魔法都市シャリア――1

 老人しかいない村を出て、野宿をしながら三日間、自転車で移動した。

 そして、着いたのが、ロスガヘレル公国の領内にある町――魔法都市シャリア。

 この町は生活の様々なところで魔法が活用されているらしい。


 門番からの許可を得て、門をくぐると、そこには、転移する前の僕が期待していたような異世界の光景が広がっていた。


「おお……」


 と思わず、感嘆の声を上げてしまう。

 レンガ造りの家が点在していて、遠くには瀟洒な城のような建物や大きな時計台や教会の鐘が見える。往来では全体の半数くらい獣の耳をつけた人達が歩いていて、空では、魔法使い風の格好をしている人達が箒に乗って飛行していたり、どういう原理かはわからないが、色とりどりの花々が浮かんでいたりする。

 

「これだよ、これ、僕はこういう異世界を望んでいたんだよ」

「はしゃぎすぎよ、こんくらいで」


 と、チャーリーが我が子を叱るような感じで言ってくる。


「わー、すごいです、空を飛んでる人がこんなにいますよ、ご主人様!」


 クルシェが目をキラキラさせてあっちを見たり、こっちを見たり、と忙しない。


「まったく、あんたたちは……これだから田舎者は嫌だわ。あたしまで変な目で見られちゃう」


 そうは言っても、どのみちお前がいる時点で変な目で見られると思うけどな。

 実際、さっきから遠巻きにチラチラと自転車の方を見ている人たちがいるし。


「見てください、空に花が浮かんでいます!」


 とクルシェがチャーリーを見ながら、空の花々を指さす。


「フライフラワーね、この町の名物よ、魔法の力で浮いているわ」

「チャーリー、あれはなんだ、町の中をなんかキャスターが下についた小屋みたいなのが移動しているが」

「あれは自動移動式トイレね」

「え、あれ、トイレなのか?」

「ええ、男用と女用、それぞれ数十個はあるトイレが町を巡回しているわ。急にお手洗いへ行きたくなってもたいていは近くにあるからとても便利よ」


 確かによく見ると、小屋の入り口の上にこの世界の男子トイレのマークである赤色の棒人間が描かれている。


「あ、あんたまた女子トイレに入るつもりじゃないでしょうね?」

「……入らないよ」


 と言うが、チャーリーは依然として猜疑心に満ちた視線を送ってくる。


 実はこの異世界では、男性は赤色で女性は青色というイメージがあるから、トイレの色が日本にいたときと逆で、つい転移前の世界の感覚で青い色の女子トイレの方に入ろうとしてしまってたことが過去にあって、クルシェやチャーリーに僕が変態だという誤解を今もまだ受けているのだ。


 しかたないじゃないか、この世界では男子トイレも女子トイレも同じ棒人間のマークだから色で判別するしかないし。

 

 ……トイレを見ていたらなんか尿意を催してきたな。


「せっかく見つけたし、使用させもらおうかな、どうすればいいんだ?」

「呼べば来てくれるわ、おーい、トイレ―、こっちにきて!」


 チャーリーが叫ぶと、自動移動式トイレが僕たちの目の前まで来て、ピタリと止まった。

 自転車を停めて、中に入ろうとするが、扉が閉まっている。


「おい、入れないぞ」

「ドアの横に小さな穴があるでしょ、そこに銅貨一枚を入れるのよ」

「金取るのか……」

「ちなみに、無理矢理扉を壊して入ろうとすると、ドアのあの斜め上に大きな鈴があるでしょ、あれが鳴って、この町の治安を守っている騎士団が来るようになっているわ、気をつけなさいよ」

