第5話腐れ縁

「あ……忘れてた」

「何だ? 何かあったのか?」


 俺は下校途中に遠藤から麻雀を教えてほしいと頼まれていたんだ。もう二度と麻雀は打たないと決めていたが、兄貴のことが誤解だった今、断る理由はない。

 だが、いまさらやっぱり教えますなんて言い出すのもなんか気まずい。

 逡巡はしたが、兄貴に下校時の話をしてみた。


「へー、芽衣ちゃん麻雀始めたのか。興味ありそうだったもんな。それにしても翆玲館か。強豪中の強豪じゃないか。初心者が入って付いていけるほど甘いところではないだろう。力になってやったらどうだ?」

「あそこは厳しいランキングシステムを採用していて、付いていけない人は自ら辞めていくか、首になると聞いたことがあります。専属コーチは元プロで私も同卓したことがあります。初心者には厳しいでしょうね」


 現役プロや元プロからも厳しい環境と認識されているのか。流石全国優勝常連校。初心者が付いていけないのも当然だろう。


「今になったらそうした方がいいと思うんだけど、その時は麻雀のことなんて考えたくなかったんだ。断固として断るみたいなスタンスだったから、今さら教えますなんて言いづらいって……それに……」

「それに?」

「翆玲館の女子部が全国優勝常連校ということは知ってたんだけど、そこまで厳しい環境なんて知らなかったんだ。俺が個人で全国優勝していたのは中学校の部までだ。高校でどこまで通用するかわからない。気まずいってのもあるけど、実力不足の気もするんだよな。人にものを教えたこともないし。兄貴は家庭教師をしていたこともあるから、教えるのが上手いだろ? 兄貴が教えてやってくれないか?」


 情けないが、実力不足なのは否めない。ここは恥を忍んでも兄貴が教えるのが一番だろう。


「教えてやりたいのは山々なんだが、俺と芽衣ちゃんでは生活リズムが違うだろ? 今日はたたまたま休みだったが、いつも遅く帰ってくるだろ? 丁度いい機会じゃないか。芽衣ちゃんが麻雀初心者なら、お前は人にものを教える初心者だ。初心者同士やれるだけやってみればいい。芽衣ちゃんが首になるのは俺も嫌だから、どうしようない状態になったら俺も力を貸すが、それまで頑張ってみればいい。それにお前は卑屈すぎるぞ。個人で全国優勝経験しているんだ。もっと胸を張ればいい。前はもっと自信満々だったじゃないか?」


 確かに兄貴の帰りはいつも遅い。深夜に帰ってくることも多い。俺が卑屈? 確かにそうかもしれない。全国優勝常連と聞いて尻込みしているも事実だ。

 専属コーチも元プロということだし、そのくらいのレベルじゃないと教えられないのかもしれない。


「自信持っていいと思うわよ。私は学生大会の解説もしているから、翆玲館のレベル感はわかるけど、まだまだ清人君の実力まではいってないと思うわ。確かに牌効率のレベルは高い。でも若いせいか、押し引きに関してはまだまだね。熱くなって、押しすぎて放銃する場面を散見するわ。その点、清人君は熟練の打ち筋なのよね。お年寄りみたいな打ち筋に感じちゃう時があるのよね。人生何回目なのかって思うわ」

「はは、確かに。清人は無理だと思ったらすぐにオリるからな。でも、いいところだよ。麻雀は熱くなったら負けるからな」

「ったく、こっちは真面目な話してるのにからかって……でも、ありがとうございます、浅野さん。出来るだけやってみようと思います」


 気まずいってのもあるけど、遠藤が麻雀部を首になったら俺は後悔しそうだ。力になってやりたいってのも嘘じゃないし、明日、もう一度話してみるか。


「その娘は君の大事な人なの?」

「はい? いやいや、ただの腐れ縁ですって」

「いいわね、若いって」

「だから……」


 物心ついた時からいつも一緒にいた。実家も近かったし、学校も全て同じだった。

 俺が麻雀の話をするといつも楽しそうに聞いてくれた。興味ありそうだったから、『お前も始めないのか』と訊いたこともあったが、『ルールが難しそうだから私はいい』とその時は答えていた。

 そのあいつが麻雀を始めるなんて何の心境の変化があったかわからないが、本来なら喜ぶべきことだ。だが、初心者が全国優勝常連校に飛び込むんて俺には不安でしかなかった。

 あいつはいつもあっけらかんとしているから、何かあっても落ち込むことはないのだけは救いだ。

 そして、浅野さんからの遠藤が俺にとって大事な人なのかという質問。何なんだろうな……考えても答えは見つからないが、腐れ縁としか言いようがないのかな。


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 麻雀基本ルール・用語解説


 二翻

 七対子 対子を七組集めると成立する。鳴くと成立しない。四面子一雀頭に当てはまらない特殊な例。一盃口と二盃口とは複合しない。

 三色同順 萬子・筒子・索子で一萬二萬三萬一筒二筒三筒一索二索三索の様に同じ並びの順子があった場合に成立する。鳴くと食い下がり一翻になる。

 三色同刻 萬子・筒子・索子で同じ数字の刻子か槓子があった場合に成立する。鳴いても良い。

 一気通貫 同じ色の数牌一二三四五六七八九を揃えた場合に成立する。鳴くと食い下がり一翻になる。

 対々和 刻子か槓子を四組作ると成立する。鳴いても良い。

 チャンタ 四面子一雀頭全てに一九字牌が含まれている場合に成立する。鳴くと食い下がり一翻になる。

 三暗刻 暗刻(ポンせずに刻子を揃えること)を三組揃えた場合成立する。暗刻以外の部分鳴いても良い。

 三槓子 槓子を三組揃えると成立する。鳴いても良い。

 小三元 白・發・中の三元牌の内、二組の刻子を揃え、一組の雀頭を揃えると成立する。鳴いても良い。

 混老頭 四面子一雀頭を全て一九字牌で揃えると成立する。鳴いても良い。

 ダブルリーチ 誰の鳴きも入らないで第一打でテンパイした場合宣言することが出来る。鳴かれてしまったら通常のリーチになる。

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