第2話元天才麻雀少年の日常

 俺は都内の高級マンションに住んでいる。一介の高校生にはとてもじゃないけど、釣り合うような住居ではない。

 兄貴は医大在学中に麻雀プロテストに合格した。国家医師試験にも合格し、医師になるか、麻雀プロになるか悩んだ末、麻雀プロになった。どうしても諦めきれなかったからだったそうだ。

 麻雀プロを辞めた後は、都内で勤務医をしている。麻雀プロ時代の貯金で頭金を払ったのと、医師というステータスがあったので、高級分譲マンションをローンで購入することが出来た。そこに俺が転がり込んだというわけだ。高校からも近いし。


「おかえりなさい」

「あ、ただいまです」


 家にはいつも別の女性が飯を作りに来てくれている。兄貴が帰ってくる前にその女性たちが作った料理を一緒にいただくという謎の光景が日夜繰り広げられているのだ。ほとんどが勤務している病院の看護師だが、全然関係ない職業の人もいる。

 医師という高収入、高ステータス、見た目もいい兄貴のことを女性はほっておけないようだ。最初は知らない女性が代わるが代わるいるので、落ち着かない気持ちだったが、今はもう慣れた。それでも慣れない女性がいる。目の前にいる女優の浅野沙月だ。

 兄貴が麻雀プロ時代に、麻雀が好きで有名な浅野さんと知り合った。その浅野さんもプロ試験に合格し、今は女優と麻雀プロを兼業している。

 キッチンからはいい香りが漂っている。料理上手で、美人で、演技が上手くて、麻雀が上手いなんて反則だろ。神は二物どころか四物も与えてる。探せば五物以上もありそうだ。

 テーブルにはミートソーススパゲティ、ビーフシチュー、サラダが並んでいる。オーソドックスだが、王道こそ至高。これでいいんだよ、これで。


「いただきます」

「どう? お口に合うかしら?」

「最高です。こんな美味い飯を作ってくれる人がいて、兄貴は幸せものです」

「あら、おだてても何も出ないわよ」


 浅野沙月に日夜飯を作ってもらってるなんて聞いたらファンに刺し殺されそうだな。まあ、浅野さんの目当ては俺じゃなくて兄貴なんだけど。


「どう、学校の勉強は? 大変でしょ? 翆玲館は有名な進学校だものね」

「バッチリです! って、言いたいところですが、付いていくだけで精一杯です。でも、医学部合格のために頑張らないといけません」


 昔は麻雀プロになるという夢があった。でも、今の夢は兄貴のような立派な医者になることだ。弱音を吐いている場合ではない。


「そっか、お兄さんのような医者になるのが夢なのよね。でも、麻雀に未練はないの? 清人君、連日のようにメディアに取り上げられてたじゃない? 人間ってチヤホヤされてたら気持ちよくなってそこから抜け出せなくなるじゃない? 私は女優や麻雀プロを辞めるなんて考えられない」


 頭をハンマーで殴られた気分だった。麻雀プロの浅野さんから、麻雀の話題が出るのは予想出来たはずだ。それでも油断していたのか、体がビクンと起き上がってしまった。


「どうしたの? 何かあった?」

「何でもないです……驚かせて申し訳ないです。今は麻雀のことは考えられません。医学部に合格するのが当面の目標です。その後は医師になりたいと思っています」

「そっか、一緒の舞台で活躍するのを期待してたんだけどな」

「俺、演技出来ないですよ」

「俳優じゃなくて、麻雀よ! もう真剣な話してるのに……」

「申し訳ないです」

「じゃあ、仕事じゃなくて趣味では? 勉強の息抜きとか」

「今は勉強に全ツしたいです。それに兄貴から全てを奪った麻雀が憎いんです。兄貴を絶望の淵に叩き落した」

「え? どういうこと? そんなことお兄さんが言ってたの? 私は知らないわよ。今でも智史さんは麻雀が好きだって言ってるわよ。それに全ツなんて麻雀用語使うなんて今でも麻雀のことが忘れられないんじゃないの?」