「気をつけなさいよって別にそんなことするつもりないし……」


 財布を取り出し、銅貨をその穴に入れる。

 ガチャッと扉が開いた。

 そして、ささっと用を足した後、そこから出る。


「あれ、クルシェは?」

「お手洗いに行ったわ」


 近くに、青色の自動移動式トイレが止まっていたので、たぶんそこにいるのだろう。

 五分くらい待っていると、クルシェがそこから出てきた。


「あ、お待たせしました」

「それじゃ、行こうか」


 と歩き出そうとしたが、そのとき、キャスターが下部に着いたゴミ箱が近くを通りがかった。


「あれはなんだ?」

「見ればわかるでしょ、魔法で自動的に移動してゴミを拾うゴミ箱よ」


 ゴミ箱には人形のような腕が上部についていた。

 自動的に移動してゴミをその腕でひょいっひょいっと拾って箱の中に入れていく。

 なるほど、ああやって常にごみ箱が掃除しているから、この町は他と比べてこんなにも清潔なんだな。


 ちなみに、チャーリーがこの町にここまで詳しいのは、ここが彼の前世の故郷だったかららしい。

 今回はチャーリーからの強い要望で、この町に来ている。


「どうだ、久しぶりの故郷は?」

「そうね……あたしがここに住んでいた時と変わらなくて、安心したような、悲しいような……なんだか複雑な気分だわ」


 それからチャーリーは少し黙ってしまった。

 街をどうやらよく観察しているようだ。

 記憶の中の街と今の街を比べているのだろうか……。


「会いたい人とかいないのか?」

「いるけど、この姿で会ってもね、しょうがないわ」


 とどこか寂しそうな声を出すチャーリー。

 べつに、どんな姿でも会えばいいと思うけどな、と思っていると、こちらに向かって歩いてくる二人の獣人を視界の端で捉えた。


「あなたたち、外から来た人よね?」


 と二人の内の一人、タヌキみたいな姿の獣人が声をかけてきたので、僕が返答する。


「ええ、そうですけど?」

「それ、乗り物よね? ちょっと乗ってみたいんだけど、いい?」

「チャーリー、いいか?」


 と自転車を見るが、チャーリーはタヌキ系の獣人の方を向いて、十秒くらいしたあと、


「いや」


 ときっぱりと断ってしまった。

 おいおい……。

 タヌキっぽい子の目が見開かれる。


「すごい、魔法で人間みたいに喋らせているのね、結構高度な魔法なのよ!」


 と彼女はママチャリを見て、目をキラキラさせている。

 あまりガッカリしていなさそうでよかった。


「なあ、俺も乗ってみたいんだけど、いいか?」


 ともう一人の獣人――狼っぽい姿のイケメンが言った。


「しかたないわね、特別よ」


 と今度はチャーリーが即答した。

 狼っぽい男がガッツポーズをする。


「やった!」

「ちょっとちょっと、なんで私がだめであいつはいいのよ!」

「まあまあ、魔法でしゃべっているやつに大人げないぞ」

「む、そうね……」


 と狼っぽい男に宥められて不満そうながらもタヌキ系の子が怒りを治めてくれた。

 彼女は気持ちを切り替えたようで、僕の方を興味津々な顔で見てきて、


「ところで、この乗り物をしゃべらせる魔法ってあなたが使ってるの?」

「……うん、そうだけど」


 説明がめんどくさいし、言っても信じてくれるか怪しいのでそういうことにしておいた。


「すごいわ、こんだけ人間そっくりに話しているのを見るのは初めてよ。あなた、魔法学院に興味はない? 推薦文を書いてあげるわよ?」

「ありがたい申し出だけど、僕は旅がしたいんで」

「そう、もったいないわね」


 本当は僕、そんなすごい魔法が使える奴じゃないしな。

 今度は僕の方から質問を投げかけることにした。

 

「ところで、その魔法学院ってのは?」

「奥にでっかい城みたいな建物があるでしょ? あれが魔法学院のキャンパスよ、公国では魔法の才能がある人はあそこに通うの、優秀な人は学費が免除されるわ、あなたも免除されると思うけど?」

