第12話 金庫の鍵を探す
無事にというか満身創痍でというか、とにかく仲村錠前店の一員になった坂口は二級鍵師の資格を取得することを目標としていた。鍵に関して一定以上の能力を持つと認められた者が取得できる資格である。雇ったからには思う存分使い倒してやろうというわけで、坂口にも立派な戦力になってもらわなくてはならない。
「お前にゃ教育をせねばならん」
面倒くさそうに翔太は言う。人の教育とかいう教師の真似事など、翔太はしたことがない。下手な量産型のマニュアル本でも買ってみようかと思うくらいだった。教育、と聞いて坂口が翔太を小さな子供と同じような目で見つめる。晴れの日の真昼みたいな目つき。純情なそのまなざしを翔太は苦手としている。しっし、と手でその熱い視線を追い返す。
「まず、真剣に鍵と向き合え」
「はい、向き合います」
「言っておくが、物理的な話じゃないからな」
坂口が小首をかしげる。今度は犬みたいだった。いろいろを含んでいる笑みで米田に視線を送る。米田は坂口と同じように首をかしげてみた。坂口は右向きに、米田は左向きに。息があっているのかあっていないのかよくわからない光景だ。坂口はすぐに米田にくっついて翔太を翻弄する。悪気はないのが明らかであるから、咎める気が起きない。それに、何を言ったって坂口という絶対的な存在は変わらないのである。意味がないことは極力しないというのが翔太のモットーである。坂口を雇ったことは除外する。君子危うきに近寄らず、と似たものがある。
「それから、これから重要なことを言うぞ。正しい倫理観を持て。倫理に貪欲であれ」
「はい」
「本当にわかっているのか。鍵屋には重要なことだぞ」
真面目なのか不真面目なのかわからない生徒を前に、翔太は脱力した。絶対に教師や塾講師の職にはならない。なれない。廃業した先は、やはりおにぎり屋か。あるかもしれない未来にため息をついた。
「あとは……そうだな。探せば鍵はそこにある」
「どなたの言葉ですか、それは」
ああ、面倒くさいことになるな。翔太は直感した。どうしようもないので語り始める。
「俺のじいちゃん。この店を引き継ぐことになった元凶だよ」
「おじい様でしたか!いいですね、歴史のいい匂いがします」
するのは加齢臭だけだったぞ。その言葉をごくりと飲み込む。祖父に怒られる気がしたのだ。おお祖父よ、おにぎり屋に心を奪われている俺をお許しください。心の中で翔太は祖父に懺悔した。一方坂口は歴史の放つフレグランスを鼻腔いっぱいにためている。
「あとは俺の経験から言わせてもらうと、店の前で立ちすくんでいる人にはかかわらない方がいい」
「じゃあ、あのお嬢さんは無視していいんですね」
メモしておきます、と坂口がリュックサックをあさり始めた。しずくのチャームが揺れる。翔太の脳はショートした。慌てて聞き返す。「今、なんて言った」
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