第8話守備力
今日は帰宅すると別の女性が飯を作りに来てくれている。多めに作ってくれていたので二人も一緒に夕飯を摂ることになった。
その女性は麻雀が得意ではないらしいので、俺の部屋で三人でネット麻雀を打つことにした。
「やっぱり普通じゃないって。いつも別の女性がご飯を作りに来てくれてるんでしょ?」
「そうなのかな? もう慣れてわからなくなった。兄貴の気を惹きたい女性たちが、ポイント稼ぎのために来てるんだ」
「お兄さん、モテモテじゃない。あんたとは天と地の差ね」
「ほっとけ」
「でも全くモテないってわけでもないのよね」
「ん? 何か言ったか?」
「ん~ん、何でもない」
「それじゃあ、始めるか。二人はアカウント持ってる?」
「持ってるけど、あんまり成績見せたくない」
「私も」
ネット麻雀では個人の成績が詳細に記載されている。どのくらいの級や段だったり、何位をどのくらいの確率で取っているか、どれだけ和了れたかの指標の和了率、どれだけ振りこんでいるかの放銃率といった全てのデータを見ることが出来る。
「まだ始めたばかりだからな。気にすることないって」
「そ、そうなの? 見ても笑わない?」
「ああ」
遠藤は七級で、和了率は18%、放銃率は18%だった。放銃率は高めだが、一般的なベタオリを知らない初心者といった感じだ。
驚くべきは田所さんの成績だ。九級で、和了率0%、放銃率3%という見たこともない成績なのだ。
守備的過ぎて全くアガれていない。放銃率は一桁でもかなり少ない方なのだが、3%という数字は見たことがない。
放銃率0%は麻雀ではあり得ないと言われているが、それはダマテンといってリーチしないでテンパイしている人に放銃することがあるからだ。0%でないにしても、3%は異常すぎる数値だ。
「どう?」
「想定通りだ」
「私はどうです……? まったくアガったことがないのですが……」
「改めて守備的だということがわかった。こうしてデータで見せつけられると実感するよ」
「想定通りって何よ? 結局どうしたらいいの?」
「そうだな、牌効率の精度を上げて、先手必勝でアガりまくることだな」
「私はどうしたらいいですか?」
「前にも言ったけど、テンパイに向かって真っすぐ進んでほしい。放銃しなければ他家が潰しあっていつの間にか2位になってることもある。でも、それだと1位にはなれないからな。ネット麻雀特有のラス回避ルールだったら、2位でもそれなりのポイントが入るから悪くはないけど、今後、級や段位が上がるときつくなってくる。自分で点棒稼いで順位を上げる方がいいと思う」
「牌効率の精度上げるのはどうしたらいいの?」
「何切る本を読めばいい。後は牌譜検討だったな。ここはこれを切るべきじゃなかったとかいうのを繰り返していくと精度が上がる」
「何切る本か……私も早くアガるために読みます」
「それと俺も牌譜を見てアドバイスする。そのために今から打とう」
俺たちが使用するアプリは雀鳳だ。かなりの人気で老若男女問わず愛されている。不特定多数を打つ段位戦や、仲間内で打つ友人戦が用意されている。
今日はCPUを交えて四人麻雀の友人戦を打つことにした。
『ロン。8000』
遠藤はCPUに振り込んでしまった。そのCPUも俺に振り込んで飛び終了した。先ほど打った局の牌譜検討を俺たちはしている。
「また~。もう嫌だよ~」
「遠藤には先手必勝でアガれるようにアドバイスしたけど、あまり放銃し続けるのも気分が良くないよな? そろそろ守備を覚えるか?」
「覚える、覚える。もう嫌だよ、点棒取られるの……」
「わかった。これから一通り説明するから、わからないことがあったら訊いてくれ」
「ラジャー!」
「現物はわかるか?」
「リーチした人が自分の河に捨てた牌でしょ?」
「お! わかってる。正確にはダマテンとか、鳴いてる人とかも入るんだけど、その認識で大丈夫だ。じゃあ、フリテンは?」
「フリテンか~、難しいんだよね~。さっき言ったみたいに、リーチした人は自分の河に捨てた牌でロンアガり出来ないでしょ?」
「そうだ。ツモアガりは出来るけどな。例えば、さっきCPUが四筒を捨ててたよな? だったら四筒を切れば絶対にロンされることはない」
「うん。それはわかる」
「それと一筒も比較的安全だ」
「一筒?」
「相手が四を両面待ちで欲しいとして何の牌があると思う?」
