第20話入部?

「風間君、本当に行くのかい?」

「凄い度胸だね……」


 田所弟と北川部長は俺を不安そうに見つめている。


「ええ、何か目的があるのなら全てやってみると決めているので」

「お前、変わった奴だな。普通はあの鬼コーチに物申すなんてできないぞ」

「話してみればいい人かもしれないですよ。では、行ってきます」


 三人の不安そうな視線を背に、俺は女子部のフロアを進むことにした。




「初めまして、鬼頭コーチ。少しお時間よろしいですか?」

「ん? 何だ、お前は?」

「一年の風間と申します。鬼頭コーチと話したいことがありまして、少しだけお時間いただければと思います」

「ほう、天才麻雀少年か。その天才麻雀少年が何の用だ?」


 天才麻雀少年はやめてほしい。

 なんでどこに行ってもその二つ名で呼ばれるんだ。


「男子部に麻雀卓を使わせていないという噂を聞きつけまして。何とか使わせていただけないでしょうか?」

「ん? 何でお前がそれを頼みにくる? 麻雀部に入部したのか? 私は男子部の顧問も兼任しているが、聞いていないぞ」

「いえ、そういうわけでは……」


 確かに理由を訊かれたら困る。

 親切心というのもあるが、単に興味本位で首をつっこんだのも否定できないからだ


「入部もしていないのに男子部の問題に首をつっこむのか? ますますわけがわからないぞ」

「麻雀って座学だけでは強くなれないじゃないですか? 麻雀卓を使わせてあげてもいいんじゃないですか?」

「だから何でそれをお前が言う? 関係ないだろ?」

「麻雀に携わる者として気になったからです」


 適当な理由をでっち上げてみた。

 かなり無理があるが。


「携わる? お前は部活もしていないし、麻雀活動も引退したのだろう? 当時は話題になったな」

「部活はしていないのですが、最近は仲間内で打ってます。麻雀を再開してから、男子部の噂を聞きつけてやってまいりました」

「ほう、風間プロと打っているのか。いや、今は元プロか。だが、その願いは聞き届けられないな」


 鬼頭コーチ、俺と兄貴のことについて詳しいな。

 なんでだろ? って言ってる場合か!


「どうしてでしょう?」

「実力のない者には麻雀卓は使わせられない。この世は弱肉強食だ。実力のない者に卓を使わせるくらいなら、女子部で使ったほうがいいだろう」


 なるほど、そういうことか。

 その言葉を俺は待っていた。


「逆に言えば、実力があるのなら使わせてもいいということでしょうか?」

「まあ、そうだな。だが、男子部にそこまでの実力があるとはいえないが」

「じゃあ、僕が鬼頭コーチに麻雀で勝ったら、男子部に麻雀卓を使わせてもらえますか?」

「ほう……そうきたか……」


 鬼頭コーチは眉間に皴がよっている。

 当然だろう、元プロがこんな若造に挑発されたのだから。

 だが、俺も手段を選んでいる暇はない。


「だが、無関係な者がそれを言うのは筋違いだろう? 麻雀部に入るというのなら話は別だが」


 確かにそうだ。

 無関係な者が麻雀部のコーチに勝負を挑むのは変だ。


「わかりました。麻雀部に入部します」


 ここは嘘でも言わないといけない。


「おお、風間君! 入部してくれるか! 君が入部してくれるのなら百人力だ」

「風間君、入部してくれるんだね。有名人と一緒に打てるなんて僕は嬉しいよ」

「ふふ、口が滑ったな。面白いことになったじゃないか」


 いつの間にか三人が付いてきていた。

 待ってくれているとばかり思っていたのに。

 この場を取り繕う嘘だったのに聞かれてしまった。

 町田先輩だけは俺の意図に気付いているみたいだ。


「北川、これはお前の指金か?」

「え、えっと……」

「どうした? 答えられないのか?」

「僕が風間君に頼みました。全ての責任は僕にあります!」


 北川部長、急に変なこと言い出した……。

 俺が頼まれたのは田所姉弟なのに。


「そうか。では、お前の首をかけるのなら勝負を受けてやろう」

「わかりました」


 なんか俺の意図しないほうに話が進んでるんだけど。


「ちょっと、待ってください、北川部長! 麻雀卓を使わせてもらうのと、北川部長の首ではつり合いが取れませんって!」

「いいんだ。僕は今年で引退だからね。それより僕が在籍しているうちに、新入生に麻雀卓を使わせてあげたい」

「北川部長……」

「北川、引退が早まったな。北川はこう言っているが、どうする、天才麻雀少年? さきほどの言葉を取り消してもいいぞ。その代わり、土下座をしてもらう」


 俺の土下座で北川部長の首がなくなるなら安いもんだ。

 でも、俺の中になにか譲れないものがある……。


「風間君、僕のことなら気にしないでいい。君の好きなようにしたらいいんだ」

「わかりました……。鬼頭コーチ、勝負を受けてもらえますか?」

「いいだろう。怖い者知らずの若者に現実を突きつけてやろう」

「ありがとうございます。ですが、現実を突きつけられるのは貴方だ、鬼頭コーチ! 貴方を完膚なきまでに叩き潰します!」

「ふ……ふふふ……そこまで勘違いしているとは面白い……あぁ! 腹が立つ、クソガキが! 格の違いを思い知らせてやるよ!」


 鬼頭コーチの怒りは最高潮に達している。

 だが、不思議と怖くない。

 麻雀は冷静さを失ったものが負けるからだ。

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