第4話 再敗
「で、これが見回りなの? 安全ねぇ?」
新たな商工会の仲間が出来たからか、渡される品物はいつもの倍以上。
紺尺は両手にお菓子や飲み物を抱え、歩きづらそうにしていた。
「納得いかねぇ。俺とショージキさんのときはこんなにくれなかった」
タナは頬を膨らませ、紺尺のお菓子の山を羨ましそうに見つめる。
「そんなに欲しいなら、あげるわよ」
その言葉にタナは表情を明るくさせ、お菓子を受け取る。
「まじっ!! 紺尺さん良い人!」
両手いっぱいにお菓子を受け取り、どれを食べようかタナが吟味していると、ぽろぽろとお菓子を落としてしまう。
「タナ君、裏路地に行く前に、僕のお店にお菓子置いてきたら?」
「確かにっ!! 落としちゃもったいないし、厳選してくるわ!」
尾花の言葉に頷くと同時に、龍と剣のキーホルダーがついた鍵を受け取り、小走りに駆け出した。
「タナ君はいつまでも変わらないねぇ」
タナを見送ると、一瞬の静寂の後、
「指名手配犯がいるかもしれないのに独りにしていいの、オジサマ?」
「ええ、ここよりは安全でしょう」
2人は同時に路地の奥に目を向ける。
「あ、あああああ、あああああああ」
暗闇の中から、よろよろとした足取りの男が現れる。
尾花の懐中電灯の明かりに照らされたその男は目もうつろで口も半開き。とても正気とは思えない様相であった。
さらに言えば、その顔には見覚えがあった。
「あなたは、この前、ビルから落ちた。もう、大丈夫……って感じではないですね。どうみても」
男はさらによろよろと近づいてきたかと思ったら、先程のうめき声とは違う、えらくハッキリした声が響いてきた。
「そこのオンナァ!! テメェー。よくも見棄てようとしやがったなぁ。オレ様のこと気づいたうえで、見棄てようとしやがった。許せねェー」
男の体がゴキゴキと骨を鳴らし、前へと倒れると、その背中から、まるで着ぐるみを脱ぐように別の男が現れた。
針金のようなやせ型だが、よくよく見るとしっかりと筋肉は付いており、今にも折れそうな針金ではなく、強靭な拘束用の針金という印象を受ける。
「あら、あら、中身はそんな醜悪だったの。やはり、あのまま美しく散るのが一番だったのではないかしら?」
紺尺は男を一瞥し嘲笑する。
「せめて、洋服くらいには気を使うべきよ。なに、その着の身着のまま、おしゃれの欠片もない服装は」
その通り、男の服装は寒空の下だというのに、Tシャツにアンクルパンツという季節にそぐわない出で立ち、しかもところどころに汚れがこびり付いており、とても人前に出るような恰好ではない。
「うるせぇ、こちとら逃亡中の身なんだよォ。せっかく、良い外面を手に入れたと思ったら、ビルから飛び降りやがって。あの女に出会ってからおかしくなったが、そのあと見棄てようとしたテメェも許せねぇ。順番はどっちからでもいいが、まずはお前からだ」
逃亡中の身。その言葉で、尾花は、この男こそが指名手配犯なのだと気が付き、紺尺の前に一歩躍り出た。
「やめましょう。
「なんだ、ジジィ。テメェには関係ない話だろうがっ! 正義の味方かぁ!?」
「正義の味方のつもりだった男ではありますが、何事も上手く行かないものですよ」
尾花は悲しそうな笑みをこぼす。
「何訳のわからねェこと言ってんだ? ボケてんのか!? どかねぇならテメェから死んどけ!」
坂口はいつの間にか手にドライバーを持っており、それを尾花へと振り下ろす。
が、次の瞬間、坂口は地面へと倒れていた。
そして、パチパチと拍手が起こる。
「オジサマすごい!! 大外刈りって言うんだっけ? 綺麗に投げてたわね」
「昔取った杵柄というやつですな。この程度の暴漢ならば、簡単に制圧はできますが――」
そうではないでしょう? そういう前に尾花にドライバーがどこかから襲い掛かり、反射的に飛び退く。
「やはり、何か特別な力をお持ちで」
「今のを避けるなんて、ジジィ、テメェまじにナニモンだ!?」
「ただのおもちゃ屋の店主ですよ」
その答えが気に入らないのか、坂口は怒りに顔を赤面させ、肩がプルプルと震えている。
同時に、足元には、ドライバーや先端が細長くカギ状になった工具、俗にピッキングツールと呼ばれる道具が、まるで蜘蛛のような足を生やし、坂口の元へ集まっていた。
「これがオレ様の能力、
足の生えたピッキングツールは壁へとよじ登ると、尾花目掛け飛び掛かる。
「……ふぅ」
まるで弾丸のような攻撃であったが、尾花はその全てを軽くいなして、ほとんどダメージを負うことはなかった。
坂口の攻撃は終り、あとはもう一度近づいて投げて拘束しようと考えていた尾花だったが、目の前の男、坂口は路地の壁にまるで最初から扉があったかのように歩きだし、そのまま壁の中へと消えていく。
「なっ!? 今のは……」
坂口が消えた壁を触るが、そこはザラザラとしたコンクリートの質感しかなく、ましてや扉なんてものは微塵も見当たらなかった。
何かの能力なのだと直感し、飛び退こうとしたときにはすでに遅く、不意に壁から現れた手に掴まれると、なんの抵抗感もなく、まるで水に手をつけるような気軽さでコンクリートの壁の中に埋め込まれる。
「ぬ、抜けない」
入るときはなんの抵抗もなかったのに、いざ、抜こうとするとそこはコンクリートの固さがあり、常人では決して抜け出せないようになっていた。
「これがオレ様の無敵の能力だッ!! この能力が傷をつけたものに自由に出入りができる。これさえあれば、どんな家でも入り放題だし、人間を傷つければ、本人には一切バレずに体内に入ることも出来るゥ!! そこの女をぶっ殺したら、お前の体内に隠れるとしよう」
勝ちを確信した坂口は舌なめずりしながら、次の獲物である紺尺をにらみつける。
「紺尺さん、僕に構わず逃げてください!!」
尾花の声に、紺尺はニコリと余裕の笑みを浮かべた。
「逃げろ? 逃げろですって、この私に?」
紺尺の背後にはいつの間にかマネキンが立つ。
「そいつァ、この前、見たぜ! 変身能力みたいなヤツだよなァ。そんなチッポけな能力でどうやってオレ様に勝とうと言うんだァ? 二度と人様を見殺しに出来ないように、その目をくり抜いてから、リンチして、最後はその辺に捨ててやるよォ。運良く善い奴が通れば助かるかもなァ!!」
ピッキングツールが襲い掛かろうとした刹那。
紺尺のマネキンの足はタイヤと化し、その腕は安全バーの様な強固なロックでもって、紺尺を抱える。
「オジサマの言う通り、逃げさせていただくわ! それじゃ、さようなら」
バイクと変わらぬ速度で、その場をどんどんと離れていく。
あまりに颯爽とした逃げざまに坂口もポカンと口を開け、黙って見送るしか出来なかった。
「あの、女、本当に逃げたぞ……」
坂口は若干の憐みの目を尾花に向ける。
「ええ、そうしてもらって助かります。彼女から感謝されたくて助けるわけではないですから。見返りを求めていては正義の味方はできませんよ」
穏やかな笑みを浮かべるその様子は心底、彼女だけは助かって良かったと物語っていた。
「ああ、なるほどォ。テメェはオレ様が一番嫌いなタイプだ。自分より他人を優先するタイプだ。そういう奴がよォ、いるから、オレ様みたいな欲望に忠実なやつらが悪とされるんだよ。だが、テメェの中は中々楽しそうだ」
坂口はピッキングツールを尾花に突き立てようと手を振り上げた。
「おーい、お待たせ。ショージキさん、戻った。……なに、これ」
そのとき、運悪くタナが戻ってきたのだった。
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