第24話 謎の鍵を取り付ける
「ええと、これは……」
「これに錠前つけてほしいんだけど、できますか」
「できますけれど……。これは……」
浦田はああ、と声を出した。翔太の背には恐怖と汗が伝う。異常さ。ただそれだけが、そこにある。目の前に突き付けられる現実と暑さでくらくらした。
すると浦田が申し訳なさそうな顔をした。なんだなんだと翔太は身構える。
「私、こういう者でして」
そう言って浦田が取り出したのは取り出したのはスマートフォン。画面の写真には、犬の画像が写っている。チワワ。オス。一歳。あいくるしい毛玉が画面越しに翔太を見ていた。
「ペットショップ……。で、ですか……?」
たじろぎながら紡いだ言葉は少々いびつだった。スマートフォンにはほかにも可愛らしい犬の姿が。どうやら身構え損だったようだ。
「おお、犬さんじゃないですか。可愛らしいです。愛らしさは宇宙にまで轟きそうです」
「うわあ!坂口、お前気配を消すな!自我を保て!」
いつのまにか先ほど伝授された歩き方で近づかれていた。翔太はびっくり。心臓がどくどくと動く。生きている証拠だ。
「お前、犬にさん付けするやつだったんだな。オムライスとか食えなさそう」
「量が多いと厳しいですね。僕は人より多く食べる方ですが」
「いや、かわいそうとか言うのかなって」
浦田が笑いをこらえ切れていない。翔太もつられて笑った。今日も今日とて平和である。坂口の奇妙な話を聞くのもたまには悪くないと思える程度に心にゆとりができている。たまには聞いてやろう。こき使うのもいいが、俺はまだその域に達していないな。翔太は考えた。
「では、檻に錠前をつけてください」
大量の檻は二十センチ四方くらいのコンパクトさだ。この場合は南京錠でいいだろう。量が多くて大変だが、たまにはこういう仕事もいい。
「では、南京錠でいいですか」
「ああ、そうじゃなくて、難しい錠前にしてください」
「そうですか」
ん?翔太の額に汗が浮かぶ。難しい錠前?なんだか変な気がする。この違和感を無視するべきか。無視するべきだ。そうだ、退屈な作業でいいじゃないか。退屈は時に人間の幸福の指標となる。
「翔太さ……」
「坂口、頑張ろうな!」
有無を言わさぬその笑顔は、坂口をもはねのけた。退屈。それは日常の象徴。素晴らしいではないか。
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