第26話 謎の鍵を取り付ける
「まあ、ペットショップだし。鳥でも入れるんだろ。何だっけ、カシミアみたいなやつ。歌うやつ」
「カリンバみたいなやつですね、わかります」
「わかってんなら名前を教えろよ、名前を」
坂口が伸びをする。そして、盛大にため息をついた。はああ。息が漏れていく。漏れ出していく。何か言いたげである彼は、米田から無言で渡される豆菓子をぼりぼりむさぼっている。
「まあ、仕事するぞ。仕事。お前、鍵が好きだろう。存分にこき使ってやるよ」
「カナリアの方が好きですね。黄金色したやつ」
「ああ!それだ!」
すると、米田がむんずとスマートフォンを向けてきた。動物動画のようだ。そこには美しい鳥が写っていた。カナリアだ。
「米田さんもカナリア好きなの」
「いいや、お猿のほうがいいね。あいつら、かしこいのさ。鳥頭じゃないからね」
「お芝居だってできますよ、きっと。猿芝居」
米田のことだから、変な動物でも言い出すのかと思った。人生経験を積んでいる米田は、時折すごいことをやってのけたりする。爬虫類を飼っているらしい。岩穴みたいなやつ。ああ、イグアナだ。
まあ、そんなことはどうでもいいのである。問題は鍵である。注文したはいいが、期日までぎりぎりだ。これは困った。量が多かったのが原因だ。これに頭を悩ますので精一杯な翔太には、これ以上問題を抱えられない。そこで、最悪なパターンがやってきた。坂口が無駄に声の通る口を開いたのである。
「浦田さんのお店、犬さん専門らしいですよ。かわいいなあ。けれどもやっぱり、犬さんをあれに閉じ込める気じゃあないでしょうか。悪人面してましたし」
「俺は猫派だからよくわかんないや」
「……猫さん派なんですか。やつらひっかいてきますよ。道端に落ちているビニール袋と間違われるんですよ。ビニール袋は物を入れられるけれど、猫さんはそうあひかない。猫パンチは入れれますけれど」
うまい具合に話がそれた。坂口が敵を見る目で翔太を威嚇してくる。じとり。坂口は米田に同意を求めたが、米田はかしこいなら何でもいいと言って犬派猫派論争に関わろうとしない。坂口が言う。「猫さんはお手ができないでしょう。お座りも、男性器もできない」翔太がつっこむ。「ちんちんのことをそんな卑猥な言い方で表すなよ」米田がのんびりあくびをする。「でもねえ、凪。お猿は五本指なんだよ。私たちと一緒じゃないか。そのうち、猿と酒を飲みかわす時代が来るよ」こんなとんちんかんなやりとりも慣れてきた。外は日差しが照り付けている。お日様は平和に彼らを見守っているようだ。
「あれ、もう二時か。早いな」
時計は二時ぴったりを教えてくれた。忙しかったから、昼食に行けていない。坂口は犬が飢えることを心配しているが、翔太は自分が飢えることを心配している。そろそろ昼休憩のお時間であろう。
「俺、一回あそこのインド料理店行きたかったんだよな。一度行ってみよう」
「カレー屋かい」
「うーんとね、カレー屋ではないかな。坂口も来る?」
坂口はぺこりと頭を下げる。眼鏡がずれ落ち、かしゃあんと音を立てた。心臓に悪い。坂口にはインド料理店の前に、絶対に眼鏡屋へ行った方がいい。
「ごちそうになります」
眼鏡を拾いつつ坂口がそう言ってのけるので、翔太は軽く彼の頬を叩いてやった。豆菓子をむさぼっていたやつが豆鉄砲を食らったような顔をする。さあ、インド料理店だ。
近所にできたインド料理店は、物珍しさで一定の客数を得ていた。マダムが小さい動物はかわいい、という話をしている。坂口はしょんぼりとして、新鮮さが欠けている。大丈夫だろうか。「大型犬もかわいらしいのに。愛くるしいのに」放っておいても大丈夫そうだ。やがて癖の強いアジア系の店員が三人を案内した。
全員カレーとナンを頼んだ。何ともおいしそうな華麗なるカレー臭。「なんだ、結局カレー屋かい」と言う米田の誤解はとけなかった。
「ぼく、やろうと思っているんですよね」
「主語はどこに行ったんだ。主語、述語、修飾語。国語で習っただろ」
「僕を舐めないでくださいよ。国語だけなら学年一位だったんですから」
「他は」
まだルーが熱く、舌でつっついて頃合いをはかる。
「中学校は百位くらいでした」
「高校は」
「なんと、栄誉ある最下位」
「どこが栄誉なんだよ」
「ひとりしかその座をゲットできないじゃないですか」
翔太はあきれた。「それは五十位も百位も十二位も一緒だよ」
「で、何をするんだ?」
「ああ、ガサ入れです」
米田がルーには目もくれずナンをひたすらちぎっている。翔太は聞き返した。「はあ?」
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