 初耳だ。俺の中で兄貴は麻雀に絶望していると思っていた。あんなに酷い目にあったんだから。俺と兄貴の間で認識の齟齬でもあったというのであろうか? いや、あんなに酷いことがあったのだから兄貴が麻雀に絶望しているのは間違いない。

 確かに本人の口から直接聞いたことはないが。

 麻雀のことが嫌いで嫌いでしょうがないのに、つい口から全ツなんて用語が飛び出してしまうなんて。無意識でつい言ってしまった……。


「そうなんですか?」

「ええ、そんな嘘つく理由なんてないでしょ?」


 確かにそうだ。兄貴が今でも麻雀好きなんて嘘をつく理由は浅野さんにない。俺の勘違いだったのか。だとしたら麻雀プロ時代に兄貴が苦しんでいたのは何なんだ?


「舐めてもらったら困るな」


 声がした方向を向くと兄貴がそこにいた。以前趣味部屋兼勉強部屋と聞かされていた部屋からだ。兄貴のプライベートな空間なので、俺は立ち入ったことがない。

 それに、いつもはこんな時間に帰ってくることはない。俺の夕飯を女性に任せて、兄貴は帰って来てから別々に夕飯を摂っている。

 ドアが開かれ、兄貴の鋭い視線は俺に向けられている。


「誰が麻雀に絶望しているって? 勝手に決めつけるな。いいだろう、聞かせてやるよ、真実を」


 兄貴の口から麻雀プロ時代のことを聞かされることになった。兄貴の麻雀への想い、辞めることになった理由を。



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 麻雀基本ルール・用語解説


 基本的なゲームの流れ 

 東南西北の牌をシャッフルし、それを引く。東を引いたプレイヤーが好きな席に着き、他のプレイヤーは南西北と反時計回りに席に着く。

 東を引いたプレイヤーがサイコロを振り、親を決める。

 最初に十三枚の牌を配られる(配牌)山という場所から一枚ツモってくる(引く)、要らない牌を河という場所に捨てる(切る)を繰り返し、四面子一雀頭を目指す。

 最初のツモは親からで、反時計回りに山からツモっていく、切っていくという流れになる。

 親の点数は子の1.5倍。東風戦と半荘戦があり、東風は最短4ゲーム、半荘は最短8ゲームで終了する。ただし、親はアガリ続ける(連荘)する限りゲームは続くので、東風は5ゲーム以上、半荘は9ゲーム以上になることもある。なることがあるというよりも、そうなる方が普通。

 各プレイヤーが親を一周する流れを場という。東場と南場があり、東の1ゲーム目を東一局、南の1ゲーム目を南一局と呼ぶ。

 テンパイ あと一つの牌がくればアガれる状態。

 シャンテン数 テンパイまで後一つの牌の状態が一シャンテン。二つで二シャンテン。

 アガり方には二種類ある。

 ツモ 山からツモってきた牌で四面子一雀頭が完成する

 ロン 他のプレイヤー(他家:ターチャ)が捨てた牌によって四面子一雀頭が完成する

 ドラ アガった時に点数がアップする牌

 流局 誰も和了れない状態でゲームが終了すること テンパイ出来なかった(ノーテン)のプレーヤーはテンパイしたプレーヤーに罰符を払う。

 点数(点棒) 一般的な四人麻雀では25000点持ちで、オーラス(東風戦なら東4局、半荘戦なら南四局)が終わった時点で一番点数が多い者が勝ち。ただし、30000点に到達した者がいない場合、南入、西入(サドンデスのようなもの)する(30000点返し)

 30000点に到達した物がいて、その者が一番点数が多くても、その者が親ならゲームが続行する。ルールによってしないこともある(親のアガリ止めルール)

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