第22話 謎の鍵を取り付ける

「おい、出張行くぞ。起きろ。どうせ狸寝入りなんだろう」

「翔太、わからないのかい。凪は今夢の中だよ」

 どこまでも上手な坂口の狸寝入りは翔太には判別できない。どうやら坂口は息を忘れているようで、死んでいるのかと思うくらいに静かだ。まさか、本当に死んでいるのではないかと疑う。築五年のこの地を事故物件にされては困る。翔太は坂口の頭にチョップを繰り出そうとした。電子音がそれを阻止した。電話だ。

「はい、仲村錠前店です」

 電話の相手は若い男だった。錠前を取り付けてほしいとのことだった。何にですか、と翔太が問うと、どうやら箱に取り付けてほしいとのことらしい。鍵のことならなんでもやる、カスタマーファーストがモットーの翔太は快く了承した。事件の匂いはしますか、と坂口が聞いてきたから、鼻炎でわからないと答えた。さあ、出張へ行こう。

「すみません、家の鍵をどこかにやってしまったみたいで」

 娘も夫も外出しているので困っちゃったわ。女性はそう言って肩をすくめた。そばにはまだ幼い子供がいる。母親のズボンにしがみついている男の子は、なんだかおびえているようだった。家は白い一軒家で、空いた窓にカーテンが泳いでいた。

「……。坂口。俺って怖いかな」

 男の子は母親をじいっと見ている。少し緊張した顔だ。翔太としてはあまりそのような反応をしてほしくなかった。傷つく。誰だって人類全員に好かれていたいものだ。例外もいるが。

「ではこれから鍵をあけますね」

 そう笑った時だった。女性が足を動かしたことによって、男の子が転んだ。かしゃあん、ちゃりん、と音を鳴らしながらポケットから何かが出てきた。

「あ!家の鍵じゃないの!」

 男の子が一目散に逃げだす。必死の形相で逃げ出す。翔太は坂口が何か言う前にそれを遮ってその子供を追いかけた。女性も我が子を追いかける。最終的に二軒先の靴屋の前で男の子が転び、泣き出した。

「祐樹!なんで鍵を盗んだの!」

 女性は男の子を叱る。靴屋の店主が心配そうに見守っていた。男の子は答えようとしない。そこで、坂口が女性の家の前で叫んだ。無駄に通りのいい声で。

「もう隠れても意味がないですよ。それより、祐樹くんが泣いていますよ」

 がちゃがた。家から飛び出してきたのは、男性と少女だった。少女が男の子に駆け寄り、頭を撫でて抱きしめた。

「祐樹、ごめんね!やっぱりあんたには荷が重かったよね」

「鍵はっ、鍵は軽かったの……」

 男性が息を切らせて女性のもとへ。そして頭を下げた。

「美穂、ごめん」

「あなた、何してるの?」

 女性は混乱している。翔太も訳がわからない。一応名乗っておいた。あのう、仲村錠前店の者ですけれども。

「あちゃー。やっぱり駄目だったか。だよね、そりゃそうだ」

 女性は娘にあなたがやったの?と問う。全員ばつの悪そうな顔をした。そして、経緯を説明し始めた。

「ええと、私の誕生日のサプライズの準備をしていたのね?」

「そうです……」

「駄目じゃない、鍵屋さんに迷惑までかけて」

 女性は怒っている。かなり怒っている。これは当分の間お叱りモードだろう。その間、坂口に翔太は声をかける。

「どうして中に人がいるとわかったんだ?」

 坂口はいつもの人間の上にいる、みたいな顔で言う。

「僕にはわかるんですよ」

「なんじゃそりゃ」

 結局、優しい翔太はお代をもらうことはしなかった。くたびれ損だ。店に戻ると、米田が動物動画を見ていた。翔太と坂口はそれを見て少し癒された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る