「え~と、二三って持ってて一四待ちかな? それと五六って持ってて四七待ちかな?」
「ああ、合ってる。そして、相手が四を切ってるだろ? フリテンは両面の相方を捨てていたらその牌もロン出来なくなるんだ。この場合、四筒の相方は一筒だな」
「じゃあ、この場合一筒は絶対ロンされないの?」
「される可能性はある」
「え? 今安全って言ったじゃん?」
「言ってないぞ。比較的安全と言ったんだ。フリテンのロンアガり禁止は両面の話だ。単騎とかシャンポンには当たる」
「じゃあ、危ないじゃん」
「そうとも言い切れないぞ。単騎だったら最大の待ち枚数は3枚、シャンポンだったら4枚だろ? 両面だったら8枚だ。両面で待った方が確立が高いだろ? だから麻雀では両面で待った方がいいというセオリーがある」
「じゃあ、完全に安全と言っていいじゃないの?」
「いや、言えないな。比較的安全だ。例えばこの場合、七対子をテンパイして自分の河に四筒が切られているから、一筒で待ってやろうって相手が思うかもしれない。七対子の待ちは必ず単騎だからな。スジ引っ掛けってやつだ」
「卑怯ね……」
「いや、そうでもないと思うぞ」
「え?」
「麻雀に限らずゲームってものは勝つためにやるんだ。ルール違反でない限り勝つためのことは何でもするべきだ」
「じゃあ、現物ばっかり切ってれば安全じゃないの?」
「確かにな。それをしておけば放銃率はかなり下がる。でも現物はいつかなくなるし、その一筒を切ればテンパイして押し返せるとしたらどうだ? 自分の手にドラ一杯で跳満とか倍満確定の手で諦められるのか? 12000点とか16000点の手だぞ? 親だったら18000点とか24000点だな」
「う……確かに……それだけの手が入ってれば、そのくらいのリスクは冒していいかも……」
「そんな都合のいいシチュエーションは中々やってこないがな。でも珍しいシチュエーションだからこそチャンスは逃したら駄目だ」
「確かに。じゃあ、自分の手が安かったら?」
「オリればいい。現物があるのなら切ればいいし、ないのなら一筒くらい切っても問題ない。当たったら運が悪かったと思えばいいさ」
「今思い出したんだけど、テンパイしてたら押す、二シャンテンならオリって先輩たちが話してたのが聞こえたのよね。それはどうなの?」
「間違ってはないと思う。テンパイしてたら押すっていうのは当然の話だ。チャンスが目の前に転がってるんだし。テンパイしてたら押す、二シャンテンならオリってのはよく聞く話だけど、絶対ではないと思う。押して相手の高い手に放銃したら目も当てられない。でも、自分がアガって相手の手を潰すってのも一つの考え方だ。結局答えは誰にもわからないから、自分ならどうするかって考えるのが大事じゃないかな」
「勉強になります」
「そうか? 田所さんは守備力高いからあまり役に立たないと思ったけど」
「私、リーチ来たら現物とか字牌切ってオリちゃうんですよね。押し返す勇気が出てきました」
「そうか、アガれるといいな」
「はい」
守備力ってのは相手に点棒を渡さないだけじゃなく、押し返す勇気を与えるものなんだと教える立場になって気付かされたのだった。
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麻雀基本ルール・用語解説
待ち 麻雀の待ちはテンパイしてからアガリ牌を待っている状態の形。目的の牌をツモってくるか、他家が捨てた牌が当たり牌ならアガることが出来る。
待ちの種類
両面待ち 横に繋がった階段状の牌(両面ターツ)を二枚持っていて、両隣の牌を待っている状態。例えば、四五を持っていて、三六を待っている状態。待ちの種類は二種類なので、最大で八枚の待ちになる。
カンチャン待ち 階段状の真ん中の牌を待っている状態。例えば四六を持っていて、五を待っている状態。待ちの種類は一種類で、最大で四枚の待ちになる。
ペンチャン待ち 一二と持っていて三を待っている状態、又は、八九と持っていて七を待っている状態。待ちの種類は一種類で最大四枚の待ち。
シャンポン待ち 対子が二組あって、どちらか一方がくれば対子と雀頭になる形。待ちの種類は二種類で、最大四枚の待ち。
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