第4話久しぶりの対局
兄貴の部屋を覗き込むと麻雀卓が置いてあった。趣味兼仕事部屋と聞いていたので詮索はしなかったが、こういうことだったのか。
麻雀プロを辞めた今でも兄貴の中では麻雀が仕事という意識があるのだろう。
医学書が沢山並んでいるので、その意味で言っていたのかもしれないが。
「まだ置いてあったんだな」
「ああ、捨てるわけないだろ。お前に飯を作ってくれている女性たちと麻雀をよくここで打っているんだ」
「そうだったのか」
兄貴に好意を寄せている女性たちが、ポイント稼ぎのために俺に飯を作りに来てくれているものだと思っていた。
もちろんそれも理由にはあるのだろうが、俺の知らないところでそんなことになっていたとはな。
このマンションは防音がしっかりしているので全く気付くことがなかった。
それにしても兄貴正直すぎるだろ。別の女性をマンションに呼んでいるなんて浅野さんからしたらあまり気分がいいことではないだろう。
彼女は複雑そうな表情を浮かべている。
いつも思っているのだが、兄貴は女性たちのことをどう思っているのだろう。まさかボランティアで飯を作りに来てくれていると思っているのではなかろう。いや、鈍感な兄貴のことだから本当にそう思っているのかもしれない。
兄貴の頭はお花畑のところがあるからな。この世の人は皆善意で動いていると思っている。
悪意のないところが逆に救いようがないというか、無意識に人を傷つけているところが怖い。
「お兄さんからここで麻雀を教えてもらっていたのよ。そのおかげで私は麻雀プロになれたのよ」
「僕は何もしてませんよ。元々浅野さんは筋がよかった。それだけです」
「そんなことないです。勉強になりました。それにこちらで麻雀談義に花を咲かせるのも楽しいです」
俺からしたらどちらもレベルが高いけどな。元プロと現役のプロが目の前にいる。麻雀ファンからしたら昇天ものだな。
俺が麻雀プロになりたいなんて思っていたのは、始めた時だけだった。それからは厳しさだけが身に染みて、とてもじゃないけど無理だと思った。
麻雀だけじゃなく競技の世界でプロの世界に身を置いている人たちを本当に尊敬する。
「清人君と打てるのね。前々から打ちたいと思ってたのよ。お兄さんは清人君の方が遥かに自分より強いと常々言ってるのよ。気になるわ。昔はメディアで天才麻雀少年ともてはやされていたわよね。牌譜を見させてもらったけど、とても小学生の打ち筋じゃなかったわ」
「そうですよ、こいつは僕より遥かに強いです。なにしろ天才麻雀少年ですからね。実力は折り紙つきです」
「兄貴、止めてくれ。本当に恥ずかしいんだ、その呼び名。俺の中では黒歴史なんだ」
「なんだ、別にいいだろ? 天才なんて呼ばれるのは一部の人間だけだぞ。だったら、元天才麻雀少年か? いや、今でもお前は俺の中で天才麻雀少年だ」
「そうよね、私も天才なんて呼ばれてみたいわ。それに、早く打ちたいわ」
「期待に添えるかどうか。ブランク長いんで」
「保険をかけるな。昔のお前はそんなこと言わなかったぞ。負けるなんて微塵も考えていない素振りだったしな。自信に満ち溢れていたぞ」
俺ってそんなイキリキャラだったのか。さらに恥ずかしくなった。今の俺は謙虚に生きたいと思っている。価値観の変化ってやつだ。
「三麻でいいよな? 三人しかいないし」
「ああ、ネット麻雀ならCPU入れて四人で打てるけど、麻雀卓でなら三人しか無理だろ。誰か呼ぶのなら話は別だけど」
「私は早く打ちたいから三人の方がいいわ」
「じゃあ、三麻で」
三人麻雀は四人麻雀とルールが違う。萬子は二~八を使わず、一と九しか使わない。それと北家がいなので、北を抜きドラとして扱う。
そのため高い手をアガリやすい。四人麻雀より三人麻雀の方が好きな人はこういった理由からだろう。
久しぶりに卓に着く。不思議な感覚だ。もう二度と麻雀は打たないと決めていたのに、こんな状況になっているなんて。
「どうだ? 久しぶりの感覚は?」
「ああ、悪くない」
「素直じゃないな。楽しいって言えよ」
「いや、まだ打ってないから。勝てたら楽しいって思えるかもしれない」
「元プロと現役プロ相手に言うじゃないか」
「相手が誰とか関係ない。麻雀は勝てないと楽しくない。そうだろ、兄貴?」
「わかってるじゃないか。なら、早速始めるか」
俺は起家だ。配牌は悪くない。というよりかなり良い。ドラがあるし形も悪くない。久しぶりの麻雀ということでご祝儀配牌だな。早くも三巡目でテンパイした。
「リーチ!」
もう二度とリーチの発声をすることもないと思っていた。高打点をテンパイしてリーチする気持ちよさ、それを俺は忘れていた。こんなに気持ちが昂るなんて。アガればなお良いが。
「おいおい、早いな――」
「ちょっと待って、早い早い――」
競技麻雀では通常試合中に喋ることはない。リーチや鳴きの発声、点数申告だけだ。不必要に喋ると三味線行為として失格になることもある。でも、今は仲間内で打っているだけだ。試合中に喋っても問題にならない。
二人の表情に多少焦りが見える。遊びで打っているとはいえ、振り込みたくはないだろう。高速リーチというのは通常愚形で打点も低いことが多い。だが、人読みに長けている二人だ。河には牌がほとんど切られていないが、俺の表情から何かを感じ取ったようだ。
