位と生活を維持することが、今世での最大の目標となっていた。


 持続可能な下級貴族生活。

 無理をしない、没落しない、サステナブルな領主。お手本はお父様。

「父上は、私の人生の目標であり、最高のお手本です」

 と言ったら、泣かれた。

 嬉しかったのか、自分の子が若いうちから小市民過ぎて夢がないことが悲しかったのかは、よくわからない。



 領内のことや身の回りのことを、ちまちまとやりながら、のんびり生きて、無事に成人年齢を迎えた頃、王城勤務の話が来た。

「え? 嫌ですよ。面倒くさい」

 せっかく整ってきた自分の”巣”を出て、そんな堅苦しいばかりで、何かと不便そうなところには行きたくない。

「ここを継ぐから中央での出世は目指しません」

「まぁまぁ。いい機会だから中央がどんなところか、ちょっと見てくるぐらいのつもりで行ってきなさい」

 若い頃に人脈を作っておくことも大事だと言われて、それもそうかと思い直した。


 尊敬する大目標の父上の頼みだ。

 仕方がない。これも親孝行、ひいては領主になるために必要なステップだと思って、田舎の我が屋敷を後にした。


 行ってきまーす。

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