第7話弱点
放課後になって二人を自宅に招いた。
「清人が引っ越してから初めてくるけど、凄いところね。こんな綺麗なところに住んでるなんて。やっぱり医者って儲かるのね。結婚相手は医者がいいな」
「そうか? 確かに最初は凄いところだと思ったけど、もう慣れた。兄貴は止めた方がいいぞ。競争が激しいからな」
「そうなんだ? 確かにお兄さん、カッコいいもんね。清人は医者になるの?」
「当然。麻雀は復帰するけど、医者の夢は諦めたわけじゃないからな」
「ふ~ん」
「何だよ、そのリアクションは?」
「別に~」
医者ってやっぱり人気なんだな。確かに収入は良いし、ステータスもある。結婚相手に持ってこいだ。でも、こいつがこんなこと言いだすなんて意外だ。
いつもあっけらかんとしているので、将来のことなんて考えていないと思っていた。
「お帰りなさい」
おもむろに玄関のドアを開けると浅野さんが出迎えてくれた。日によって飯を作りに来てくれる女性は変わるが、今日は昨日と同じく浅野さんだ。
「わ! 何で浅野沙月がいるのよ?」
「本当だ! 本物の浅野沙月だ!」
二人を驚かせてしまった。無理もないだろう。普段TVやネットで見ている有名人が目の前にいるのだから。
「悪い、言ってなかった。兄貴の知り合いなんだ。たまに飯を作りに来てくれている。事前に説明しないと驚かれると思ってたけど、つい忘れてた」
「お兄さん、浅野沙月と知り合いなの!? それに清人のご飯作りに来てくれているなんて普通じゃないって! どういう関係?」
「お兄さん、凄いです!」
「さっきも言ったけど、飯を作りに来てくれるだけの関係だよ」
「そんな関係この世に存在しないって! 何か勘ぐっちゃうじゃん!」
「そういえば私と智史さんの関係ってなんだろ? 改めて訊かれるとわからないわ。よろしくね、浅野沙月よ。それにしても、さっきから呼び捨てよね? 年長者に対してそれってどうなのかしら?」
「申し訳ないです、浅野さん。礼儀がなってなくて。こっちのうるさいのが腐れ縁の遠藤、こちらが同級生の田所さんです」
「誰がうるさい奴よ! それに和葉との扱いも違うし! もう……浅野さん、ごめんなさい……いきなりでびっくりしちゃって呼び捨てになってしまいました。初めまして、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「いいのよ。冗談よ。気にしないで」
遠藤のこういうところが凄いと思う。有名人が目の前にいてもまったく物怖じしない。俺なんて初対面の時は緊張で噛み噛みだったのに。
「それでどうするの?」
「はい?」
「この娘たちに麻雀を教えるんでしょ?」
「そうでした」
「ちょっと、清人、しっかりしてよね」
「悪い、悪い。それじゃあ、牌譜のデータを送ってくれ。確認する」
部活で打った試合は全てスマホで記録しているらしい。俺はそれをPCで確認することにした。その牌譜を浅野さんも傍で見ている。
「教え甲斐がありそうね」
「ええ」
中々興味深い。麻雀は性格が出るというが、この二人がこのような打牌をしているとは。解釈一致というか、なるほどなという感じだ。
「じゃあ、実際に打ってみるか?」
「ええ!? フィードバックくれるんじゃないの?」
「それも今からだ。実際に打ちながらアドバイスしていこうと思う」
「わかった」
「浅野さんもどうですか?」
「面白そうね。喜んで」
「ええ!? 浅野さんってプロでしょ? 素人と打っていいんですか?」
「普段、Vtuberと一緒に打ったり、教えたりしているし問題ないわ。雀荘にゲストで呼ばれてお客さんと打つこともあるのよ」
「規則的なことじゃなくて実力的に……」
「それを言ったら清人君だって強いわよ。私より強いんだから。昨日もコテンパンにやられたんだから」
「え!? そうなの、清人?」
「昨日のはまぐれだって。麻雀は運の要素が強いし」
「勝ったのは否定しないんだ。私、場違いな気がしてきた」
「元よりそのつもりじゃなかったのか?」
「そうよね……確かにそう……強くなるために来たんだった。よろしくお願いします!」
弱気になっているかと思ったら、急にやる気になった。それでこそ教え甲斐がある。
「わ、私も怖いけどよろしくお願いします……」
「ああ、田所さんもよろしく」
「これかな? こっちかな? どうしよう?」
「え~と、え~と、これとこれがくっ付いて……」
二人はたどたどしく牌を切っていく。牌効率を学び始めた初心者だからしょうがない。それより俺が二人の牌譜を見て問題だと思ったことがある。そっちの方が重傷だ。
「えい、これだ」
「それ、ロンよ。8000」
「え~、また~」
さっきから遠藤は浅野さんに振り込み続けている。危険牌など知ったことかというかのように。
「局の途中だけど、二人のフィードバックというか、弱点を言ってもいいか? それをわかってもらうために実際に打ってもらっていたんだ」
「怖いけど聞きたい。もう振り込みたくないから」