二人とも安全な字牌を切っていく。字牌というのは順子がないので数牌より当たるパターンが少ない。現物がないのなら字牌を切っていくのがセオリーだ。だが、それも絶対ではない。
「それロンだ、悪いな兄貴。裏めくるぞ。乗ってないか。18000だ」
「手痛いな……おいおい、やってくれるな」
「あー怖いわね。良かった、放銃しなくて」
三人麻雀の初期持ち点は35000点だ。四人麻雀の25000点よりは多いが、18000も放銃したらかなり厳しい状況になる。だが、高打点が飛び交うので四人麻雀より点差が離された時より逆転の目はある。
「やり返してやるよ」
「そうこなくっちゃ面白くない。期待してるぞ」
煽り台詞が出てくるほど興奮してしまっている。普段はそうでもないんだが、麻雀になると俺は攻撃的になる。俺というより、結構麻雀を打つ人間はその傾向があるが。
その後は三人ともツモったり、放銃したりを繰り返していい勝負になっている。まだ俺が点数的にリードしているが、油断は出来ない。局は進み、南場の俺の親になった。
「カン!」
浅野さんはずっとカンをしている。カンをすると新ドラが増えて、ただでさえ高打点になりやすい三麻でさらに高打点になりやすくなっている。
浅野さんのプレイスタイルは守備型であまりカンをしないイメージがあったので意外だ。
「試合では手堅くいくので、プライベートではカンしたくなるのよね。ドラが増えて嬉しいから。高い手アガりたいわ」
気持ちはわかる。高い手をアガると気持ちがいい。でも、手牌が短くなり守備力が下がる。そして、タイミング悪くというか、俺にとってはいいんだが、テンパイした。ここで手加減するのは逆に失礼だ。
「リーチ!」
「あら、リーチが来ちゃったわね」
浅野さんはカンをし過ぎて守備に使える牌がほとんどなくなっている。おまけにカンをしたせいで俺の手牌はドラだらけになっている。裏も乗ったら途轍もない点数になる。
「これは通るかしら?」
「申し訳ないです、通りません。ロンです」
裏ドラをめくるまでもなく点数はわかっていたが、めくってみる。これだけカンすれば裏も乗りまくりだ。
「48000です」
「そっか、飛びね……悔しいけれど面白かったわ」
「容赦ないな」
「手加減したら逆に失礼だからな」
「手加減してくれても良かったのよ。でも、君の実力が見られて良かった。それに楽しそうに麻雀打つじゃない? 麻雀に絶望しているとか言っていた人には見えないわ」
「俺、楽しそうでした?」
「ええ、とっても」
「お前はいつも楽しそうに麻雀打ってるぞ。子供のころから」
周りから見ると俺はそういう風に見えているのか。上手くいかなくてイライラすることもあるけど、今回はたまたま運が良くてやりたい放題だったからそういう風に見えていたのかもしれない。
それからも俺たちは雑談しながら麻雀を打っている。
「浅野さん、聞いてくださいよ。こいつ面白いんですよ」
「あら、何かしら?」
何だ? 俺の恥ずかしい秘密でもばらすつもりか。そんなものないはずだが。いや、本当にないよな?
「こいつ、最初の頃ルールもよくわからずに鳴いていたんですよ。闇雲に鳴いていると役がなくなるぞって言っても聞かなくて。そしたら、こいつ清老頭アガったんですよ。役わかってなかったから僕が確認すると清老頭で。それ、役満だぞって」
「あら、可愛い。天才麻雀少年と呼ばれた清人君にもそんなエピソードがあったのね」
「兄貴、そんな昔のこと覚えてるのかよ。しょうがないだろ、初心者の頃は役とかわからないんだから」
あの頃は役満アガることがどれだけ凄いことかわかっていなかった。とにかく早くアガることだけ考えていたっけ。懐かしいな。
一九牌だけで手牌を構成すると成立する役、清老頭。一九牌は字牌よりも受け入れ枚数が多いけど、三枚集めると打点が上がる役牌より嫌っている人も多い。
早い巡目だと孤立字牌か、孤立一九牌を切っていくというのが麻雀のセオリーだが、孤立字牌よりも孤立一九牌を切っていく人も多い。一九牌をゴミだと称す人もいるくらいだ。
そんな嫌われ者を集めて作る役、清老頭。嫌われ者でも集まれば最強になれるなんて当時は思ってたっけ。
_____________________________
麻雀基本ルール・用語解説
役
一翻
リーチ 鳴かずにテンパイするとリーチを宣言することが出来る。1000点棒を供託する。アガった時に裏ドラをめくる権利を得ることが出来る。
タンヤオ 一九字牌を使わずに手牌が構成されている。門前でも鳴いても一翻。
平和 順子が三組、雀頭が役牌でなく、アガりの待ちが両面でないとならない。鳴くと成立しない。
門前ツモ 鳴かずにテンパイし、ツモアガりすると一翻付く。
役牌:自風 自風牌を三枚集めると成立する。鳴いても良い。
役牌:場風 場風牌を三枚集めると成立する。鳴いても良い。
役牌;三元牌 白・發・中のいずれかを三枚集めると成立する。鳴いても良い。
一盃口 同じ順子が二組あると成立する。鳴くと成立しない。
一発 リーチ宣言をした後、誰からも鳴きが入らず一巡以内にアガると一翻付く。
海底(ハイテイ) 局の最後のツモでアガった場合一翻付く。
河底(ホウテイ) 局の最後の捨て牌でロンアガりすると一翻付く。
嶺上開花(りんしゃんかいほう) カンした時に引く嶺上牌でツモアガりすると一翻付く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます