第28話 謎の鍵を取り付ける
「坂口、どうしようか」
浦田の来訪から一週間。翔太は頭を抱えていた。坂口に助けを求める。遠慮の二文字はない。坂口は享楽の奴隷だが、その前に翔太の奴隷なのである。言うことを聞かない困ったちゃんであるのだが。
「悩んだときは踊りましょう。インド人だってきっとそうやって悩みを解消していますよ」
「お前はいいよなあ、気楽で。インド料理屋がそんなに気に入ったか。また行こう」
「おやおや、そんな店があったのかい。知らなかったよ」
「カレー屋のことだよ、米田さん」
ききー。動物動画の音がする。いかにもなテンプレートの平和に、ちょっとしたトラブルがやってきた。浦田の注文した鍵が届かないのである。彼は大量に鍵を注文したため、在庫が足りないのだ。
「お前はスマホいじってて楽しそうだなあ。何を見ているんだ。ゲームかなにかかな」
坂口が目線を翔太の方によこす。黒い瞳はまだ少しおぞましい。照明が瞳の中に入っている。映る照明と翔太はいつもと変わらない。
「掲示板ですよ」
「掲示板かあ。俺も一回スレ立てというものをしたことがあるぞ」
「僕はしたことがありませんから、翔太さんはすごいです」
「そうか」
しばらくの沈黙の後、坂口が首を傾げた。うねった髪が揺れる。眼鏡もずれる。眼鏡を直して、坂口ははきはきと言葉を発した。
「誇らないのですか。なぜですか」
いらっ。翔太は言ってやった。
「ばーか」
「なんですか急な罵倒をするなんて。熱でもありますか」
「額を近づけるな。野郎の顔を近くに置きたくない」
「お肌には気を使っている方なんですが。いい化粧水使ってますよ」
「ばーか。坂口のばーか」
ういん。自動ドアが開く。清涼感のある夏らしい格好の男がやってきた。浦田だ。待ちに待っていたが来てほしくはない、そんな微妙な気持ちだ。
浦田はにこやかにご来店だ。わかりやすい笑顔で来店してきたな、と思った。わかりやすい、というのは坂口と比較した結果出てきた言葉である。坂口はへたくそなのでわかりにくいのである。
「ああ、浦田さん。お待ちしておりました」
「しておりました」
坂口が茶化すように声をかぶせてきた。本当はお待ちしていない。むしろ期日を忘れていてほしかった。頼む。忘れていてくれ。だが、この世は無情で無常。小さいことにすら、目をつぶっちゃくれない。浦田は鍵のことを聞いてきた。
「注文したの、できていますか」
「まあまあ、一旦お茶をお出ししますね」
米田にアピールすると、米田は俊敏に奥へと入っていった。坂口も親についていく幼い子供のようによたよたとついていった。菓子をせしめる気であろう。
「どうしたんですか、顔色が悪いですよ」
「そんなことはありません。ただ、そうだな、風邪。風邪をひいていて」
「鍵屋さんも大変なんですねえ」
ことり。コップが置かれた。米田に礼を言おうとして伸びてきた手のその先を見る。ぞぞぞ。背中に悪い予感が這う。ばりん。手の主はせんべいをかじる。手の主は。
「坂口、何をしているんだお前は!」
坂口はううん、とうなった。その間、せんべいがどんどん口の中へと消えていく。そして、首をかしげながらこう言った。
「人間観察、ですかね」
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