「いや、魅力的だけど、やっぱり僕は旅人だから遠慮しておくよ」

「そう、ならもうこれ以上はやめておくわ」


 と彼女はそれ以上の勧誘をやめてくれた。

 チャーリーが狼系の男の方に声をかける。


「さぁ、あたしに乗りたいんでしょ、どうぞ、乗りなさい」

「いや……やっぱいいや、彼女が乗らないのに、俺だけ乗るっていうのは、ちょっとな」

「え……そ、そう」


 とチャーリーが残念そうな声を出す。


「さすが私の惚れた男だわ! それじゃ、私たち、デートの途中だから。あなたたちもこの街を楽しんでね!」


 二人は腕を組んで去っていく。

 こうやって町を見回してみると、獣人同士のカップルがけっこういるな……。

 もちろん、人間同士のカップルもいるが、なかには人間と獣人の二人組もいた。

 ケモナーには理想的な場所だろうな、ここ……。


「ご主人様! ご主人様! 私たちも街を早く観光しましょう!」


 とクルシェが僕の腕を掴んで引っ張ってくる。

 なんだか自分の娘を遊園地に連れてきたみたいな感覚だ。


「うん、そうだね、色々見て回ろうか」

「ちょっと待ちなさい、その前に宿屋に一回行っておかない?」

「ああ、それもそうだな」


 とチャーリーの提案に乗ることにした。

 アリアナの宿屋というところへ行き、案内された部屋に使わない荷物を置いた後、再び外へ出た。

 そして僕たちはファンタジー感あふれるこの街並みを見て楽しみながら、ゆっくりと歩いていく。

 商店街っぽいところを通ると、僕たちは服屋に入った。


「見てみて、ご主人様! この上着、暗いところで自動的に光るんですって!」


 と、彼女は試着室へ行く。わざと部屋の明かりを着けないままにしていると、ポウッと服が光輝きだした。


「洞窟とかに入るときにいいかもな、その服」

「魔法が使われている服だけじゃなくて、単純におしゃれな服もいっぱいあるんですよっ!」 


 と言いながら、クルシェが店内を回る。

 彼女はいろんな服を試着しては購入し、店を出る頃には、紙袋を2つ手に提げていた。

 少し重いようで、紙袋を持つ手がプルプルと震えている。

 

「ちょ、ちょっと、買いすぎちゃったかもしれません」

「持つよ、それ」


 と二つの紙袋を奪うようにクルシェから受け取る。


「あ、ありがとうございます……」


 と礼を言った後、彼女は口をもごもごとさせて、

 

「あ、あの、な、なんだか、デートみたいですね……て、あわわわ、私、なに言ってんだろ!」


 と顔をかぁぁっと赤くするクルシェ。

 そんなことをそんな顔で言われたら、僕も恥ずかしくなるじゃないか……。


「ねぇ、あんたたち、あたしの存在を忘れてないわよね?」

 

 余計なことを言う邪魔な奴が一人いるな……。


 服屋の次は隣の靴屋に入った。

 クルシェがファンシーな靴を見ているなかで、僕は1つの靴に目が止まった。


「なになに……この靴には風魔法が組み込まれていて、走ると追い風が吹きます……」


 棚に置かれている靴の傍にあった説明文にはそう書いてあった。

 どうしよう……ちょっと欲しいかも……。でも、かなり高い……。

 数分間迷って、結局それを買ってしまった。


 他にもいろいろな店を回り、気づいたら荷物で僕の腕や手はいっぱいになっていた。


「ちょっと買いすぎたな……」

「荷物が多くなってきたわね、運び屋に宿屋まで運んでもらいましょうか」

「運び屋?」


 と僕が訊くと、チャーリーは空に視線を向けて、


「あの空を飛んでいる魔法使いたちのことよ、荷物を運んでくれるの、おーい、そこの飛んでいる人!」


 チャーリーが声を張り上げると、とんがり帽子をかぶった、ローブを着ている女性が箒に乗ってこちらまで来た。

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