第25話 謎の鍵を取り付ける
「開錠が難しい鍵となりますと、こちらか、あとはこっちかになりますね」
「こっちの安いのでお願いします。いかんせん、お金がないものですから。ははは」
浦田との話は踊るように軽やかに進む。坂口は明らかに拗ねている。馬鹿みたいに頬を膨らませている。やはりこいつはオムライスが食べられない人種なのではないかと翔太は思った。あざとい。その姿は恋に恋する乙女のようで腹が立つ。だが、翔太は気にしない。そんなことよりも目の前のカスタマーに夢中である。坂口なんてお呼びじゃないのだ。
さて、翔太が夢中な浦田だが、これがとてもいい客なのである。物腰丁寧、物には対等な金を払う。文句ひとつも言わない優秀なカスタマーなのである。清潔感がある好青年。どこぞの不気味な青年とは大違いだ。勧誘でもしてみようか、とジョークを考える。割と本気である。
浦田は鍵を難しくするよう翔太にオーダーした。盗まれては困るものでもいれるのだろう、簡単に開けられることを嫌っているようだった。珍しい客だ。だが、たまには新鮮さもあっていいのだとも思う。翔太は退屈を好むが、たまにはスパイスも必要なのだ。坂口の言う恐怖のスパイスの味は翔太の好みではない。かといって同じ料理を食わされるのもそれはそれで嫌なのだ。人間はわがままなものですね、と翔太の脳内に居座る坂口がささやく。ああ、うっとうしい。
「それでは、取り付け終わったら連絡ください。期日、ちょっと早いでしょう。すみませんねえ」
浦田はどこまでも好青年だ。坂口がなにやら威嚇を始めたから、翔太は米田を招集した。客のお見送りは盛大に。ああ、浦田様。私にこの仕事を与えてくださってありがとうございます。おにぎり屋に転業するのはまた考えますが、今はあなたのための鍵屋さんでおりますとも!
そこで、菓子をむさぼる坂口がうなった。「あの男性客、気味が悪いです」米田はたまに坂口に菓子をやって餌付けしながら、器用に動物動画を見ている。米田は日常の象徴であった。安心感。
「きっとあの方はお犬様をあの小さな小さな閉塞感の箱に入れるつもりですよ。なんてひどい」
「こら、浦田さんに失礼だろう。謝れ」
「なぜ翔太さんに謝るのでしょう。不憫な僕。ごめんなさい」
使い慣れてはきたが、坂口の乗りこなし方が翔太には難しい。一発入れてやろうかと半分本気で思った。
「きっと高く売れる小型犬をあそこにいれてしまうんですよ。あんな小さなところでは娯楽に飢えてしまいます」
「こがたいぬ、じゃなくてこがたけん、な。というか、餌がなくて飢えるとは考えんのか。変な奴だよ、お前は」
「なんですかその発想は!翔太さんの軟体動物!魚介類!」
「遠回しにタコって言うのやめろ。俺がタコならお前はイカだ」
「イカはおいしいですから」
「タコもうまいよ」
坂口は本当に変な奴である。あえて比喩はしない。変な奴である。翔太は二発くらい腹に入れても許されるのではないかと八割がた本気で思っている。
「……翔太さんみたいな一見真面目そうな方が痴漢をなさるんですよね」
タコ殴りにしてもいいのではないかと考える。全部本気だ。
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