第21話完全勝利
「氷崎、ルールを説明してやれ」
「はい、鬼頭コーチ。ルールは25000点持ちの30000点返し。ダブロンなしで頭ハネになる。飛びはなしで南四局終了まで必ず行われる。こんなところか。他にもあるが、学生大会を打ってきたお前なら大体わかるだろ?」
「ええ、問題ないです。順位点はどうなります?」
「どうします、鬼頭コーチ?」
「リーグ戦や団体戦じゃないんだ。なしでいいだろ。この一半荘の点数のみで決する」
「わかりました。同卓者は?」
「氷崎と七瀬だ」
女子部員で固めてきたか。
こちらの挑戦を受けてくれたんだ。
しょうがないだろう。
「氷崎先輩や七瀬先輩が勝った場合はどうなります?」
「私とお前のどちらの順位が上かどうかというだけだ。氷崎と七瀬の順位は関係ない」
「わかりました」
俺にルールを説明してくれたのは、女子部部長の氷崎先輩。
中学では個人、団体ともに上位ランカーだった。
男子部と女子部で分かれていたので打ったことはないが、嫌でも気になる存在だった。
鬼頭コーチに影響されているのか、雰囲気や表情、口調までそっくりだ。
「まあ、ルールを説明したところですぐ無駄になるがな。お前が惨敗して終わりだ。麻雀は実力が如実にでる競技だ。長らく辞めていた人間が勝てるほど甘くはない」
「そうですかね? 麻雀は運の要素も強い。終わってみないとどうなるかわかりません」
「ふん、たわ言を。麻雀は実力が全てだ。運で勝てるほど甘くはない」
中々強めの主張をお持ちだ。
これが強豪校のコーチということか。
「よろしくね、風間君」
俺に微笑んでくれたのは副部長の七瀬先輩だ。
七瀬先輩も氷崎先輩同様、中学の上位ランカーだった。
鬼頭コーチに影響されて表情がきつい女子部員の中で珍しく穏やかそうな人だ。
「では、始めるか」
起家は鬼頭コーチ。俺から見て下家。
南家は氷崎先輩。俺から見て対面。
西家は七瀬先輩。俺から見て上家だ。
配牌がきた。悪くない。
「こう来たか。そうか、くくく」
鬼頭コーチはなにやら薄ら笑いを浮かべている。
嫌な空気だ。
「リーチ!」
「!」
ダブルリーチか。
なるほど、それで不気味な笑いを浮かべていたのか。
配牌の時点で勝ちを確信していたということか。
河には何も情報がないが、一巡目、氷崎先輩と七瀬先輩は放銃しないですんだ。
ただ、この勝負は俺と鬼頭コーチのどちらかの順位が上かだけだ。
コンビ打ちをされて、わざと振り込まれたら俺にはなすすべもない。
そして河にはほとんど情報がないので、何を切っても当たる可能性がある。
ただ、高速リーチは愚形率が高いと一般的には言われているので、巡目が進んだリーチよりは形が悪い可能性が高い。
だが、油断は禁物だ。
慎重に字牌を切る。
「ふん、命拾いしたか」
当たり牌ではなかったようだ。
二巡目も氷崎先輩と七瀬先輩は放銃しなかった。
そして、何の運命のいたずらか俺もテンパイした。
リーチするためには、ど真ん中の牌を切らなけらばならない。
「リーチ!」
俺は何の躊躇もなくリーチした。
こんなことで日和っていたら麻雀にならないからだ。
「追っかけリーチだと……」
俺の切った牌は当たり牌ではなかった。
鬼頭コーチは山から牌をツモってくる。
当然だが、リーチを宣言しているのでツモ切らないといけない。
「ロン、8000!」
「何だと!?」
一発放銃だ。
俺の当たり牌を鬼頭コーチは掴んでしまった。
「くっ……!」
鬼頭コーチは投げるように俺に点棒を渡す。
俺も追っかけられて一発放銃は嫌な気分になるが、マナー的にはどうなんだろう。
東二局。親は氷崎先輩だ。
一巡目、二巡目と何ごともなく進んでいく。
三巡目がやってきた。
「リーチ! 今度はさっきのようにはいかんぞ!」
鬼頭コーチがリーチした。
東一局のダブルリーチは完全に運だが、三巡目リーチは恐らく牌効率の間違いなさからだろう。
氷崎先輩、七瀬先輩ともに放銃せずに俺に巡目がやってくる。
そして、またしても同じようなシチュエーションがやってきた。
「リーチ!」
俺は危険牌など知ったことかとリーチを宣言する。
「ちっ……忌々しい奴だ……」
今回も当たり牌ではなかったようだ。
鬼頭コーチは山から牌をツモってくる。
「ロン、8000!」
「な! 連続で追っかけ一発放銃だと!」
連続追っかけ一発放銃放銃なんて滅多にあるもんじゃない。
俺はほとんど経験がないが、結構メンタルにくるだろう。
「ちっ! クソが!」
またしても鬼頭コーチは点棒を投げるように渡してきた。
東三局。親は七瀬先輩。
一巡目から三巡目まで特に何も起こらず。
四巡目になった。
「リーチ! はぁはあ……今度こそ……今度こそ」
最初こそ余裕があった鬼頭コーチだが、ほとんど余裕がなくなってきた。
本来ならリーチをしている側がイニシアチブを握るはずなんだが。
俺の巡目がやってきた。
またしてもこんなことが起こるなんてな。
「リーチ!」
またしても俺は危険牌を切ってリーチした。
「く……何度も何度も……なんなんだお前は……」
鬼頭コーチは忌々し気に山から牌をツモってくる。
その牌を河に捨てた時だった。
「ロン、8000!」
「ふ……ふざけるな! こんなことが認められるか! こんなものは麻雀ではない! さっきから運だけではないか!」
確かに不運が続きすぎた。
同情もする。
だが、鬼頭コーチは言ってはならないことを言った。
自らの発言と矛盾することを。
「鬼頭コーチが最初に言ったんですよ? 麻雀は実力が全てだって。それをなかったことにして認めないですって? だったら初めから勝負を受けなかったらよかった。負ける可能性があるから勝負を受けないって」
「く……クソが……なんて忌々しいガキだ……よかろう、大人の恐ろしさを教えてやる!」
局が進んでいく。
それから俺はアガり、氷崎先輩と七瀬先輩もアガった。
だが、鬼頭コーチはアガれないままオーラスがやってきた。
「ツモ、24000」
「く……」
アガり止めルールがないので局は続くが、完全に決定打だ。
ここから逆転するには役満を何度かアガるしかない。
だが、俺はそれを許すわけがない。
のんびり相手が役満をテンパイするまで待ってやるほど俺は優しくない。
「ロン、1000」
最後は氷崎先輩が七瀬先輩に放銃した。
二人とも鬼頭コーチをサポートするかと思ったが、それは杞憂で正々堂々と打ってくれたのだ。
示し合わせはなかったのだろう。
そして。
「終局ですね」
俺の完全勝利だ。
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