第19話男子麻雀部

「こっちだよ」


 放課後、田所弟に麻雀部がある部屋に連れてきてもらった。


「おい、香坂! 腑抜けた打牌をしてるから一年に抜かれたんだぞ! 甘い考えなら辞めてしまえ!」

「申し訳ございません、鬼頭コーチ……頑張りますので見捨てないで下さい……」


 女子部には大量の卓が並んでいる。

 その誰もが鬼気迫る迫力で麻雀を打っているのだ。

 フロア中に鬼頭コーチの怒号が響き渡り、生徒たちは戦々恐々としている。


「凄いよね、あれ……僕には無理だよ……」

「ああ、凄い形相だ。何をそんなに追い詰められてるのやら」


 鬼頭コーチは今にも女子部員たちを殴りだしそうな勢いで𠮟責していた。

 SNSが発達した現代では大問題になり、暴力を振るうとすぐに解雇されそうだが、本人もそれだけは自覚しているのか、そこだけは守っているようだ。

 まあ、暴力を振るってないにしてもパワハラがえぐすぎた。


「それにしても広いな」

「うん。教室三つ分使ってるからね。それだけ女子部に対する期待が大きいんだと思うよ」

「なるほどな」


 多額の予算の投入と、鬼コーチの存在、精神論。

 俺の昭和のスポコンのイメージそのままが目の前にあった。

 それら全てを否定することはできないが、実際に目の当たりにすると引いている自分がいる。


「さっきも言ったけど、男子部は女子部と正反対だよ。扱いが違うんだよね」

「それは楽しみだ」

「こっちは全然楽しくないんだけど。あ、もうすぐだよ」


 女子部のフロアを進んでいくと、田所弟が指をさした。

 だが、そこには麻雀を打っている者どころか、パーティションがあるだけで人すらいなかった。


「ん? ここが男子麻雀部? 卓は置いていないことは聞いていたけど、何もないぞ」

「ああ、パーティションの内側だよ」

「ああ、そうか」

「お疲れ様です、北川部長。ちょっと人を紹介したいんですけどいいですか?」

「ああ、いいよ。もしかして入部希望かな?」


 フロアの隅にパーティションが置いてあるので、その内側に人がいるなんて思ってもいなかった。

 目の前には穏やかで人当たりが良さそうな人がいた。


「こちら、風間君です」

「初めまして、風間清人です。よろしくお願いします」

「え? ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 風間君! 風間清人君じゃないか! 天才麻雀少年の! 僕はよく見ていたよ、TVやネット配信で。ファンなんだよ、君の」

「は、はぁ……」


 第一印象は穏やかな人だと思ったが、意外とテンションが高かった。

 そして、天才麻雀少年はやめてほしい。


「ああ、すまない。それでその風間君がどのような要件でうちの部に? もしかして入部希望とか? はは、まさかね」

「それについては僕から説明させてもらいます」


 田所弟は北川部長に俺がここに来た経緯を説明した。

 田所姉が俺に男子麻雀部のことで相談していたこと。

 田所弟が大会で麻雀を打ちたいので、なにか出来ることがあるか探るために偵察に来たこと。


「なるほどね。風間君、君は大胆だね。あの鬼頭コーチに見つかったらただではすまないと思うけど」

「別に悪いことをしているわけではないので、向こうが何か言ってきたとしても堂々としてればいいんです」

「そうか、確かにそうだね。君の言う通りだ。実は僕も心苦しいと思ってたんだ。新入生に麻雀を打たせてあげられなくて。でも、怖くて鬼頭コーチに何も言うことが出来なかったんだ。部長失格だろ?」

「北川は何も悪くない。悪いのは鬼頭コーチだ」

「町田……」


 そう言ったのは、麻雀本を読んでいるクールな印象の眼鏡をかけた男性だ。


「嫌がらせとしか思えないがな。俺たちに何の恨みがあるんだか……」

「紹介が遅れたね。こいつは町田、副部長だ。町田、彼は風間君だ。風間清人君」

「聞こえてたよ。こんな狭いところなんだ。話は筒抜けだ。元天才麻雀少年か。話をこじらせて余計酷いことにならないといいがな」

「町田先輩、よろしくお願いします。これ以上酷いことになりますかね?」

「ふふ、確かにな。麻雀部が麻雀を打てないなんてこれ以上の屈辱があるか。麻雀部じゃなくて麻雀本読み部だ。お前、面白い奴だな。そこまで率直にいう奴は初めてだ」


 麻雀で座学は大事だ。

 だが、実際に打つことで気付くことも多々ある。

 それを封じられているのは正直きつい。


「町田先輩は麻雀を打ちたくないんですか?」

「打ちたくないわけないだろ? 親が弁護士になれなんて言うから進学校の翆玲館に入ったはいいが、ストレスが溜まるばかりだ。ストレス発散でネット麻雀にハマってから、リア麻でもやってみようかと思ったらこの惨状だ。くそったれとしか言いようがないな」

「確かにくそったれですね。麻雀が打てないなんて」

「おい、ついて来い」

「はい」


 俺と町田先輩はパーティションの外に出た。


「おい、谷! 腑抜けた打牌をするなと言ってるだろ? 何回言わせれば気が済むんだ!」

「申し訳ございません、鬼頭コーチ……」


 相変わらず鬼頭コーチの怒号は響き渡っている。

 わざわざパーティションの外にでるまでもなく。


「な? くそったれだろ? おちおち座学もしてられない。あの鬼婆の金切り声を聞かされてたら」

「確かにですね。あの人が男子部に麻雀を打たせない人ですか」

「ああ」

「でも、頼んだら使わせてくれるかもしれないですよ?」

「お前、正気か? あれを見てもそう思えるのか?」

「意外と良い人かもしれないですよ? 話せばわかってくれるかもしれないです。じゃあ、僕、鬼頭コーチに話してきます」

「ちょ……お、おい」


 俺も鬼頭コーチが良い人なんて微塵も思っていない。

 飄々とした様子を装うことで余裕があるふりをしていたのかもしれない。

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