第21話 謎の鍵を取り付ける

 何層にも重なる蝉の声。蝉時雨、という言葉があるが、まさしく時雨のようだ。翔太はこの鳴き声が嫌いだ。耳に入ってくるとやる気をそがれる暑さがより一層深まるような気がするのだ。幼いあの思い出の中の日々とは違うのだ。

 さて、仲村錠前店であるが、今日も今日とて寂しく閑古鳥が鳴いている。何も変わらぬ店は、いつも通りぴかぴかだ。ただ夏の太陽にいじめられながら細々とやっている。

「すごいですよ。米田さん、もうレベルアップしたんですか。藤沢さんもびっくりですよ」

 あまり変わり映えのしない店内で変わったことと言えば、米田がスマートフォンを購入したことくらいだ。平和な店内で、坂口と米田が戯れている。実に退屈で素晴らしい日常だ。翔太が求めているものだ。

「米田さん、らくらくフォンじゃなくて本当によかったの」

 米田はゲームを中断して翔太の方を向いた。

「あんまり言いたかないけどね、ださかったんだよ。らくらくフォンはね」

「そういう問題かな」

 坂口がスマートフォンを触りながら器用にせんべいを口に含む。そういえば、米田も器用なのであった。パソコンをカタカタ言わせてブログの更新をせっせとやっているのは誰だ?そう、米田である。

「ああ、実につまらない。……いえ、米田さんと遊ぶのは楽しいのですが。つまらない日々は嫌です。つまりある人生を送りたいものです」

「お前、あるとかないとか言ってるけど、つまりってなんだよ」

「……」

 坂口は難しい目をしてスマートフォンをいじくる。そして、助けを求めるように翔太を見た。そのかまぼこ板には答えはない。ついでに言えばつまりもない。そもそも、謎のつまりとは何なのだろうか。

「事件、聞きます?」

 坂口が翔太によって来る。しっしと翔太は追い返す。効果はない。「聞きますよね、聞いてくださいますよね」「聞かねえよ馬鹿どけ近い」坂口が来てから仲村錠前店はとてもうるさくなったが、最近その度合いがどんどん増していっている。

「事件って言っても、こんな街に事件もくそもあるか」

「萌音さんが学校で赤点をとったらしいです」

「それは事件だ」

 萌音はあれから、時々ここにやってきては翔太に勉強を教えてもらっていた。翔太はその時間を好ましく思っていた。菓子を片手に頭をぐるぐるぐるりと一生懸命回転させる萌音には好感が持てたし、何よりも坂口が黙るのだ。暇ができるとおしゃべり界のまぐろになる坂口が黙るのは好都合である。なぜ彼が黙るのか、その答えを翔太は残念なことに見つけられないままでいる。

「ああ、これ、萌音さんに口止めされていたんだった。失念していました」

「お前でも忘れることがあるんだな」

「どういう意味ですか、それ」

 仲村錠前店は平和である。平和の象徴として称賛されてもいいくらいだ。

「ああそういえば。もう一つ事件がありますが聞きますか」

 翔太は嫌な予感を察知した。ろくでもない怪談話やらを聞かされるのであろう。それは嫌だ。お断りだ。

「聞かない」

「藤沢さんの奥様に聞いたんですけれど」

 翔太は耳をふさいで悪態をつく。無視かよ。坂口の言葉は指の隙間から入り込んでくる。

「パート先のスーパーで、バナナだけをたくさん買っていく客がいるそうです。きっとバナナが主食の妖怪だって話していたんです」

 ぶはっ。翔太が吹き出した。坂口が必死に恐怖心をあおるのが余計面白さを増幅させる。やっぱり仲村錠前店は平和である。ノーベル平和賞をとってもいい。

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