第16話バカ兄貴
「いらっしゃい」
帰宅すると兄貴がいた。今日は休みのようだ。
「お久しぶりです、智史さん」
「久しぶり、芽衣ちゃん。綺麗になったね?」
「ちょっと……恥ずかしいです……」
兄貴は女性に対して躊躇なくこういうことを言ってしまう。それが女性を呼び寄せてるなんて本人は全く気付いてないけど。
「兄貴、セクハラだぞ?」
「そうなのか? いかん、いかん。ジェネレーションギャップでやつか。気を付けないとな」
「いえ、私もびっくりしすぎてすみませんでした……」
「迷惑なら迷惑って言っていいぞ。兄貴はこういうキャラだからな」
「大丈夫。智史さん、和ませようと思って言っただけだと思うから」
「そうそう。悪気がないのがたちが悪い。患者さんにも言ってそうだな」
「言ってない……って否定できないのが辛い。褒めてるつもりでもセクハラになるんだな。気をつけないと」
「セクハラっていうか、勘違いさせてるのが罪深いんだけどな」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない」
「あ、あの……」
やばい。完全に田所さんそっちのけで話をしていた。他所の家族の話をどんな顔して聞いてればいいんだよ。地獄だろ。
「同級生の田所さんだ。遠藤と同じで麻雀部に入ってる。こっちはもうわかると思うけど、俺のバカ兄貴だ。これでも医者をしている」
「田所和葉です。よろしくお願いします。お医者さんなんですね? 凄いです」
「バカ兄貴です。よろしく。全然凄くないって。まだまだ半人前だよ」
「性格は終わってるけど、賢いのだけは尊敬するよ」
「だけって何だ? だけって?」
「ふふ、仲が良いんですね、兄弟」
「最悪、って言いたいところだけど、仲が良すぎて困ってる」
「確かにな。俺たちほど仲が良い兄弟はいないだろう」
「まあ、気持ち悪いな」
「ああ、気持ち悪いな」
「はは……」
「ちょっと、和葉が引いてるって」
つい、兄貴のノリに引っ張られてしまった。このままでは俺のキャラが壊れてしまうので気を付けないとな。
「ん?」
キッチンのテーブルに目を向けると、料理が並んでいた。
「誰か今日も来てるのか?」
「いや。今日は俺が作った。二人も食べるといい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ご馳走になります」
久しぶりに兄貴の飯を食う。肝心の腕前はというと……。
「美味しい! 美味しいです! 智史さんって料理上手なんですね」
「本当。美味しいです」
滅茶苦茶上手だ。いつも飯を作りに来てくれる女性の中には、兄貴に料理を学びに来ているなんて人もいるくらいだ。
「そうだろ、そうだろ? 沢山食べなさい」
「はい、いただきます」
考えてみると兄貴って超高スペックだなって実感させられる。高学歴、高収入、見た目もいいし、料理もできる。異次元過ぎる鈍感さも他の人間だったら短所になるが、兄貴だったら魅力に映ることもある。
いつか誰か一人に絞らないといけないのに、それも気付いてないところが罪深すぎる。
その純粋さが人を惹きつけてるんだろうけど。
「ふ~、美味しかった。ごちそうさまです」
「お粗末様です。ところで、二人は麻雀部の方はどんな感じ?」
「そうですね、最初は……」
遠藤は麻雀部での普段の活動を話し始めた。
最初は全然付いていけなくて、ランキング100位圏外だったこと。首になるかもしれないから俺に麻雀を教えてもらうことにしたこと。まあ、これは既に兄貴も知ってるんだけど。
周りからは最初、ルールもよくわかっていない初心者って陰口を叩かれていたこと。勝てるようになってからは、周りがわかりやすいくらいに手のひら返ししてきたこと。
なるほど、以前麻雀部での話を俺にしないのは訊かれなかったからだと言っていたけど、陰口叩かれていたことをつい喋ってしまって、俺を心配させまいとしていたってことか。
そういうことを相談されることを想定していたけれども、既に二人は乗り越えてきたってわけか。弱音も吐かずに。
「大変だったね」
「大丈夫です。麻雀上手くなりたかったですから」
「それにしても、そこまで結果出せたってことは相当頑張ったんじゃない?」
「優秀な先生が付いていますから」
「よ! 先生!」
「からかうなよ」
「いや、本当に褒めてるんだぞ。お前は最初から出来るって確信していたから」
「確信? 何で?」
「天才麻雀少年だから。いや、元天才麻雀少年か」
「やっぱり、からかってるだろ?」
「からかってるのは認めるが、確信していたのも事実だ」
「からかってるんかい! でも、改めて何で確信していたんだ?」
「お前が理論派だからだ。いつも人の麻雀見てはぶつぶつ言ってたからな。感覚派だと自分の麻雀を言語化するのは難しいが、理論派だとそれが出来ると俺は考えたんだ。実際上手くいっただろ?」
「俺、人の麻雀見ていつもぶつぶつ言ってたのか。恥ずかしいな。確かに俺は理論で麻雀を打ってると思う。最初に感覚で打って上手くいかなかったら、自分の感覚より理屈を大事にするようになった気がする」
「凄いなって思うよ。私なんてこの場合だったら、こっち切るか? いや、こっち切るか? くらいしか考えたことないのに、こういう理由だからこれを切るってのを、全部言語化してたよ。やっぱり、打つのが上手い人は教えるのも上手なんだね」
「待て待て、褒めすぎだろ! 俺、今日死ぬのか? 本人目の前にして褒めまくられてるのを、どういう顔して聞けばいいんだよ!」
「技術だけでなくて、メンタルケアもしていただきました。安牌持ちすぎて全然アガれない私にアガれた時の楽しさを教えてくれました。そのおかげで楽しく麻雀が打てるようになりました」
「田所さんまで! 俺、何もしてないって! 本人の努力だろ? 褒められるのがこんなにくすぐったいことだと思わなかった」
「清人、お前はよく頑張った。二人の様子を見ているとわかる」
「何か、死ぬ前にかけられる言葉みたいだな。いや、死んだ後に棺の前でかけられる言葉じゃないか。まあ、俺なんかでも誰かの役に立ったのなら嬉しいのは事実だけど」
「まだ死なないでよね。まだ教えてもらわないといけないこと一杯あるんだから」
「私もまだまだ教えてほしいです」
こんな会話を出来るのもある意味幸せなのかもって思う。結果が出てなかったら、こんなに馬鹿な話も出来ないからな。
最初はこのやり方で大丈夫か? って自問自答しながら教えていたけど、間違ってはいなかったようだ。
これから大変なこともあるだろうけど、今は充実した気分を味わっていたい。
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麻雀基本ルール・用語解説
点棒の種類
100点棒 五本 白
500点棒 一本 緑
1000点棒 四本 青
5000点棒 二本 黄
10000点棒 一本 赤
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