第3話 再契約
「う~ん、困った。電話は専門外だから、さっぱり直し方が分からない」
最近のおもちゃの電話は精巧に出来ているので、それが修理できるなら本物も直せるのではないかと思った尾花だったが、そもそも落としたり、経年劣化で壊れた訳ではなく、殴り壊された精密機器を直すという経験自体ほとんどなかった為、修理は暗礁に乗り上げた。
「大人しく、買い換えますか……。あとは懐中電灯も」
そう決心して、店先に『急用に付き午前中休みいただきます』という張り紙を張っていたところ。
「おっ、ショージキさん、もしかしてスマホ買い替えに行くの?」
黒のコートを羽織ったタナが不意に声を掛けてきた。
休日の朝、タナがいること自体はおかしくはないのだが、ここ最近はおもちゃ屋に来ることはほとんど無かったのに、このタイミングで来たということは、昨日の怪我や壊れた電話を心配してのことだろう。それを理解した尾花は、大して驚きもせず、「ふふっ、ありがとうございます。ええ、そうですね。あとついでに懐中電灯も」と答える。
「お礼を言われるようなことはしていないっ!!」
なぜ来たのか見透かされたようだと気づいたタナは、顔を赤らめ、そっぽを向きながら大きな声をあげる。
「ああ、その、スマホ、変えるなら手伝う……。普段は袴だったりするけど、こう見えて現代っ子だし。どうせ、ショージキさんじゃ、何がいいか分からないだろ」
事実、その通りだった為、
「それじゃあ、お願いしようかな」
そこからタナはまるで店員のように尾花の希望を聞き、その結果。
「……今日中、できれば午前中でどうにかしたい。キャリア、機種にこだわりはない。強いて言えば最近の遊びが分かるように最新機種が良いってくらい。電話帳も紙に書いてあるから復旧も頼らなくていい。それなら家電量販店の方が良いかな」
そうして、尾花はタナに導かれ家電量販店へと向かうこととなった。
リズミカルな音楽が流れる中、タナは確かな足取りで進み、目当てのスマホコーナーへとたどり着く。
「すみません。このスマホ購入したいんですけど」
タナは手近に居た女性店員さんへ声を掛けると、
「はい。スマホですね。今、担当者をお呼びしますので、こちらで少々お待ちください」
電話の契約専門のカウンター席へと案内され、その女性店員は小走りに消えていった。
それからすぐに別の店員があらわれ、今の電話が壊れたことなどを説明し、新しいスマホを契約する。
「いや、ほんとに早いですね。僕じゃあ、知らないことばかりでしたから助かりましたよ」
最新機種のスマホと、それを入れるカバーと画面を守るフィルムが紙袋へと詰め込まれる。
「ショージキさん、ドラゴン柄のカバーはダサいと思う……」
「ええっ、カッコイ良くないですか、ドラゴン」
目を輝かせるイケオジの圧にそれ以上何も言えなくなったタナは最終的に。
「……そ、そうだね。ショージキさんが持つならカッコイイかも」
と折れて歪んだ笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます!」
尾花はタナにお礼を言いつつ、もうひとつの目的である懐中電灯を探し、キョロキョロと周囲を見回す。
「あ、先ほどの店員さん。あの人にどこにあるか聞いてみよう」
「え……、懐中電灯はたぶん」
タナが言い終わる前に尾花は小走りに店員に近づき、
「すみません。先ほどはどうも。それでもう一つお尋ねしたのですが、懐中電灯ってどこにありますか?」
「ああ、先ほどの。懐中電灯は2階の照明売り場にありますよ」
尾花は礼をしつつ、女性店員がいた洗濯機コーナーに視線を移す。
「おや、ここは洗濯機コーナーですか、最近うちの洗濯機の調子がいまいちなんですよね。あと、乾燥機付きがいいとかって話も」
その言葉を聞いた店員の目がまるで獲物を見つけた爬虫類のように光る。
「それでは、こちらなんていかがですか? 乾燥機能が充実していますし。汚れを落とすなら、こちらの機種がオススメで――」
止まらぬマシンガントークだが、尾花はそれを真剣に聞き、洗濯機を吟味している。
それが、本当に買いそうと思えたようで、さらに商品の説明に熱が入る。
