魔法都市シャリア――2

「ねぇ、今、もしかしてこの乗り物がしゃべった? すごいわね、こんなに自然に喋らせる魔法が使えるんだ」


 とこちらに来た運び屋の女性が言う。髪が赤毛で顔にそばかすのある女の子だった。


「で、なにを運んでほしいの? あ、人もひとりまでなら乗せてあげられるわよ?」

「いや、あたしたちは乗らない。この荷物をアリアナの宿屋まで運んでほしいんだけど」


 と僕が手に持っている荷物の方へ、チャーリーが視線を向ける。


「いいわよ、ちょっと待って。今、荷物を箒に括り付けるから」


 と言って彼女は背負っていたバッグから丈夫そうなひもを取り出す。

 その時だった。


「おーい、ちょっとちょっと!」


 と白い鎧をつけた騎士がこちらに駆けつけてくる。


「君、さっき、法定速度を違反していたよ」

「え、そ、そんな、久しぶりに、依頼が来て、ちょっと舞い上がっちゃって」

「言い訳してもダメ、二点減点ね」

「そんなぁー、免許の更新あと一か月後だったのに! アダマンタイトクラスの運び屋だったのにぃぃぃ、ミスリルクラスになっちゃうぅ!」


 とその運び屋は頭を抱えていた。

 それを見ていたチャーリーが僕に言う。


「……違う人に頼みましょうか」

「そうだな」

「ちょっと、ちょっとーー! なんでよー!」


 と抗議してくるが、僕たちは無視した。


「あそこにいる人はどうだ?」

「あれはダメよ、よく見なさい、箒にひよこマークを付けてるでしょ?」

「ひよこマーク?」

「運び屋になってから一年経ってない者はあれをつけないといけないのよ」


 と僕たちが会話しているところに、先ほどの運び屋が割って入ってくる


「ちょっと、話を聞きなさいよ、私でいいじゃないの私で―!」

「でも、ミスリルクラスになったんだろ?」

「まだアダマンタイトクラスよ、まだ!」


 でも、一か月後はミスリルクラスになっているんだろ?

 とは思ったけど、言わないでおいた。

 それからもしつこくその運び屋は自分をアピールしてくるので、結局その運び屋に運んでもらうことにした。

 荷物を箒に括り付けた後、その運び屋は空を飛んでいった。


 大丈夫かな……と思っていると、先ほど彼女を注意した騎士団の人が声をかけてきた。


「見慣れない乗り物がありますけど、あなたは旅人ですか?」

「ええ、そうですけど」

「運び屋には気を付けてくださいね、最近、運び屋の起こす事故が増えているんで……まったく安全飛行を心掛けてほしいものですな」


 と言ってその騎士は去っていく。

 あの人に頼んだの、やっぱまずかったかな……いや、でも、もう遅いか。


 と少し不安な気持ちで飛んでいく運び屋の彼女を見ていると、唐突にぐぅーと音が鳴った。

 音がした方向を見ると、クルシェが顔を赤くしていた。


「お腹すいた?」


 と訊くと、こくこくと頷いた。


「じゃあ、ご飯食べに行こうか」


 僕たちは商店街を抜けて、さらに十分くらい歩いて、露店が立ち並んでいる通りに出た。


「喉が渇いてきたな、飯を食う前に何か飲みたい」


 と僕が辺りを見回していると、チャーリーがこう言ってきた。


「あそこに魔法で生成した水が売っているわよ」


 チャーリーが向いている方向を見ると、ローブを着た男が魔法を唱えて水を生み出しそれを瓶に入れて客に渡していた。

 疑問に思ったことをチャーリーに訊いてみた。


「普通の水より魔法で生み出したばかりの水の方がおいしいのか?」

「その方がおいしい、と言われているけど、実際はそんな気がするだけで変わらないと思うわ」

「そうか……安全なんだよな?」

「安全よ、普通の水と別に変らないわ」


 とチャーリーが言うので、信用してクルシェと二人分買ってみた。

 恐る恐る飲んでみる……が、うん、普通の水だ。

 

「何だ、普通ですね」


 とクルシェも瓶に入った水を飲んで、そう感想を口にした。


「水も手に入れたし、なにか買おうか、クルシェは何が食べたい?」

「うーん……そうですね……あ、あそこでドラゴンの肉なんて売ってますよ!」


 クルシェが指さしたほうを見ると、ドラゴンの肉串、と書かれた屋台があった。

 そこから焼いた肉の食欲をそそられる香りが漂っている。


 ドラゴンの肉か……そう言えば、食ったことなかったな。

  

