第15話 金庫の鍵を探す

「店長さんはどうして鍵屋さんをやっているんですか」

 興味津々、という様子で萌音が翔太に尋ねた。バックミラーを見ると、坂口はこの短時間で深い眠りに入っていた。これだから坂口という男は嫌なのだ。だが、面白くもある。

「仲村か翔太でいいよ。そうだな、じいちゃんのせいかな。じいちゃんから引き継いだから」

 じいちゃん、という言葉に反応するかのように坂口のまぶたが動く。こいつはいつも歴史を求めているな。翔太はもはや尊敬していた。自分の祖父が歴史を感じるものと認められているのは、くすぐったいような不思議な感覚である。

「母さんは鍵にまったく興味なくってさ。父さんは婿入りしてきた人だから知識もない。だからたった一人の孫に白羽の矢が立ったわけ」

 くすくす、と愉快な笑いが運転席にまで届いた。萌音はご機嫌だ。坂口もふっと笑ったような気がしたが、坂口の笑みはわかりづらいのでわからない。なにしろ彼は笑い方が下手なのだ。まだまだ坂口という生き物はわからないな、と思いながらバックミラーから目線を外す。すると萌音が尋ねてきた。

「翔太さんのおじいちゃんって、どんな人だったんですか」

「お茶目で面白い人だったよ」

 萌音が目を輝かせる。ばたばたと活発に動く姿は好感が持てた。萌音が聞く。「例えば?」その質問に、翔太は戸惑った。いざ聞かれると、言うことがない。あんなに濃い祖父だったのに。あんなに日々を過ごしたのに。

「両親が共働きだったから、よくじいちゃんに遊んでもらってたな」

 事実を確認するように翔太は言う。これは回想だ。これは事実確認だ。これは追慕だ。

「まだ髪がふさふさだった頃はこいつみたいにくせ毛でさ」

 記憶が少しずつ鮮明になっていく。色がついていく。だが、どこかぼんやりとしていて。曖昧で。

「……いい笑顔をする人だったよ」

 祖父の笑顔が想起される。だが、これは遺影の笑顔だ。生きている笑顔ではない。

「……低い、そうだ、低い声してたんだよ」

 そう言うと、翔太の脳内で祖父の声が再生される。だがこれは父の声だ。坂口の声だとか、客の声だとかも混じっている。合成音声みたいだった。

 なんだか祖父が消えたみたいだった。

(小学生だったあの頃、じいちゃんは本を買ってくれた。あれは面白かった。大声を出して笑い転げた。題名は?)

(高校生だったあの頃、じいちゃんは車で事故をして電柱にぶつかり、田んぼに落ちた。なぜか泥まみれだったのを俺は拭いてやった。相手がいなくてよかった。車は再起不能になっていた。車種は?)

(俺が大人になったばかりのあの頃、じいちゃんは店を頼むといった。お前はまだ半人前だと言われて俺は怒った。じいちゃんはひらりひらりと風に吹かれる柳のようにそれをかわした。あの時、どんな顔をしてた?)

 萌音が不思議そうな顔で見ている。変な汗が出てきたのを、梅雨のじめじめとした空気のせいにした。いやあ、地味に暑いね。それに対して、萌音はそうですねえ、と窓の外のつまらない景色を瞳に映しながら言うのであった。

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