「おーい。ショージキさん。そろそろ、懐中電灯を買いに行こう。そもそも洗濯機はサイズ調べてから来ないと」
「あ、確かに。これは僕としたことがうっかりしていましたよ。なぜか電気屋さんで見ると小さく見えるんだけど、いざ家に持っていくと大きいんですよね。すみません。お時間取らせてしまって。またサイズ調べてから来ますね」
タナに連れられて2階へと向かう尾花に対し、店員さんは最後まで笑顔で応対した。
買い物を全て終えた、尾花とタナは商店街へと戻って来ると、たまたまなのか、それとも待ち伏せされていたのか、うろうろしていた藤原商会長と出会う。
「おおっ、ショージキ、丁度いいところに。昨日は見回りご苦労さん。そうそう、昨日助けた男性は助かったみたいだぞ。さっそくいい仕事をしたねぇヒーロー。それから、その男性、靴が無くなっていたみたいなんだよな。もしかすると、ここ最近騒がせている指名手配犯による仕業かもしれない。ショージキが見た女性ってのが怪しいかもしれないねぇ……。ま、指名手配犯は男だから違うだろうけど」
商会長はガハハッと笑う。
「ところで、次郎はここで何をしていたんだ?」
「ああ、新しく服屋だか、確かアパレルショップ? だかが出来るんだが、そこのオーナーを商工会に誘おうと思ってね。ただ、まだ来ていないみたいで店に人気がさっぱりなくて、誰か来るまでぶらついていたんだよ」
「今日が休みという可能性は?」
「明日開店なのに、それはないんじゃないか?」
前日に準備で訪れるのは普通だ。よほどの急用でもない限りは。
そう思っていると、尾花たちの横をすり抜けて、スタイリッシュな女性がアパレルショップのシャッターを開ける。
「あっ!!」
そこには昨夜の女性がおり、思わず尾花が声を上げる。
女性も尾花を認識し、少し驚いたような顔を一瞬だけ見せてから、ニコッとほほ笑みを浮かべた。
「こんにちは。まさか、ここで会うなんて思ってもみませんでしたわ」
余裕。一言で表すならば、彼女の態度は余裕からくるものであった。
「それで、私はここでアパレルショップをオープンする予定ですけど、もしかして、邪魔をするつもりですか?」
挑発するような視線と言葉に対し、タナは「当然!」と一歩前に足を出そうとしたが、それを尾花は制止する。
「あなたの死生観には同調も理解も出来ませんが、しかし、あなたが悪人とも思えない。あくまで僕の勘ですけど。だから、あなたがこの街に害を与えない限り、お店を開くことを邪魔する気はありません」
「どうかしら? 私は私の目的の為に動くだけよ。でも、無用な戦いはしたくないというのは本当よ。一般人にはなにもしないと誓うことだけはできるわ」
そのアパレルの女性の真剣な眼差しを受け、尾花はほほ笑んだ。
「それで充分です。その言葉を信じましょう」
「なんだ? 3人は知り合いだったのか? まぁ、いい。もう紹介はいらないかもしれないが、こちらが新たに服屋を出すことになった、
各々自己紹介を済ますと、再び商会長が口を開く。
「さて、それで本題だが、紺尺さんは、これからここでやっていくのに、商工会に入らないかい?」
商会長はもう入らせる気まんまんで、クリップボードに留められた書類をずいっと出す。
「うーん、こういうのは私はあまり……」
「そうかい。まぁ、まだ来たばかりだし、何をしているかも知らないだろうからな。これからも情報は伝えるから気になったら入ってくれればいいさ」
藤原商会長の目が光ると同時に激しい悪寒に襲われた紺尺はすかさず、
「そういえば、夜の見回りも、もしかして、商工会の仕事ですか? いや、ああいう活動は素晴らしいと常々思っていまして、そういうのなら入ってもいいですけど」
それを聞いた商会長は、穏やかな笑みを作る。
「もちろん、うちの商工会で行っている。興味があるなら、紺尺さんも一緒に回ってみるかい?」
「ああ、それはいい。実にいいね」
紺尺は尾花とタナを意味深に見つめながら頷く。
こうして、今夜は3人での見回りとなった。
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