第16話 金庫の鍵を探す

 もうすぐ萌音の家だ。坂口に声をかけなければ。きっと彼は眠りこけているはずだから。「坂口、起き」「起きていますとも」「うわあ!」鏡越しに見る坂口の顔は腹立たしいものだった。やっぱり翔太は坂口が苦手だ。確信した。

「萌音さん、シャンプーは何を使っていますか」

「えー。聞いちゃいますか。プリズムっていうブランドの新製品ですよ!知ってますか」

 もちろんですとも。女子高生の話の波に坂口はうまく乗っている。乗りこなしている。ボブカットの黒髪が綺麗な萌音に、シャンプーのことを聞く。ということはやはり、坂口は自身のうねった髪を少なからず気にしているのだろうか。翔太にはそう見える。坂口は自分という存在に無頓着なものだと思っていたから驚きである。それとも、乙女に対するサービス精神が旺盛なだけなのか。カスタマーファーストの精神は大切である。

 そんな平和なドライブも終わりを迎えようとしている。その時、坂口がなぜだか神妙な顔をして口を開いた。珍しく鼻につかない態度であった。

「萌音さんのご依頼は、大きな金庫を開けることでしたよね」

 何かが始まる。そう思ったが翔太には止められない。翔太には運転という大切な任務があるのだ。ただ祈る。余計なことを言うな。怖いことを言うな。絶対だぞ。

「そうですよ、金庫を開けてほしいんですけど、それがどうかしましたか」

「人間はその金庫に入りますか」

 翔太は背中に電撃を食らったのかと思った。そんな感覚だった。人間?何を言い出すんだ、こいつは!

「確かに、入るかも!入るかもしれませんよ!それがどうかしましたか」

「昔にあった事件で、サプライズボックス殺人事件というのが……」

「ねえ、君はアクセサリーとか興味あるかな?」

 坂口に順応してきたとはいえど、危険物は危険なままだ。危険物取扱者の資格を持っていない翔太には扱いきれない。なんとか話を遮ることができた。つまらない話に、萌音は食いついた。そうだ、それでいい。怖い話はごめんだ。背筋は凍らすより伸ばした方がいい。

「アクセサリーショップとかよく行きますよ!髪飾りも好きだけど、耳飾りが好きで。イヤリングもいいけど、やっぱりピアスですよねえ」

「そうなんですか」

 坂口も食いついた。目を静かに輝かせている。静かな夜の湖畔、夜闇を映した水面。坂口の見開かれた黒い瞳はまさにそうだった。坂口は時たまそういう瞳をする。

「早く大人になって、ピアス穴開けたいなあ。そうだ、あなたも開ければいいのに」

「僕ですか。興味深いですね。新たなる世界の匂いがします」

 こいつは何でも鼻で感じ取るんだな。翔太が世界の誰にも内緒でくすくす笑うと、坂口が不思議そうな顔をした。さて、とうとう萌音の家である。ごく普通の一軒家が翔太と坂口を歓迎していた。

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