第6話初心者

「おはよう」

「ああ、おはよう」


 登校中に遠藤と鉢合わせた。昨日のことがあったので、気まずい気持ちが拭えない。薄情な奴と思われていも仕方ないだろう。


「どうしたの? 何か元気なさそうだね?」


 俺の気持ちを察知したかのように遠藤は声をかけてきた。そりゃ、ここまで気まずそうにしてればバレるか。


「実は……」


 昨日のことを正直に話すことにした。兄貴が麻雀に絶望しているというのは俺の勘違いだったこと。兄貴がまだ麻雀プロを諦めていないこと。

 遠藤に俺が麻雀を教えたらどうかということを。


「本当? 嬉しい! それに誤解が解けて良かったね。清人がまた麻雀やるんだね。楽しみ!」


 相変わらずこいつはあっけらかんとしている。昨日断ったことを根に持っているかと思っていたら、そんな素振り微塵も感じさせなかった。こういうところに俺は助けられてるんだよな。


「麻雀打つとは言ってないだろ? 教えるだけだって。まあ、教える過程で打つことにはなるだろうから、そういうことになるんだろうけど」

「あ、あの……」


 遠藤に隠れて見えなかったけど、別の女性がおずおずと俺の方を見ている。友達かな?


「ああ、この娘は和葉。田所和葉。同じ麻雀部なんだ。初心者同士これから一緒に頑張ろうって約束したんだ」

「あ、あの……よろしくお願いします」

「ああ、俺は風間清人。よろしく」

「はい……知ってします。有名ですから」


 ものすごく臆病そうな娘だ。俺が怖く見えているのか、男に慣れていないのかかなり距離を感じる。遠藤には心を許しているように見えるので、極度の人見知りかもしれない。

 俺のことを知っているということは、ネットかTVで見たことがあるからだろう。


「それでね、和葉が清人に麻雀教わりたいって言ってたのよ。私と知り合いだと知ってね」

「ちょ、ちょっと……芽衣、恥ずかしいよ……それに迷惑だよ……私みたいな初心者教えてくれるわけないって」

「いいぞ」

「え?」

「人数が多いほうが楽しいだろ? それにこいつの方がやばそうだ。とんでもない麻雀打ちそうだから。田所さん、安心していいよ。まだ下がいるから」

「ちょっと! 勝手に決めつけないで! まだ私の麻雀見てないでしょ? これでも結構上達したのよ」

「それで現在のランキングはどうなんだよ?」

「そ、それは……これからの伸びしろっていうことで……」


 訊かなくてもあまり状態が芳しくないことはわかる。初心者が全国優勝常連校に入って付いていけるという方が無理な話だ。教え甲斐がありそうだ。


「確かにな。これから伸びて行けばいいんだ」

「そうよね。で、でも……正直に言うと結構厳しい状態かもしれない。もう入ったばかりで辞める人も多いんだ。ある程度の期間までにランキングに入らないと首になるらしいんだけど、一年生のこの時期に首になることはないの。けど、これから付いていけるか不安になって辞めていっちゃうのよね。折角これから一緒に頑張っていこうってところだったのに」

「わ、私は辞めるつもりはないですけど、これからのことを考えると不安になります……麻雀が好きで続けたいけど、いつか首になるんじゃないかって……」


 凄い実力主義の世界だな。正に弱肉強食という感じだ。


「まあ、泥船に乗ったつもりでいろよ。ここに優秀な先生がいるんだから」

「それを言うなら大船でしょ? 何か不安になってきた……お兄さんに教えてもらったほうがいいかも」

「芽衣、風間君は和ませようとしてくれているのよ。本当は大船ってわかっているのに、あえて泥船って言ったのよ」

「田所さん、ボケを解説されると恥ずかしいって……」


 ふざけているけど、状況は芳しくないのは明白だ。いつか首になるかもしれない恐怖に怯えながら暮らすのは気持ちのいいことではない。

 強豪校に入るのなら、勉強して実力を付けてから入れという人もいるかもしれないが、人はすぐに実力が上がることはない。俺も時間をかけてある程度のところまで上達したんだ。

 俺なりの教え方でやっていくしかない。その前に状況を整理したい。


「改めて訊くが、専属コーチは教えてくれないんだな?」

「うん。レギュラーメンバーに付きっきりで一年生を教える余裕なんてなさそう。付いてこれない者は勝手に辞めていけってスタンスだよ。上級生たちも自分たちのことで精一杯なのか、教えてくれる人がいないの。そりゃそうよね、結果が残せないと首になるんだから」


 新入生のレベルが上がらないと、今後が不安という気持ちがそのコーチにはないのかな。それでも人数が多いし、競争に勝ち残った人たちの実力は凄いから強豪校として成立しているのだろう。そういうシステムを否定できないけど、付いていけない人たちのことを考えると不憫だな。


「大体状況はわかった。それでどうする? 女子部の教室で俺が教えるわけにもいかないだろ? その鬼コーチがいるんだから」

「鬼なんて一言も言ってないでしょ! でも、確かにそうよね……どこで教えてもらえばいいんだろ……」

「言ってるようなもんだろ。じゃあ、部活が終わったら俺ん家で勉強するか?」

「いいの? お兄さんと久しぶりに会えるのが楽しみ」

「兄貴は仕事で帰りが遅いから会えないと思うぞ。兄貴も勝手に麻雀卓使えって言ってたし、いいぞ」

「そっか、残念。でも、これで今後の方針も決まったし楽しみ」

「風間さん、改めてよろしくお願いします。風間さんが想像しているより、私は何もわかってないのでご迷惑をおかけすると思いますけど、見捨てないで下さい」

「ああ、大丈夫だ。覚悟は出来ている」

「私も全然わかってないかも」

「ああ、それは想定済みだ」

「何よ! ちょっとは気を使いなさいよね!」


 とうとう俺の麻雀家庭教師生活が始まる。本人たちが言っているのだから本当にわかってないのだろう。それは誰だってそうだ。皆、最初は初心者だ。

 それをいつしか皆忘れてしまって、日々奔走している。その鬼コーチとやらもそうなのだろう。いつか会うことがあるのだろうか。


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 麻雀基本ルール・用語解説


 三翻

 混一色(ホンイツ) 萬子・筒子・索子いずれか一色と、字牌だけを使用すると成立する。鳴くと食い下がり二翻になる。

 二盃口(リャンペーコー) 一盃口が二組あると成立する。鳴くと成立しない。

 純チャン 四面子一雀頭に全て一九牌を含むと成立する。鳴くと食い下がり二翻になる。

 

 六翻

 清一色(チンイツ) 萬子・筒子・索子いずれか一色のみで成立する。鳴くと食い下がり五翻になる。

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