第18話 金庫の鍵を探す

 そして土曜日。いつも通り清潔感のある店内。翔太は米田と茶を片手に話をしていた。坂口は鍵についての本に夢中である。ぽつぽつと雨が降り始めている。坂口が本から壁掛け時計へと目線を外す。そしてふいに立ち上がり休憩に行くと言い出した。翔太はそれを受け入れ、自分も出かけると言った。

 坂口が準備を終えると、外に見覚えのある車が止まっていた。米田の車だ。

「翔太さんはどこに行くんですか。疲れたから温泉、とか言いますか」

 翔太はそっぽを向いた。そして、ぶっきらぼうに言葉を放つ。

「お前と同じところ」

「と、言いますと」

「確か歩いたら五十分かかるんだろ」

「記憶力がいいですね」

 坂口が目を輝かせた。きらきら輝く瞳がまぶしい。翔太はほんのひとかけらだけ嬉しい、と思った。その瞳が嬉しかった。萌音のためにやっているのに。「お前に言われたくない」とだけ言って、坂口を助手席に乗せる。男二人、少し寂しいドライブの始まりだ。

「江戸時代の金庫だってすぐに判別できていましたよね。翔太さんは素晴らしいです」

「俺じゃなくてじいちゃんがすごいんだよ」

「おじい様との思い出を大切にしているのが素晴らしいんですよ」

 そうか、そういうもんかな。適当に相槌を打つ。なんだか恥ずかしくて、坂口のよく響く声が心に直接届いた気がした。雨音に耳を傾ける。祖父の姿が、遺影ではない笑顔が、そばにいる気分になった。翔太は坂口に感謝した。照れ臭かった。坂口はその感謝を簡単に、しかし大切そうに受け取った。さあ、萌音の家だ。

「はーい……。って、翔太さんと、坂口さんじゃないですか!」

 たいそう喜んで二人を迎えた萌音。そのはにかみは子供らしく、とても気持ちのいいものだった。翔太は安心した。この顔が見られてよかった。

「翔太さんも来てくれたんですか」

「ご両親に挨拶していないしね。今日は、そうだな……。友達」

「友達?」

「友達として来たって感じかな。大きいお友達」

 萌音が飛び跳ねる。翔太は自分に苦笑した。ちょっと無理があるかな。けれど、心はすっきりしている。

「両親、どっちもいないので。おもてなしできませんがよろしくお願いします」

「お忙しいんだね」

「はい。でも、鍵探しの許可は出ています」

 くすくすと笑う萌音。祖母のことを思う気持ちは計り知れない。ここにいる三人の想いはひとつだ。それが心地よくて、不思議な感覚だ。鍵探しの始まりを告げたのは萌音だった。はじめましょう!そう耳なじみのいい声で言って、楽しそうに、跳ねるように廊下を歩くのであった。

「翔太さん、ここら辺古そうですよ!あ、枝豆!」

 萌音は楽しそうだ。枝豆という謎のワードに首をかしげていると、萌音がぴょんぴょこしながらそれを持ってきた。確かにそれは枝豆の形をした金属製のなにかで、おくしくなって二人で笑った。

「この鍵はどうでしょうか」

「うーん、あわないな。それは違う」

「こちらにも鍵がありましたよ。僕を褒めてください」

「褒めたいところだが、それはおもちゃの鍵だ」

 鍵探しは当然のごとく難航した。翔太は祖父に思いを飛ばす。どうか助けてくれ。すると、祖父の言葉がよみがえってきた。探せば鍵は、そこにある。江戸時代の金庫。ああ、簡単なことだった。

「見つけた」

「え?どうしたんですか」

 翔太は鍵を探した。

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