第三十七話 みえる子
夕方、美帆子が三葉のマンションのインターフォンを押す。何度か押しても反応がない。美守はその間、周囲にある他のインターフォンが気になるのか、ぐるぐると回りながら時折ポーズを取って遊んでいた。
「……出ないなぁ」
美帆子が呟くと、美守の奇妙な動きを目に留めて注意を促す。
「美守、そんな変なことしてたら、お巡りさんが来ちゃうわよ」
「来ない来ない~」
美守は悪びれる様子もなく、ふざけた笑みを浮かべながらさらに回り続ける。
仕方なく二人は倫典たちが待機している車に戻ることにした。車のドアを開け、美帆子が首を横に振る。
「出なかったわ。もうこの時間には帰っているはずなのに。居留守かしら、私でさえも出ないのは相当なことね」
それを聞いた倉田がまず車から降り、続いて倫典も降りる。焦りの表情を浮かべた倫典は落ち着きなく言った。
「やっぱり、強行突破するしかないですよ。スケキヨがどうしてるかも気になるし……」
倉田は冷静に倫典を制止する。
「倫典くん、もう帰ろう。無理に動くのはよくない」
だが、倫典は
「でも……このままだと、何も分からないじゃないですか……」
と言うが倉田は首を横に張る。
美帆子がふと、視線を美守に向ける。彼女は車の近くで遊び続け、何かをじっと観察しているようだった。
「……待ちましょう。この子を連れてきた意味があるんだから」
「美守くんを連れてきた意味って……一体どういうことですか?」
倫典が聞く。すると美帆子が
「実は、美守には霊感があるの」
「霊感……?」
倫典はポカンとした表情を浮かべ、苦笑いをする。
「え、いやいや、冗談ですよね? そんなアニメや漫画みたいな話……」
美帆子は険しい表情で倫典を見つめた。
「冗談じゃないわよ。まぁ誰も最初は信じないけど」
倫典は戸惑いを隠せないまま、美守をちらりと見る。無邪気に遊び回っているその姿から、霊感などという言葉が全く結びつかなかった。
「まぁ、信じれないよね。慣れてるから大丈夫」
その言葉に、美守がぴたりと動きを止め、倫典の方を振り向いた。
「……」
美守はじっと倫典を見ている。正確には倫典の目で無く後ろのあたり。
「え? なに?」
倫典が眉をひそめながらも後ろが気になる要で振り返る。そして美守はにこりと笑って話し始めた。
「この間、三葉さんの部屋に行った時だよ。猫の近くにおじさんがいたんだ。猫と同じ動きをしてておもしろかったー」
倫典は思い出す。スケキヨのこと。何か返事したり、仕草とかなにかそこの人間たちの話をまるで聞いてたかのようなかんじもした。まるで自分たちの会話を聞いてたかのような気もしていた。
「まさか……」
倫典は信じられなかったが、倉田が落ち着いて
「みえる人……そういう人も中にはいるんですよ。別に驚く必要はありません。現実には、不思議な力を持つ人はたくさんいるんですから」
とかなり落ち着いた様子だ。
「倉田さんは……信じてるんですか?」
倫典が半信半疑の様子で訊ねる。
「完全に否定はしません、いろんな人がいますからね」
「さすが倉田さん……」
感心しつつも倫典はまだ納得できない様子だった。
すると美守が倫典の後ろの方を見ていった。
「お兄さん、すごいね。後ろにたくさんお医者さんみたいな人がいるー」
ふぇっと倫典は振り返るが誰もいない。少し戸惑いつつも返答した。
「ははっ、そりゃそーだろ。うちの家系は医者だからな……まぁ僕だけ医者じゃないけど」
と笑うが本心は笑ってない。美守は次に倉田を見た。
「僕のことはまぁ美帆子さんから聞いたんじゃないの?」
美帆子は首を横に振る。倫典はまたまたーっと笑う。やはり信じられない。
「でもね、お医者さんの横にボロボロの服の人がいるよ」
「ボロボロ?」
「うん、歴史の教科書でよく見る農家の人」
「農家……??」
倫典は自分の家系に農業をやっている人はいない。首を傾げる中、倉田はしゃがんで美守と目線を合わせ次はわたしが、と。
だが美守はさっきとは様子が違う。
「……たくさんお坊さん見える……」
「だろ、おじさんはお坊さんだから。髪の毛はふさふさなんだけどね。さすがだ。本当にみえる、子なんだね」
そう言われて美守は後退りした。表情は引きつっている。
「どした?」
「……」
美帆子が何かを感じて美守を自分に引き寄せる。美守は美帆子に抱きつく。
倫典は倉田を見るが、ん? という表情。
「私についてる何か幽霊でも見たのでしょう……お清めはしてるしお守りはつけていますが」
「はぁ……」
そんな中、エントランスから三葉が出てきたのだ。
「三葉!」
「三葉さん!」
そこにはいつもとはラフな格好な三葉が立っていた。少し顔色も良くないようだが。
「居留守使ってたわ……もういないかと思ったけど……ごめんね、入ってきて」
やはり元気のない彼女に倫典も倉田も心配になった。
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