「私も怖いけど聞きたいです」
「わかった。遠藤は怖がらなさすぎだ。リーチが入っても、危険な鳴きが入っても知らんぷりという印象に見えた。逆に田所さんは怖がり過ぎだ。安牌を持ちすぎて手が進んでいない。どちらも重症だが、どちらかと言うと田所さんの方が重傷だ。麻雀は基本自分の手牌中心に進めて行かないといけない。守ってばかりだと一生アガれなくて勝てないんだ。安牌を持つのは否定しないが、最小限にした方がいい」
「気付いてました……振り込むの怖いんですよね……一回振りこんでしまうと怖くて安牌持ってないと落ち着かないんです」
「そうよ、そうよ、振り込むの怖いのよ」
「お前はもっと怖がれ! 大胆過ぎるんだよ」
「両極端ね」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「そのままでいい」
「ちょ、ちょっと! 振り込みたくないって言ってるでしょ? それでアドバイス求めてるのに突き放すなんて……」
「初心者はまずまっすぐテンパイに向かって真っすぐ進めて行くんだ。そしてテンパイしたら『リーチ!』って高らかに宣言すればいい。振り込むのはきついかもしれないが、まずはアガる気持ちよさを覚えた方がいい。守備を教えてもいいが、技術よりも振り込んだ痛みを忘れないことが大事だ。そうすれば勝手に守備なんて覚えていく」
「う……ぐうの音も出ない……」
「清人君、素敵なこと言うのね。人は振り込む痛みを覚えているから技術が向上する。確かにそうかもしれないわ」
「私はどうすればいいですか?」
「田所さんは遠藤にさっき言ったみたいにまっすぐテンパイに向かってほしい。牌譜を見たけど、田所さん全然アガってないよね? 麻雀の最終目的はアガることじゃなくて、勝つことだけど、初心者の内はアガることに注力してほしいんだ、守ってばかりだと楽しくないし。安牌を全く持つなとは言わないが、少しずつでいいから恐怖心に打ち勝ってほしい」
「出来るかわかりませんけど、やってみます」
「鍛え甲斐がありそうね。そういえば、清人君は守備のために字牌を抱えないわよね?」
「既に対子とか面子になっている字牌は切りませんけど、守備のためだけの字牌は持ちませんね。まっすぐテンパイに向かって先制リーチ打ちたいですから。現物、スジ、壁、安全エリアとか守備にはいろいろありますし、そんなに先制リーチ受けても困ったことはありません。でも、守備のために字牌を持つのは否定しません。プロでも結構いますし。プレイスタイルによるので、どちらがいいとかは言えませんが、初心者のうちはまっすぐテンパイに向かってほしいですね」
「確かにね。プロでもそこは分かれるわ。答えがあればいいんだけど。麻雀はこっちを取ればもう片方を捨てなければならないし、悩ましいけどそこが魅力でもあるのよね。二人とも、悩みなさい。悩んだら悩んだほど強くなるから」
「難しい話、得意じゃないですけど、頑張ってみます」
「はい。お前はよく悩み過ぎだと言われますけど、悩んでみます」
浅野さんがいてくれて良かった。流石現役のプロ。
どうやって教えていいか俺も模索中で、これで良かったのかと思うことも多々あるけど、多角的な意見をくれて助かっている。
このまま二人が強くなってくれたら嬉しいんだが。
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麻雀基本ルール・用語解説
役満
天和 親の配牌時に和了する
地和 誰の鳴きも入らずに子の第一ツモで和了する。
国士無双 一九字牌十三種を一枚づつ全て揃え、そのうち一種を雀頭にすると成立する。
国士無双十三面待ち 国士無双を十三面待ちの状態で和了すると成立する。
四暗刻 暗刻を四組揃えると成立する。
四暗刻単騎 四暗刻暗刻を単騎待ちの状態で和了すると成立する。
大三元 白・發・中三種類の刻子か槓子を揃えると成立する。鳴いても良い
字一色 字牌だけを使用すると成立する。鳴いても良い
緑一色 二索・三索・四索・六索・八索・發といった緑の絵柄の牌をだけを使うと成立する。發は使わなくてもよい。鳴いても良い
小四喜 風牌三種で刻子か槓子を作り、残り一種を雀頭にすると成立する。鳴いても良い。
大四喜 風牌四種で刻子か槓子を作ると成立する。鳴いても良い。
清老頭 一九牌だけを使用すると成立する。鳴いても良い。
四槓子 槓子を四組作ると成立する。三回又は四回自分でカンしていて、自分以外の誰かのカンが入ってしまうと四槓流れのルールで途中流局してしまう。鳴いても良い。
九蓮宝燈 萬子・筒子・索子いずれか一色で一を三枚、九を三枚、二~八を一枚ずつ揃え、そのうちいずれか一枚を雀頭にすることで成立する。鳴くと成立しない。
純正九蓮宝燈 九蓮宝燈を九面待ちの状態で和了すると成立する。
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