「じゃあ、あれ食べてみる?」

「はい!」


 とクルシェがわくわくした顔で返事するので、その屋台の前へ行く。

 値札を見るが、結構いい値段するな。

 でも、クルシェが食べたそうだし、僕もちょっと味に興味があるし、ここは奮発しよう。


「あの、ドラゴンの肉串、二つください」

「あいよ」


 料金を渡すと彼は魔法で生み出した火で焼いた肉串に香辛料を振りかけていく。

 十秒くらい経つと、僕とクルシェに串二つ分を渡してきた。


 早速食べてみる。

 うん、おいしい。

 味は鶏肉に似ているかな。でも、鶏肉より噛みごたえがあって、噛むと肉汁がじゅわっと溢れてくる。なるほど、高いのも納得だ。


「このドラゴンの肉はな、この町で最強の冒険者パーティである『黒雲』が狩ってきたものなんだぜ、ここ以外じゃなかなか食えないから感謝して食えよ」


 と露店のおっちゃんが言う。

 黒雲か……ドラゴンを倒せるくらいなんだから強いメンバーで構成されているんだろうな。


 クルシェの方を見ると、おいしかったようで、彼女はあっという間に平らげていた。

 僕も食べ終えたので、ゴミ箱に捨てようと思ったが、近くになかった。


「べつに、ゴミなんてそこら辺に捨てとけばいいわよ、どうせあのゴミ箱が勝手に拾うし」


 とチャーリーがきょろきょろとしていた僕を見てそう言ってくる。

 たしかに、見かける人たちはみんな食べたあとのゴミをそこらへんに捨てていた。

 それをせっせと自動移動するゴミ箱が拾っていく。


 僕の倫理観的にはちょっと……という行為だけど、まああんなゴミ箱がある町で育っていたらああなってもしかたないか。

 僕も一瞬ポイ捨てしようかと思ったが、やっぱやめて、ゴミ箱が来るのを待って、それが近くを通ると、ゴミ箱の前まで行って、直接そこに捨てた。

 ちなみに、クルシェはそこらへんにポイッと悪びれずに捨てていた。

 どうやら僕の方がこの町では異端のようだ。


「ご主人様、あそこ、見てください、魔法で生み出した氷で冷やしたアイスクリーム、ですって!」

 

 と彼女はアイスクリームを売っている屋台を指差した。


「食べていく?」

「はい!」


 そこの屋台へ行き、二つ分を頼む。

 魔法使いの格好をしたおばさんがお金を受け取ると、すぐに氷を入れていた箱からキンキンに冷やしたアイスクリームを取り出して、僕たちに木製のスプーンとともに二つ分渡してきた。


 その屋台の近くに、ベンチがあったので、そこにクルシェと並んで座る。

 早速、そのアイスクリームを食べてみたけど、うん、よく冷えてはいるけど、普通のアイスクリームだ。

 クルシェの方を見ると、ほっぺたを抑えながら、パクパクと食べていた。

 正直、日本でいろんなアイスをさんざん食べていた僕的には感動が薄いけど、まぁ彼女が満足そうならよかった。


「お腹膨れたし、そろそろ宿へ行く?」

 

 二人ともアイスクリームを食べ終わって、僕が少し膨れたお腹を撫でながらそう言うと、


「はい、そうしましょうか」


 とクルシェは返事してくれたが、しかし、チャーリーからの言葉がどれだけ待っても来ない。


「チャーリー?」

 

 呼びかけるが、反応がない。どこかを食い入るように見ているっぽい。

 彼の視線の方向を見ると、そこでは数本の花を持った一人の女性が歩いていた。

 

「チャーリー、あの人、ひょっとして知り合いなのか?」

「ええ、そうなんだけど、あの方角は……ねぇ、彼女を追いかけたいんだけど、いいかしら」

「ママがそうしたいなら」


 とクルシェが言う。

 僕も別にいいけど、ストーカーかなにかだと思われたりしないかな、と危惧していると、チャーリーが僕の手を離れて、自主的に彼女を追って行こうとした。


「ちょっとちょっと、チャーリー、一人で行こうとするな」


 僕はチャーリーに走って追いつき、ハンドルを握って、自転車を押して歩いた。

 僕たちはそれからチャーリーの知り合いらしい女の人の後を追った。


 彼女をこっそりと追いかけて、ニ十分ほど経つと、墓地にたどり着いた。

 彼女は迷いなくある一つの墓まで最短コースで行く。

 その墓の前まで行くと、彼女は花を供えた。

 そして彼女は涙をぽろぽろと流し始めた……


 いつの間にか、クルシェがその人の元へ向かっていた。


「あの、大丈夫ですか、よかったら、ハンカチを」

「ありがとう」


 彼女はクルシェから受け取ったハンカチでまぶたを拭う。


「大切な人だったんですか?」


 とクルシェが墓の方を見ながら訊くと、


「ええ、好きな人だったの……あの、ハンカチを、ありがとう」


 と言って、その人はクルシェにハンカチを返すと、去っていった。


「チャーリー、声をかけなくてよかったのか?」

「……ええ」


 どこか心ここにあらず、て感じの返答。


「そろそろ宿屋に行くか?」

「もう少しだけここにいさせて、いい?」

「いいけど、その墓、知り合いの墓だったりするのか?」

「知り合い……とはちょっと違うのかしら……だって、この墓は、

どうやらあたしの前世の墓みたいだもの」


 え!?

 とチャーリーの発言に驚いて、その墓石を見ると、そこには、

 マグレガー・リガルディー、ここに永眠す――と書かれていた。

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